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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第5話 廊下をカメラマンが通ります

 午後も授業があり、その休み時間が半分すぎた頃

 桃色モブの少女が、月詠の袖を軽く引いた。


「月詠さん、教室にいても始まらないよ~。少し廊下を歩いてみない? 新しい出会いって、意外と外にあるものなんだから!」


 月詠は少し戸惑った様子だったが、柔らかく微笑んで頷いた。


「……うん、そうだね。ちょっと行ってみようか」


 主人公が動く。

 守部家は、竹取撮影班じゃない。

 だから、オレは付き合う義理はない。


 ここがゲームの中でなければ——


(システムがどうなってるか分からないし。撮って損はないだろ)


 オレは首からカメラをぶら下げたまま、観測者としてそっと後を追った。

 伝統のある学院の廊下は、荘厳で美しい。

 磨き上げられた大理石の床が午後の光を柔らかく反射し、高い天井のアーチには繊細な彫刻が施されている。


「月詠、またあとでね」

「うん!」


 壁沿いに並ぶ古い肖像画や、ところどころに置かれた魔導ランプ。

 廊下でさえ、歴史の重みを静かに語っていた。

 そこで綺羅星と竹取は離れて、カメラマンのオレが竹取の後を追う。


「どう考えても、注目すべきはオレなのに」


 うら若き女子高生をカメラで追跡する。

 流石はモブ。

 そして廊下を少し歩いたところで、前方に人だかりを見つけた。


 数人の女子生徒が、興奮した様子で誰かを囲んでいる。

 その中心にいたのは


 ——ラベンダー系に染まる紫の髪が、午後の光を受けて淡く輝く青年だった。


 やや長めの前髪が左目にかかり、その奥から薄紫の瞳が静かに、そしてひどく退屈そうに周囲を捉えている。

 左目下にある星のような小さな泣きぼくろが、やけに印象的だ。

 線が細く、不健康なまでに色白。指定のネクタイはだらしなく緩められていた。


「あれって、夕星様っ」

「至近距離で見ちゃった! どうしよう」


 女学生がはしゃぐ。

 その背後に、何度も言うがカメラを構えるオレがいる。


夕星律(ゆうずつりつ)。魔術師の名門家系で、クール系美男子。無口で不登校気味って設定のキャラだ。しかし、なんだあいつ。イケメンすぎるだろ。ただ突っ立ってるだけで一枚の画になる。撮るのか……、オレが撮るのか。イケメンな角度で……)


 明確にカメラを構えるオレの隣。


「夕星先輩……」

「お話してもいいですか?」


 ついに女子生徒が遠巻きに声をかけた。

 しかし彼はわずかに眉を寄せ、無関心を装うような、ひどく冷たい声で言った。


「……どいてくれる?」


 怖っ! 今の魔力? 魔法?


 そのたった一言で、女子生徒たちがビクッと肩を揺らし、慌てて道を空ける。

 夕星は微かに口角を上げた。


 自分が周囲にどう見られているか、その冷遇すらも楽しみながら、ゆっくりと歩き始めた。


(なんだ、コイツ……。ナルシストすぎないか? いやいや、そんなことはどうでもいい)


 オレは内心で悪態をつきながらも、指先でカメラのレンズキャップを外していた。


 夕星の進行ルート上に、たまたま月詠が立っていたからだ。


 夕星は月詠の前で足を止め、少しだけ興味深そうに彼女を見つめた。

 薄紫の瞳が、静かにサファイアブルーの髪と金色の瞳を映し出す。

 月詠は彼の名前を知らないため、戸惑った様子で口を開いた。


「あの……」


 夕星はわずかに目を細め、穏やかだが距離を置いた声で言った。


「……僕の名前は夕星律。君は……」

「た、竹取月詠……です」


 月詠は少し驚いた顔で名前を名乗った。

 すると、薄紫の瞳が静かに月詠の方に傾いた。


「竹取、月詠。新入生?」

「はい。一年A組の竹取月詠です。あの、道を塞いでしまって……ごめんなさい」


 夕星はゆっくりと首を振った。

 紫の髪がさらりと揺れる。


「いや、こちらこそ前を見ていなかった」


 は? 何言ってんだ、コイツ。


「それにしても……君の瞳、珍しい色だ。まるで月の光をそのまま閉じ込めたようだ」


 マジで初対面で、何言ってんだ、コイツ。


 流石にツッコみたくなるし、内心でツッコんだが、それはそうなのだ。


 竹取月詠は、特別な魔力を持っている。


 そして、オレは知っている。

 ただのナンパな口説き文句に聞こえる彼、夕星律。


 魔術師の名門である彼は、彼女の内に秘められた特別な『才能』を、廊下で見ただけで、いち早く見抜いたのだ。


(だとしても、初対面で言うか? 言えるのか。だって、イケメンだもんなっ)


 月詠の頰が、うっすらと赤らんだ。

 彼女は少し慌てたように手を胸の前で軽く握り、照れくさそうに微笑む。


 その瞬間——オレはシャッターを切った。


 カシャッ。


「そ、そんな……大げさです……」


 夕星はわずかに口元を緩め、短く応じた。


「美しいのはいいことだよ。それに私は事実を述べたまで。……以後、よろしく」


 と言って、軽く頭を下げた。


 ファインダー越しに切り取られた、二人のぎこちない出会いの瞬間だった。


 紫とサファイアブルーのコントラストが、午後の光の中で完璧な構図として映え、息を呑むほど美しい。

 月詠はまだ少し緊張したまま、小さな声で返した。


「あ……こちらこそ、よろしくお願いします」


 夕星は静かに頷き、ゆっくりと歩く。

 そして立ち去るのかと思った。


 だが、足が止まる。オレの前で。 


「君は」


 オレの方へ視線を移し、じろりとカメラを睨むように見た。

 無関心を装う彼の瞳の奥に、わずかな警戒の色が混じる。

 オレは慌てて口を開いた。


「え、えっとこれは……」


 しかし言い切る前に、夕星はオレの顔から視線をずらし、首から下げたカメラに目を落とした。


「……守部……か」


 それだけを呟き、彼はそのまま静かに去っていった。

 チャイムの音が鳴り響き、皆が教室へと戻り始めた。


 これが二枚目のシャッター。

 一枚目、東雲暁(しののめあかつき)も守部を知っていた。

 そして、二枚目の彼、夕星律(ゆうぼしりつ)も明確に、オレを認識していた。


 だけど、他の生徒からはスルーされる。

 オレ自身思うけど、守部弥彦は学校からつまみ出した方がいい。


(乙女ゲームってことは分かるけど。 リアルだと、こんな感じ? この学校の制度は、どうなってんだよ……)

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