第46話 聖夜の奇跡
石畳を歩き、校舎へ向かう。
温かな灯りと喧騒が満ちるホールへと戻る。
まだまだ、パーティーはまだ続いていた。
ツリーの近くでは、月詠を中心にヒーローたちが自然と輪を作っていた。
「宮廷での形式ばったパーティーとは違って、ここでは誰もが自由に笑っている。……なんだか、少し不思議な心地がするよ、月詠さん」
グラスを片手に持った暁が、完璧な王子の微笑みを湛えながら、どこかどこか新鮮そうに言葉を漏らす。
それに応じるように、豪快に肉料理の皿を抱えた剛が鼻を鳴らした。
「墓参りも大事だが、こういうのも見せてやらねぇとな。……まあ、悪くねえ。ほら月詠、お前さっきから全然食ってねえじゃねぇか。折角、東雲の奢りなんだから、遠慮なく食え」
「お前は……全く」
夕星に連れ出された時と変わらない。
強いて言うなら、さっきすれ違った宵坂がいないくらい。
全員が個別ルートを並走しているように見える。
「ふふ、真昼くん。彼女をご自身の胃袋基準で扱わないでください。……月詠さん、人混みで少しお疲れではありませんか? 寒ければ私のコートをお貸ししますよ」
慧が眼鏡のフチを指で押し上げる。
なんとまぁ、分かりやすい切り替えスイッチだ。
腹黒いという設定は何処へ行ったのやら。
律が、その輪の中に入っていく。
オレが先生に引っかかっていた間に、彼は一足先に会場へ戻っていた。
いつものように、静かな足取りで滑り込んで、息を吐く。
「……相変わらず、無駄に騒がしいね」
「あ、律先輩。おかえりなさい。……外、寒くなかったですか?」
月詠は、柔和な笑みを浮かべた。
律はふいとそっぽを向くと、微かに不機嫌そうな吐息をこぼした。
「……別になんとも。ただ、夜空が……少し気になっただけだよ」
甘い言葉や露骨なアプローチというわけではない。
だが、それぞれが自分のスタンスで月詠と向き合う。
「そういえば、さっき先生も外が気になるって」
暖かい光、暖かい暖炉の熱。
黄金の瞳を瞬かせて、彼女はまた、一人ひとりに穏やかな笑顔を返している。
(……なんだ、これ。 相変わらず。 月詠は人気だな)
胸に小さな引っかかりを覚える。
オレは彼女の方に歩いていった。
月詠から少し離れた場所。
キラはニコニコ顔という仮面で、ヒロインたちのその光景を見つめていた。
その仮面の下は、思案顔か、困惑顔だろうか。
「綺羅星、オレがいない間に何かあったか? うまく行ったんだろうな」
するとキラは、どこかアンニュイな表情を浮かべた。
とは言え、世間一般的には上機嫌に見える顔だが。
彼女は、詳しく答えようとはしなかった。
オレは小声で報告を続ける。
「なんかオレが連れ出された。でも、夕星先輩なら……オレもアリかなって思ったけど」
「……そう」
だが彼女は、だるそうにピンクの髪の毛先を指で弄ぶ。
ゆっくりと足を回転させて、食堂の影に歩く。
いつかオレが、ヒーロー達に詰め寄られた、一種の死角ゾーンだ。
「いやいや。そういう作戦だったろ」
そこで漸く、綺羅星は仮面を剥いだ。
「あの子は本当に……。そもそも、アンタが『六つの星』とか話してたじゃない」
キラはつまらなさそうな顔で、そう言った。
オレは軽く首を傾げる。
確かに、オレは何度かその言葉を口に出した。
「ゲームタイトルだし。話したのはキラにだけで――」
「そうね。どこかの誰かさんに話していないのであれば、あの子が自分でそう感じたんでしょう」
煙に巻くような、煮え切らない言い方だ。
オレが怪訝に眉をひそめると、キラは微かに目を細め、さらに言葉を重ねた。
「ローラー作戦はうまく行ってるじゃない」
「……は? いやいや、誰かが抜け出す。五人の中から一人」
「因みに、月詠は全員を好きになっている。……みんなも月詠をね」
オレは思わず半眼になり、キラをじっと睨みつけた。
桃色の髪を指で絡めて、肩をすくめる。
「それは見れば分かる。その中で誰かが頭一つ飛び出す、だろ?」
「ローラー作戦はうまく行ってた。あたしの読みだとそう。でも……あそこまでとは予定外よ」
「月詠の魅力を考えたら、想定ないだろ」
「そうね。そして、あたしのせいじゃないし」
その表情には隠しきれない不満と、面白くなさそうな色が滲んでいた。
自身を日和見主義者という彼女は、何も言わずに頬を膨らました。
「何が言いた……」
焦れったさに、オレは眉をひそめる。
すると、キラはオレの言葉を遮るように、被せて言った。
「……プレゼント交換。あんた、まだしてないでしょ」
――ピン、と。
オレは一瞬、その場で完全に固まった。
カメラを抱え込んでいた指先が、目に見えて強張る。
「……は?」
硬直の後、喉の奥から掠れた声が漏れ出た。
キラは気だるげな眼つきのまま、オレから視線を外そうとしない。
オレは半眼のまま、キラを睨み返した。
「な……何言ってんだよ。オレはカメラマンだぞ。月詠がオレとプレゼント交換する必要なんて……」
自分でも驚くほど、言葉が荒くなった。
胸の奥で、嫌なざわめきが急速に広がり、心臓を強く打ち鳴らす。
その時――
不意に強い視線を感じて、オレは顔を上げた。
月詠と、バッチリ目が合った。
クリスマスツリーの傍らに彼女はいた。
他のヒーローたちと話していたはずの月詠が、いつの間にかこちらをじっと見つめている。
サファイアブルーの髪の隙間で、彼女の金色の瞳がイルミネーションの光を静かに反射していた。
真っ直ぐに、吸い込まれるような瞳でオレを捉えている。
月詠が小さく唇を開きかけた。
「おいおい、守部ぇ」
輪の中にいた剛がこちらに気づいた。
ある意味で、イラっとした。
ある意味で、安心した。
それはそうだ。
今日はヒーローとヒロインのクリスマス。
だが彼は、頭をガシガシと掻き、呆れたように笑みを向けた。
「お前、ずっと写真撮ってばっかだから、自分のプレゼント交換忘れてただろ」
「え……」
死んだ魚のような目だが、オレは目を見開いた。
すると、隣にいた暁も柔らかく目を細め、静かに頷いた。
「ふふ、彼らしいね。僕たちの笑顔を残すことに夢中すぎだよ。今日がどんなパーティかを忘れていたのかい?」
「忘れていたのでしょうね。 守部家は国家に忠実と聞きますし」
慧も眼鏡のフチをすっと指で押し上げる。
どこか慈しむような、穏やかな笑みを、オレに向けた。
「な……何を言って……」
オレはハッキリ困惑した。
ヒロイン・竹取月詠。アドバイザー・綺羅星キラ。
五人のヒーローと、まだ来ていない六人目のヒーロー。
その中にオレはいない。オレの記憶にもオレはいない。
でも──
さっきまで一緒にいた律が、ラベンダーの髪に指を通した。
「……わざわざ僕が君を外に連れ出す役にまわったんだよ。さっさと終わらせなよ。君がこのままだと、僕も収まりが悪い」
夕星律がオレを連れ出したのは、ただ騒がしかったからではなかった。
多分だけど……いや。オレを驚かせるため。
オレを疎ましく思う者などいなかった。
彼らの瞳には、裏表のない純粋な優しさがあった。
カメラマンのオレに対する、深い信頼が宿っていた。
誰からともなく目配せを交わす。
自然な動作で一歩、また一歩と引き、月詠の背中を静かに押し出すようにしてスペースを作った。
気づけば、ツリーの温かな灯りの下。
オレと月詠を避けるように、周囲の喧騒が遠のいていた。
あのキラさえ、面倒くさそうだが、鋭くはない視線で見守る。
「……守部くん」
月詠が、ゆっくりとオレの方へ一歩踏み出してくる。
サファイアブルーの髪が、イルミネーションの光を浴びて、キラキラと輝いていた。
「私……」
金色の瞳が、温かな光を湛えてオレをまっすぐに見つめ返す。
モブとして引いた境界線も、世界の破滅回避のための計算も、守部家としてこれから先も生きるという打算も。
すべてが、彼女の前では途端に遠のいていく──
この瞬間こそが、嫌々ながらも頷いた綺羅星と、五人のヒーローたちからの、クリスマスプレゼントだった。
そして──




