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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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第50話 ボランティアから

 空には、どこか不穏な薄暗さが残っている。


 月が落ちたあの日。

 あの巨大な質量が、直接ここに落ちたわけではない。

 はるか遠くで大地が深く抉れ、おびただしい数の岩や土塊が空へと舞い上がった。


 それが無数の隕石のように、激しい雨となってこの帝都に降り注いだのだ。

 黒い瓦屋根はひび割れ、レンガ造りの立派な洋館も、無惨に壁が崩れ落ちている。


 かつて美しかった石畳の通りはグロテスクに砕けた。

 今はただ見上げるほどの瓦礫の山が連なっていた。


 そこにオレは立っていた。

 立ち尽くしていた。


「こんな酷かったのか。イベントスチルだと、こういう場所は映ってないからな……」


 ヒーローそれぞれが、月詠と共にいる写真がメインだから、背景でしかなかった。

 リアルに起きた、という認識はないが、目に焼き付くほどの惨状だった。


「もしかして……利用できる……かも」


 月が異界と繋がり、大地とぶつかった。

 ある意味で、天文学的な確率の事故だ。

 朔の国が悪いわけではない。


 だが、その先に待つのは──


 ◇


 月下の約束というゲーム世界には魔力というものがある。

 今まで写真として取れなかったのは、平穏な学生生活だったからだ。


 これから始まる後半戦からは、そんな場面の激写が始まる。


「磯野先生にも言われてるし、一応撮るか……」


 ——この世界の魔力は万能だ。


 魔術の威力はもちろん、体術の身体強化すらも魔力に依存している。

 だから、魔力を持つ人間は特別な扱いを受ける。

 特に膨大な魔力を持つ者は、国民を導く存在として崇められる。


 ここで言う特別とは、例えば竹取月詠、例えば東雲暁などなど。

 つまり、ゲームのレギュラーメンバーである。


 彼らは、オレたちモブとは違う。

 皆それぞれに、常人とは比較にならないほど抜きんでている。


 乙女ゲームにおける、そういうお約束だ。


 魔力に秀でた学生たちは、体術と魔術を組み合わせて、がつがつと復旧作業を進めていた。


 真昼剛は大きな岩を両腕で抱え上げ、力任せに横へどかした。


「おっ、守部! 今のすげー力瘤、ちゃんとバッチリ撮ったか!?」


 撮ってないし、そもそも公式記録に力瘤のアップはいらないだろ……


 夕星律は無言のまま、瓦礫を浮かせて丁寧に運んでいる。


「……守部、そこは破片が落ちる。撮影に夢中になって巻き込まれるなよ」


 相変わらず冷静だな。……忠告通り、少し下がるか


 東雲暁は周囲を見渡しながら、安全な通路を的確に確保していた。


「ご苦労、守部。我々の活動をしっかり記録に収めてくれ。これもまた、学園の誇り高き歴史の一ページとなるからな」


 はいはい、王子様はこんな埃まみれの状況でもキマってますね


 オレはそれぞれの言葉に適当な愛想笑いを返しつつ、再びカメラを構えて、シャッターを切り続けている。

 教頭に言われた通り、公式の記録として残すのがオレの仕事だ。


 だけど、今回はそれだけじゃない。

 崩れた家屋の残骸も撮る。

 魔力が低い生徒たちが流す汗、非力だが頑張るモブ生徒たちの後ろ姿も。


 ただ、淡々と撮っていく。


「……全部、朔の国が悪い。こうなったのは全部……」


 内心で呟きながらファインダーを覗く。

 ここは、ゲーム世界。でも、かなりリアルな世界だ。

 エンディング後にも、きっと未来は紡がれる。


「記憶を失うとかいうメタ発言が、やる気を失せさせるが。アレは多分、バグかなんか。そもそも、月詠はプレイヤーなんだし」

 

 オレがぼやいていると、隣に立つ影があった。


「月詠さんが……どうされました?」


 エメラルドグリーンの柔らかい髪。


「げっ……ってほどでもないか。頭痛来ない。許された……」


 常に細められた目。


「何を珍妙なことを」

「なんでもない。どうされました、暮小路家の長子、慧どの」。


 彼は瓦礫を一つ、軽く魔法で横にずらした。

 流石は宰相の息子、その能力は計り知れない。


 そんな彼が言う。


「守部。月詠はどんな男が好みなのだろうな」

「……はい?」


 オレはファインダーから顔を上げる。


「私は、考えるタイプでね。彼女はどんな男性を好むのか、と」

「どんな男性……? それって、もしかして恋愛のアドバイス……」

「わ……私はアドバイスなど必要ありません」


 慧は軽く手を振って否定した。


「カメラマンという第三者目線なら、どう映っているのか。興味があるだけです」


 オレは思わず呆れたように呟く。


「流石は腹黒……設定ってこと?」

「そ、そうじゃない。私はただ興味がある……だけで」


 声が少しだけ上ずっている。

 次代の宰相として、先の先まで考えろと言われて育った男。

 彼にしては、随分と余裕がない。


 オレは肩をすくめて続けた。


「お前は……さ。常に裏を読めと言われて育ったんだろ?」

「な……」


 エメラルドグリーンの髪が浮いた。

 同じ色の眉も跳ね上がる。


「そ……それをどこで」

「本来のお前で、いい。いや、そっちのが月詠は好きだ」

「な……」


 一瞬、沈黙が落ちる。

 慧は少し顔を赤くして、複雑な表情を浮かべた。


「わ……私がどう育ったか。守部が何を知っているかはさておき。さ、参考になった。感謝する」


 彼はいつもの笑顔を取り繕うようにした。

 そしてそそくさと、別の瓦礫の方へ歩いていく。


 オレはカメラを構え直し、心の中でぼやく。


 なんで、オレに聞く……


「ま、いいか。今は1秒でも早く、カップリングを成立させることだ」


 ヒロインのメタ発言というバグが、オレの気持ちを一つ軽くしていた。


 だが同時に、ゲームだと突き付けられた気がして、正直言って焦り始めていた。


 ◇


 暮小路は既に歩き出していた。

 彼の足は自然と、月詠のいる方向へ向かっている。


 オレはカメラを下げたまま、小さくため息をついた。


「イベントかもしれないし、ついていくしかないか」


 そう割り切って、少し距離を取りながら後を追う。

 瓦礫の片付けが進んだ区画を抜ける。

 すると、かなり片付いた、空き地のような場所に出た。


 片付いている理由はここにも化け物がいるから。


 予想通り、竹取月詠と綺羅星キラがいる。


「キラちゃん。他の場所にも行く?」

「えー。あたし、疲れちゃった」


 月詠は小さな瓦礫を丁寧に片付けながら、キラと何か話している。

 オレは少し離れたところからカメラを構え、ファインダーを覗き込んだ。

 鮮やかなサファイアブルーの長い髪。

 その隣には、ショッキングピンクの髪を揺らすキラ。


「百合……絵になるが」


 そう思った矢先だった。


「月詠さん」


 オレの焦りが移ったのか、彼は唐突だった。


「慧くん、お疲れ様。どうしたの」


 月詠が優しく振り返る。

 そこで暮小路は一瞬、たじろいだ。

 更には、少し声を裏返らせて続ける。


「が、頑張っているね。庶民のために出来ることはないかと思ってね」


 長い髪が靡く。

 ヒロインは首を傾げた。


「えっと……その為のボランティアじゃ……?」

「……そ、そう! 私もそれが言いたかった。それでは」


 暮小路はなぜか急にポンコツになって、後退りをしている。

 ファインダーの中の構図が、完全に崩れた。


 これでは、シャッターが切れない。


「ね……」


 オレが呆然としていると、

 突然、ファインダーいっぱいにマゼンタの瞳が映り込んだ。


 綺羅星キラの愛らしい顔が、至近距離でこちらを見ている。


「あんた、どういうつもり?」

「……ちょ、どけって。まだ、イベントは続いてる」

「あたし撮ればいいじゃん」


 ヒロインがバグっているなら、こっちもそうかもしれない。

 そう言ったら、オレもモブカメラマンとして逸脱しているのだが。


 やはり、ベクトルがおかしい。

 オレは半眼で、ファインダー越しに睨み返した。


「それは……ってかお前さ」


 だが、彼女は更に睨み返してきた。


「狙いは何なのよ。もしかして、やっぱり暮小路に雇われているのかしら」


 ただのクラスメイトに向ける視線じゃない。

 何かを値踏みするような、日和見貴族特有の観察眼だ。


 オレはカメラを少し下げて、言いかけた。


「オレの仕事は青春の記録だ。だいたい、こういうのは」

「はいはい。あたしの仕事ね。分かった、分かった」


 彼女は軽く手を振る。

 分かったと言っているが、怪しい。


 何を考えているのか、日和見主義とはどういう意味か、オレにも分からない。


「あたしが導く。アンタは余計な事をし・な・い!」

「そういう割に……」

「ほら。自称モブカメラマンさん。シャッターチャンスっ」

「何っ?」


 月詠は少し離れたところにいた。

 そこへ暮小路がまた動く。

 月詠の方を向いて、真面目な顔で口を開いた。


「わ、私は国を動かす者として、これから先を……」


 宰相の息子の懸命な顔だ。

 少女は優しく頷いて、小さく微笑む。


「うん。暮小路くん、頑張ってね」


 だが、それだけだった。


 計算も、気負いも、全部空振りしている。

 オレはカメラを構え直しながら、軽く半笑いになった。


(……恋愛下手かっ!)


 小さく呟いて、シャッターを切った。

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