第51話 アドバイザーは疑念を持つ
オレはカメラを構えて記録を続けていた。
すると、ショッキングピンクの影が横から割り込んでくる。
「あんた、また変な動きしてるわね」
マゼンタの瞳が、じっとオレを見据えている。
綺羅星キラだ。
「変な動きって何だよ。ただの撮影だろ」
「はいはい。そう言っておけばいいんでしょ」
キラは軽く鼻を鳴らして、さらに詰め寄ってくる。
「暮小路のあとも、真昼のあとも、あんたはすぐに後を追う」
「狙いは何なの?」
ただのクラスメイトに向ける視線じゃない。
「狙いはないって。イベントになるかもしれないから見てるだけだ」
「ふぅん。イベントねぇ」
日和見貴族特有の観察眼だ。
そういう設定らしいが、オレには関係ない。
本来ならば、味方であるべき存在だ。
バチバチと、火花が散るようなやり取りが続く。
「だいたい、お前……」
オレが何か言い返そうとしたときだった。
少し離れたところで、視線を感じた。
——月詠が見ている。
彼女は小さな瓦礫を手に持ったまま、こちらを見ている。
とても、心配そうな目だった。
今にも泣き出しそうだった、あのときの顔に似ている。
「……っ」
オレは一瞬、息を止めた。
この状況は、なんか不味い。
あのクリスマスの夜を思い出す。
月が落ちて、すべてが崩れ去ったあの夜の、あの発言を思いだす。
オレはまた何か、余計な空気を作ってしまった……気がする。
「……悪い。今はちょっと忙しい」
オレはカメラを下げて、適当にその場を離れた。
キラが何か言いかけてくるのも、背中で聞き流す。
彼女の心配そうな目が、まだ後頭部に張り付いているからだ。
(……また変な空気にしたか?)
そう思いながらも、オレは足を速めた。
その先で、大きな瓦礫がどかされる重たい音がした。
真昼剛が、力任せに瓦礫を押しのけているところだった。
◇
大きな瓦礫が、一気に横へどいた。
燃えるような緋色の短髪が、土埃の中で鮮やかに煌めいている。
真昼剛が、その腕力だけで巨大な岩石を空高く放り投げたのだ。
この世界における物理法則なんて、彼らには関係ない。
常人離れしたその筋力は、莫大な魔力によって強化された結果だ。
質量を完全に無視して、どんなに重いものでも軽々と持ち上げてみせる。
「おい、見ろよ。あれ……」
「真昼クン、あの岩を一人で投げ飛ばしたの!?」
「やっぱり騎士団を代々出してる名門は、魔力からしてモノが違うぜ……」
周囲で作業をしていた生徒たちが、目を剥いてざわめいている。
そんな歓声なんて気にも留めず、剛は瓦礫を押しのけてさらに前へと進んできた。
その向こう側に、
偶々、オレは立っていた。
「うおっ」
突然の足場の崩れに、オレはバランスを崩しかける。
そんな中で投げ飛ばされた、巨大な岩石だった。
死んだ……
気絶しそうになったその瞬間、剛の丸太のように太い腕が真っ直ぐに伸びてきた。
その次の瞬間、オレはお姫様抱っこにされていた。
「……は?」
ファインダー越しに見たら、まさに絵になる構図だった。
抱えられているのがモブ男のオレでなければ、だが。
剛はオレを抱えたまま、真面目な顔で切り出す。
「守部。俺がどうすればいいか、教えてくれ」
「……はい?」
直球すぎる。
「月詠と付き合いたい。俺は何をすればいいんだ」
モブカメラマンを抱っこしつつ、質問が安直過ぎた。
「えっ、おい、下ろしてくれよ……! なんでお姫様抱っこなんだよ!」
オレは慌てて抗議したが、剛は全く動じない。
「暮小路には教えたと聞く」
「な……それは」
「なら、俺にも教えてくれ」
どこから流れたのか。
勿論、ひそひそと話したわけではないから、さっそく伝わったのかもしれない。
だから仕方なく、オレはため息をついて説明した。
「お前が一番カッコよく見えるのは、強引さじゃない」
オレが知っている、真昼剛ルートの真昼剛を伝える。
「黙って、ただ守るところだ」
そもそも、竹取月詠が誰かを落とすゲームだ。
竹取月詠の好みなんて知らない。
「面倒臭そうに守るんだよ。やれやれ、って言いながら」
すると剛は目を瞬かせた。
「前に出すぎなくていい。後ろから支える感じだ」
剛は少し考えてから、真面目な顔でまとめた。
「つまり、俺の背中を見せろってことか」
「そうだよ。前半のお前はただ、やかましいだけだったぞ」
剛は素直に深く頷いた。
「わかった」
そう言って、ようやくオレを地面に下ろしてくれる。
そして、すぐに踵を返した。
「おし。行ってくる」
月詠がいそうな場所へ、がつがつと歩いていく。
オレは半眼でその背中を見送りながら、小さく呟いた。
「……本当に分かってるのか? 心配だ」
そう思いながらも、結局ついていくしかない。
イベントスチルが回収できるかもしれないし。
◇
大きな瓦礫を力任せに押しのけた真昼剛は、一直線に歩き出していた。
その足取りは、迷いなく月詠のいる方向へ向かっている。
(……いや、待て。オレは『後ろから支えろ』って言ったよな?)
オレはカメラを構えたまま、頭を抱えそうになった。
(なんであいつ、あんなに堂々と正面から突撃してるんだ……!)
嫌な予感しかしなかった。
先の暮小路の件もある。
こいつらは恋愛が下手かもしれない。
だからオレは、少し距離を保ちながら剛の様子をうかがった。
すると、片付いた空き地のような場所に出る。
そこでは、月詠が小さな瓦礫を丁寧に拾い集めていた。
(さっすが。稀代の魔女。ここの瓦礫が片付いてる。って、アイツがいるんだった)
その少し離れた場所には、綺羅星キラの姿もある。
先ほどのやり取りを終えたばかりの彼女が、まだ残っていたのだ。
剛は、そんな月詠の背後へと、足音も荒く近づいていく。
そして、ピタリと立ち止まった。
距離にして、わずか数十センチ。
月詠の背後に、巨木のような剛が仁王立ちしている。
「……えっと?」
背後のただならぬ圧に気づいたのか、月詠が振り返った。
そこには漢がいた。
腕を組み、眉間にシワを寄せて、見下ろす剛の姿がある。
「ま、真昼くん……? どうしたの?」
月詠が不思議そうに小首を傾げた。
剛はフンッと鼻を鳴らす。
そして、わざとらしく大きなため息をつく。
「やれやれ。俺は面倒臭いが、黙って背中で、お前を守ってやろう」
数秒の間──
(バカかよっ! 全部、口に出してどうするッ!!)
ファインダー越しに、オレは心の中で絶叫した。
やはり予感は的中した。こいつも暮小路と同じだった。
いや、暮小路の方がマシだ。
彼には真面目さ特有の空回り感があった。あれは、ある意味で彼らしかった。
だが、こいつの場合は逆。
言葉の意味を、根本的に間違えている。
そして、月詠はパチクリと目を瞬かせた。
「えっと……面倒臭いなら、無理しなくても大丈夫だよ?」
「気にするな。俺の背中を見ろ」
「……背中を?」
剛はドンッと月詠の前に立ち塞がった。
見事に月詠の視界を塞ぐ。
彼女が拾おうとしていた瓦礫に、背を向ける形になった。
余りにも恥ずかしく、寒々しい。
「ほら、俺の背中だ。安心しろ」
「えっ、あ、うん……おっきいね、背中」
月詠は天然なので、とりあえず褒めた。
しかし、足元の瓦礫を拾うには、剛が邪魔で仕方がない。
「あのね、真昼くん。そこのレンガ、片付けてもいいかな……?」
「下がるんだ、月詠」
剛は月詠を庇うように片手を横に伸ばした。
そして、もう片方の手で瓦礫の山を指差す。
「俺が面倒臭そうに、あの瓦礫をぶっ飛ばす。お前は俺の背中を見ていればいい」
「いや、ぶっ飛ばさないで!? 埃が舞うから丁寧に運んでるの!」
さすがの月詠も慌てて止めに入った。
すると、剛は不思議そうな顔をする。
「なぜだ。俺は黙って背中で語っているというのに」
(だーかーらー、黙ってねぇよ!)
オレはカメラを持つ手をワナワナと震わせた。
黙って守ると言いながら、一から十まで状況を口で説明する。
「……ねえ、あのポンコツ」
不意に、横から呆れたような声が聞こえた。
視線を向けると、いつの間にかキラがオレの隣に立っている。
マゼンタの瞳が、月詠の前で仁王立ちする剛を冷ややかに見据えていた。
「あんた、あの大バカに何を吹き込んだのよ」
「な……何のことか、オレにはさっぱり分からないな」
オレは視線を逸らすと、キラは大きなため息をついた。
「月詠ちゃんが困ってるじゃない。あのままじゃ、ただの邪魔な壁よ」
「壁として守ってるんじゃないかな……」
「瓦礫の片付けに壁はいらないのよ」
キラの的確すぎるツッコミに、オレは返す言葉もなかった。
結局、剛は月詠に「じゃあ、一緒に運ぼうか」と優しく諭された。
そして、大人しく瓦礫を運び始める。
その横顔は、心なしか嬉しそうに見える。
オレはファインダーを覗き込み、小さくシャッターを切った。
「……まあ、イベントスチルにはなるんだけど」
「未来ある若者でしょ。これはどういう意味かしら、ね」




