表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第二章 二つの心を持つモブ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/88

第47話 クリスマスプレゼント

 広いホール。

 その片隅に、オレと月詠だけが取り残されていた。

 壁際のイルミネーションが、静かな二人の間だけを照らす。

 とても柔らかくて黄金の色をした光だった。


 え……なんで?


 黄金の瞳が輝く。

 魔女の片鱗が見え隠れする少女の圧にオレは一歩も動けない。

 恐ろしい魔女じゃない。

 とても美しい、満月の女神のような少女だ。


 ぎゅっとスカートの裾を握りしめ、月詠は俯きがちに一歩前に出た。

 コケティッシュに少し首を傾げた魅力。

 それとは裏腹に、消え入りそうな小さな声で囁いた。


「プレゼント交換……しよ……?」


 彼女の頬は、ほんのりと朱に染まっている。

 オレは一瞬でパニックに陥った。


 ここは竹取月詠が主人公の乙女ゲームだ。

 イベントスチルを撮影するカメラマンに、いやプレイヤーに、画面に向けて言っている。


 こんなの、予想なんて出来ない。 


 だから、準備不足にもほどがある。


 オレは何も、本当に何も用意していなかった。


 特注のオルゴールも、特注マフラーも、特注のガラス栞も、金銀細工の専用茶器も、古い魔導書のペンダントも——


 そもそも、オレは何も持っていない。

 

「悪い。オレ……ただのカメラ係だからさ……」


 せっかくみんなが用意してくれた、イベント。

 でも、オレは日和ってしまった。


 断ろうとして言葉を濁した、その瞬間だった。


 月詠の瞳からすっと光が消えた。

 今にも泣き出しそうな、切ない表情へと沈んでいく。


(馬鹿か、オレは! もっと気の利いた言葉を……)


 罪悪感に苛まれたオレは、慌てて手を振った。


「ち、違うんだよ。オレ、写真のことばっかりで何にも用意してないんだ! それにプレゼントって言ったって、守部家って……持ってるのはこのカメラだし。そもそも、守部家ってさ……」


 ――ズキッ!!


「痛…………っ?」


 頭の中を、殺人的な激痛が走った。


 あれ、痛い。

 システムの痛み……


 オレは思わず片手で頭を押さえ、その場に膝をつきそうになる。


(さっきは来なかったのに、今のはなんで……!?)


「守部くん……!? 大丈夫……?」


 意味不明な強制疼痛に、目が眩む

 それが逆に良かったのかもしれない。


 月詠が心配そうに顔を上げて覗き込んでくる。

 強制的に二人の距離が縮まった。


 オレが冷や汗を拭いながら体勢を立て直す。

 すると、俯いていた月詠がゆっくりと顔を上げた。


 ふぅ……と、静かな息遣いが聞こえる。

 真正面で見る……なんてあっただろうか。

 ただ、目と目が合うとはならなかった。


 彼女の金色の瞳が、オレの胸元の一点に吸い寄せられるように固定されている。


「それ……でいい。ううん……それがいい」

「え……? だからカメラは」

「ううん。流石にカメラは……魔導カメラは、守部くんじゃないと」


 月詠は慌てて両手を振り、照れ隠しするように早口で言葉を重ねた。


「えっと……?」

「そ……その……ぼ……ボタンっ! 守部くんの、制服のボタンが……欲しい……かも。駄目……かな」


 頬をりんごのように真っ赤な顔になる。

 彼女は視線を逸らしながら、小さな声で言った。


 そして、オレは完全に固まった。


「ボタン……?」


 自分の制服を見下ろす。

 胸元に並ぶ、守部家の家紋が刻まれた金属ボタン。

 予備なら何組か持っている大量生産品だ。


 確かに守部の家紋が入った特注品だが——


「や、やっぱ悪いよ。これ普通に予備があるし……」

「わ……私も、大したものじゃないから」


 言いかけたオレの言葉を遮り、月詠は小さな箱を祈るように突き出してきた。


「……なら」


 オレはブレザーのボタンを一つ、引きちぎるようにして外した。

 五人のヒーローのプレゼントと比べたら、いやそもそも、いくらの価値もなく、オレが手作りしたわけでもない。


 罪悪感に苛まれながら、彼女の小さく温かな手のひらの上にそっと乗せた。


 すると


 月詠は遠慮がちに箱を差し出しながら、小さな声で言った。


「メリークリスマス」


 ドクン、と胸の中で心臓が跳ね上がった。

 顔が一気に熱くなるのを感じる。

 オレは掠れた声でどうにか言葉を返した。


「め、メリークリスマス……」


 その直後――


「これで全員に渡せたねー!」


 ショッキングピンクの髪を揺らしながら、キラが二人の間に割り込んできた。


「う、うんっ!」


 月詠は慌てたように頷く。

 キラはオレの方を向き、すっと目を細めた。


「で、守部は何を貰ったのかなぁ?」


 オレは手の中の箱を開けた。

 中から出てきたのは、一冊の小さな絵本だった。


 キラが甘えた声で言う。


「これ、月詠が作ったの? 羨ましい。あたしにも読ませて」


 口調こそ軽やかだが、彼女の視線ははっきりと月詠に向けられていた。

 中身を見せてもらう、という強烈な意思表示だ。


 表紙には手書きの月と星。

 ページをめくると、故郷を追い出された女の子の魔女が現れた。


 いろんな人たちに出会って、学校に通って、楽しく仲良く暮らして。

 そして最後はハッピーエンドになる、とても短い物語だった。


 絵はそれなりに上手い。

 全くの創作のようで、誰かをモデルにした様子もなく、名前も適当なものばかりだ。


 キラはその場で絵本を受け取り、パラパラとページをめくった。

 マゼンタの瞳が、徐々に冷たく細められていく。


 ――ただ。


 大団円を描いた場面の片隅に。

 カメラを持った人間が一人だけ、ポツンと描かれていた。


「これは……駄目ね」

「……え?」


 キラは言った。

 オレは首を傾げた。何が駄目か、意味が分からなかった。

 月詠は、オレが同じ意味で首を傾げているのだと思い込み、食い下がる。


「どうして……!? 顔も名前も違うの。それに、ただの幸せなお話で……!」

「確かにね。そこは考慮されてるみたいだけど」


 キラは肩をすくめた。


「守部だって、これを渡されても――」


 オレに視線を長し、そう言いかけた。


 その瞬間——


 月詠の身体から、魔力がふつふつと沸き上がった。


「……っ!?」


 オレもキラも、思わず目を剥く。

 月詠の黄金の瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


 月詠が……泣いた……


「だって……っ!」


 月詠は涙を流しながら、叫んだ。


 キラキラと涙が溢れる。

 頬を伝って、床に落ちて弾ける。


「だってっ! 守部くんは記憶を失っちゃうんだよ!? 私たちのこと、忘れちゃうんだよ!? だったらせめて、こんな世界があったってお話くらいっ!」


 え……?

 月詠は……今、何を言った?

 オレが……記憶を失う……?


 それって——


 だが、考える時間は与えられなかった。

 会話をぶった切るように、ホールにヒーローたちの怒号が響き渡る。


「みんな! 大変だ!」


 窓際にいた東雲暁が、体裁なんて気にせずに叫んだ。

 夕星律も、走りながら声を上げる。


「月か!?」


 真昼剛が追いかける。


「月がなんだって!?」


 暮小路慧も静かに窓際へ向かっていく。


「……まさか。このタイミングで」


 全員が集まった窓の先で、東雲暁が、低い声で締めくくった。


「あぁ……。三百年前の伝承通り、月が落ち始めた」


 窓の外では、欠けた月が不気味な朱色の光を散らしていた。


 夜空の静寂を、静かに侵食し始めていたのだ。


 煌びやかだったクリスマスのホールが、一瞬で冷え込んでいく。


 言葉を失った生徒たちの間に、徐々に動揺が広がっていった。


「あれは不味い……ね」


 その混乱を切り裂くように、重厚なホールの扉がギィと嫌な音を立てて

開いた。

 外の冷気を身に纏って戻ってきたのは、宵坂千秋だった。


 空の様子がおかしいと、オレたちと入れ違いで外に出ていた彼。


「皆、下がるんだ」


 いつもの飄々とした気だるげな笑みは、すでに消えていた。


「ここで次代を担う若者を失うわけにはいかない……」


 その群青の瞳には、教師としての静かで重い緊張が宿っている。

 彼は外の荒れた空気を振り払うように、深く一息ついた。


 そして、低く通る声で告げる。


「月蝕が……始まった。皆、寮に戻るか、自宅に帰るように」


 静まり返るホールに、その言葉が響き渡る。

 束の間の平和の終わりを、容赦なく告げていた。


 落ち始める月を、言葉もなく見上げる月詠。

 ヒーローたちとキラも同じ。


 そして、モブの生徒たちは慌てふためいていた。


 因みにオレも慌てふためいていた。


 まぁ勿論。月とは全然関係ないことにだけれど。


(年末年始の決定事項。じゃないと朔の国の王子が来ないだろ……。 ってか、記憶を失うって……なんだ?)


 皆それぞれの胸の中で、激しく警鐘が鳴り響く。

 クリスマスプレゼント交換会は、これでお開きとなり

 宵坂の指示に従って、オレはそれぞれに帰るべき場所を目指した。


 帝国の一部に、月が落ちる。


 乙女ゲーム『月下の約束~煌めく六つの星と、失われた月の姫~』のどのルートでも、これは起きる。

 必ず起きる、自然現象。


 衝突の声は、大地を裂く絶望の衝撃波となり、家々を揺らす。

 舞い上がる土と岩塊が、天を裏返す黒き瀑布となって世界を覆い尽くす。


 ──そして、六人目のヒーローがやってくる。


(第二章完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ