第5話 廊下をカメラマンが通ります
午後も授業があり、その休み時間が半分すぎた頃
桃色モブの少女が、月詠の袖を軽く引いた。
「月詠さん、教室にいても始まらないよ~。少し廊下を歩いてみない? 新しい出会いって、意外と外にあるものなんだから!」
月詠は少し戸惑った様子だったが、柔らかく微笑んで頷いた。
「……うん、そうだね。ちょっと行ってみようか」
主人公が動く。
守部家は、竹取撮影班じゃない。
だから、オレは付き合う義理はない。
ここがゲームの中でなければ——
(システムがどうなってるか分からないし。撮って損はないだろ)
オレは首からカメラをぶら下げたまま、観測者としてそっと後を追った。
伝統のある学院の廊下は、荘厳で美しい。
磨き上げられた大理石の床が午後の光を柔らかく反射し、高い天井のアーチには繊細な彫刻が施されている。
「月詠、またあとでね」
「うん!」
壁沿いに並ぶ古い肖像画や、ところどころに置かれた魔導ランプ。
廊下でさえ、歴史の重みを静かに語っていた。
そこで綺羅星と竹取は離れて、カメラマンのオレが竹取の後を追う。
「どう考えても、注目すべきはオレなのに」
うら若き女子高生をカメラで追跡する。
流石はモブ。
そして廊下を少し歩いたところで、前方に人だかりを見つけた。
数人の女子生徒が、興奮した様子で誰かを囲んでいる。
その中心にいたのは
——ラベンダー系に染まる紫の髪が、午後の光を受けて淡く輝く青年だった。
やや長めの前髪が左目にかかり、その奥から薄紫の瞳が静かに、そしてひどく退屈そうに周囲を捉えている。
左目下にある星のような小さな泣きぼくろが、やけに印象的だ。
線が細く、不健康なまでに色白。指定のネクタイはだらしなく緩められていた。
「あれって、夕星様っ」
「至近距離で見ちゃった! どうしよう」
女学生がはしゃぐ。
その背後に、何度も言うがカメラを構えるオレがいる。
(夕星律。魔術師の名門家系で、クール系美男子。無口で不登校気味って設定のキャラだ。しかし、なんだあいつ。イケメンすぎるだろ。ただ突っ立ってるだけで一枚の画になる。撮るのか……、オレが撮るのか。イケメンな角度で……)
明確にカメラを構えるオレの隣。
「夕星先輩……」
「お話してもいいですか?」
ついに女子生徒が遠巻きに声をかけた。
しかし彼はわずかに眉を寄せ、無関心を装うような、ひどく冷たい声で言った。
「……どいてくれる?」
怖っ! 今の魔力? 魔法?
そのたった一言で、女子生徒たちがビクッと肩を揺らし、慌てて道を空ける。
夕星は微かに口角を上げた。
自分が周囲にどう見られているか、その冷遇すらも楽しみながら、ゆっくりと歩き始めた。
(なんだ、コイツ……。ナルシストすぎないか? いやいや、そんなことはどうでもいい)
オレは内心で悪態をつきながらも、指先でカメラのレンズキャップを外していた。
夕星の進行ルート上に、たまたま月詠が立っていたからだ。
夕星は月詠の前で足を止め、少しだけ興味深そうに彼女を見つめた。
薄紫の瞳が、静かにサファイアブルーの髪と金色の瞳を映し出す。
月詠は彼の名前を知らないため、戸惑った様子で口を開いた。
「あの……」
夕星はわずかに目を細め、穏やかだが距離を置いた声で言った。
「……僕の名前は夕星律。君は……」
「た、竹取月詠……です」
月詠は少し驚いた顔で名前を名乗った。
すると、薄紫の瞳が静かに月詠の方に傾いた。
「竹取、月詠。新入生?」
「はい。一年A組の竹取月詠です。あの、道を塞いでしまって……ごめんなさい」
夕星はゆっくりと首を振った。
紫の髪がさらりと揺れる。
「いや、こちらこそ前を見ていなかった」
は? 何言ってんだ、コイツ。
「それにしても……君の瞳、珍しい色だ。まるで月の光をそのまま閉じ込めたようだ」
マジで初対面で、何言ってんだ、コイツ。
流石にツッコみたくなるし、内心でツッコんだが、それはそうなのだ。
竹取月詠は、特別な魔力を持っている。
そして、オレは知っている。
ただのナンパな口説き文句に聞こえる彼、夕星律。
魔術師の名門である彼は、彼女の内に秘められた特別な『才能』を、廊下で見ただけで、いち早く見抜いたのだ。
(だとしても、初対面で言うか? 言えるのか。だって、イケメンだもんなっ)
月詠の頰が、うっすらと赤らんだ。
彼女は少し慌てたように手を胸の前で軽く握り、照れくさそうに微笑む。
その瞬間——オレはシャッターを切った。
カシャッ。
「そ、そんな……大げさです……」
夕星はわずかに口元を緩め、短く応じた。
「美しいのはいいことだよ。それに私は事実を述べたまで。……以後、よろしく」
と言って、軽く頭を下げた。
ファインダー越しに切り取られた、二人のぎこちない出会いの瞬間だった。
紫とサファイアブルーのコントラストが、午後の光の中で完璧な構図として映え、息を呑むほど美しい。
月詠はまだ少し緊張したまま、小さな声で返した。
「あ……こちらこそ、よろしくお願いします」
夕星は静かに頷き、ゆっくりと歩く。
そして立ち去るのかと思った。
だが、足が止まる。オレの前で。
「君は」
オレの方へ視線を移し、じろりとカメラを睨むように見た。
無関心を装う彼の瞳の奥に、わずかな警戒の色が混じる。
オレは慌てて口を開いた。
「え、えっとこれは……」
しかし言い切る前に、夕星はオレの顔から視線をずらし、首から下げたカメラに目を落とした。
「……守部……か」
それだけを呟き、彼はそのまま静かに去っていった。
チャイムの音が鳴り響き、皆が教室へと戻り始めた。
これが二枚目のシャッター。
一枚目、東雲暁も守部を知っていた。
そして、二枚目の彼、夕星律も明確に、オレを認識していた。
だけど、他の生徒からはスルーされる。
オレ自身思うけど、守部弥彦は学校からつまみ出した方がいい。
(乙女ゲームってことは分かるけど。 リアルだと、こんな感じ? この学校の制度は、どうなってんだよ……)




