第45話 パーティを抜けようぜ
イベントスチルとしての素材は完璧に揃った……はず。
なのに、オレの胸には冷たい違和感と嫌な汗が広がっていた。
理由はある。ちゃんとある。
「全部、知ってる。全員が個別ルートのイベントスチルって……」
パーティーの喧騒はまだ続いている。
ツリーの近くでは、月詠がキラと一緒に楽しそうに何かを話して笑っていた。
ヒーローたちも自然と彼女を取り囲み、穏やかな時間が流れている。
どこか家庭的で、温かくて……けれど、どこか退屈な光景。
オレはカメラを静かに下ろし、天井の高いアーチを見上げた。
(……このクリスマス会に、本当に意味なんてあるのかな)
ハッキリ言おう。
プレゼントの流れは、いつもより全然辛くなかった。
聖夜を二人きりで過ごすから、メロ展開なのだ。
もっと接近して、傍目なんてなくて、ぐっと近づく。
でも
こんなの近所の寄り合いの子供たちが集まるクリスマスの延長だ。
みんなの前でプレゼントを披露したに過ぎない。
仲の良さをアピールしただけ。 聖夜の背徳なんて1mmもない。
やっぱりこれは、……まずい。
年明けに──あいつに持っていかれる。
不意に、胸の奥を重い虚無感が掠めた、その時だった。
「……ここは、ちょっと僕には合わないね」
静かな声が耳元で響き、振り返ると夕星律が隣に立っていた。
オレは両肩を跳ね上げた。
(マジ?! これが綺羅星の言ってたやつ! すげぇ、生で見た。『こんなつまらないパーティー抜け出そうぜ』ってヒロインを連れ出すヤツ! これは完全個別ルートに突入するヤツ!)
突然の勝利。
脳内でファンファーレが鳴り響く。
ついに……ついにこの退屈で残酷なパーティが終わる。
勿論、オレの心は傷ついたまま。
このまま、夕星と竹取を撮り続けるだろう。
だが、一つの区切りには違いない。
月詠はまだ、宵坂と話し込んでいる。
あの中に割って入るんだろう。
これはシャッターチャンスかもしれない。
オレの知らないイベントスチルに違いない。
「僕と抜けないかい?」
夕星先輩は淡々とした口調のまま、瞳を横に流して囁いた。
マジで言った。綺羅星の言う通り。
ある意味で、逆転勝利――
「……守部弥彦」
「……え?」
「え……って。もう充分に写真は撮ったよね。僕と一緒に外に出ようよ」
ってオレかよっ!
予想外すぎる指名に、オレは盛大にズッコけそうになった。
「ゆ……夕星先輩。オレに言ってます? オレでいいんですか!?」
必死で体制を立て直し、思わず念を押すように問い返してしまう。
すると夕星は、ほんの少し不機嫌そうに綺麗な眉を寄せる。
「そうだよ。君がいい」
「……はい」
あまりにも予想外すぎる展開に完全に虚をつかれた。
オレは困惑したまま無言で彼の後についていくしかなかった。
◇
夕星律は基本的に冷めていて、魔術にしか興味が無くて。
だがしかし、美青年枠としては群を抜いている。
男のオレが、結構ドキドキする中性さも併せ持つ。
妙な感覚を持ちながら、辿り着いたのは、中庭の奥。
――華やかな灯りが届かない、静まり返った場所だった。
二人並んで、ふと夜空を見上げる。
雲の隙間から覗く満月が、怪しく青く染まっていた。
「月……あれ? あんな色だっけ」
オレがぽつりと呟くと、夕星は腕を組み、静かな声で言った。
「三百年に一度の『朔の国』の乱。それには、完全皆既月食が関係している」
よく見ると、その端がわずかに欠けている。
三日月とか半月とかではなく、何かが影を落としている。
彼はわずかに肩をすくめ、吐き出した白い息を夜空に散らす。
「運が悪いよね。学生時代に重ならなくてもいいのに。……こんな時期だから、集められたのかな。僕たちは」
あれが、あの月が完全に隠れてしまえば、遂に後半戦。
アイツがやってくる。
「……もう、朔の国が近づいてるのかよ」
――あっ
口にした。
その瞬間、オレは血の気が引くのを感じて自分の口を力いっぱい手で塞いだ。
またやってしまった。
転生ゲーマーとしての知識を、うっかり口走ってしまったのだ。
やばい……システムが──
だが。何も起きなかった。
以前なら、これをやると何かが起きた。
強烈な世界修正の頭痛が襲い、意識が飛んでいたはずだ。
……あれ?
頭が……痛く、ならない?
オレが呆然としていると、夕星が軽く目を丸くしてこちらを見た。
「ふぅん。……驚いたな。宮廷魔術師の家系でもない君が、朔の国と月の関係を知っているなんて」
夕星はくすりと小さく微笑んだ。
青い月の光に照らし出された彼の横顔は、怖ろしいほど繊細で美しく整っている。
ほんの一瞬、胸がドクンと跳ねるのを感じた。
オレが月詠なら、絶対に顔を赤く染めている。
満月のような瞳を震わせている。
彼女の瞳は、あの満月のように影を落としてはいないが
「守部はそこまで知っているんだね」
「あ……えっと」
「気にしなくていいよ。でも、僕は気にしないといけないんだ」
月が不気味に青く欠け、国の乱れを予感させる。
律は静かに「僕は姫を守らないと」と呟いた。
「姫……?」
「なんでも……ない。じゃなくて、君も気付いてるよね。あの子は、月詠は──」
彼の横顔はどこまでも美しく、そして切ない。
月詠の本当の力にやはり気付いている。
ラベンダーの髪を左右に振り、彼は寂しそうに笑った。
「そろそろ戻ろうか。……朔が近い。僕は守らないと」
夕星は静かに踵を返し、光の差すホールの方へと歩き出す。
オレはその背中を、カメラを抱えたままぼんやりと見送った。
(――そうか)
ふと見上げた空で、欠けた満月が怪しく青い光を放っている。
月があんな不気味な異相を見せているんだ。
オレだけじゃない、この世界のヒーローたちだって。
とっくに世界を覆う不穏な気配に気付いている。
昼間に暁や剛が口にしていた重すぎる懸念も、すべてここに繋がっていたんだ。
(……だから、さっきのオレの発言は『ネタバレ』に入らなかったってことだ)
すでに現実の現象として動き出している。
オレが口走った言葉も「禁断のゲーム知識」ではなく、ただの勘のいい奴の呟きとして処理される。
だから、あの世界修正のシステム──脳を殴られるような激痛が来なかった。
「……ってとこか」
理解と同時に、背筋を冷たい悪寒が駆け抜ける。
「ん。何か……言った?」
「いえ」
システムが発動しなかった。
ということは、それだけ『破滅の危機』が目に見えている。
現実としてすぐそこまで迫っているという証明に他ならない。
(常闇が、あそこに迫っている……)
夜風が首筋を冷たく撫でていく。
オレは腕の中のカメラをぎゅっと強く抱きしめた。
「夕星先輩なら……月詠を託すのも、オレは納得できるかもしれない……」
見上げた空では、冷ややかな青い月が、静かに二人を見下ろしていた。
夕星は静かにオレの前から去り、先に会場へと戻っていった。
オレも後を追いかけようと足を速めた。
その時だった。
中庭からホールへと続く、薄暗い通路の曲がり角。
視界が開ける直前、ドッと誰かと肩がぶつかった。
「すまないね。暗くて見えなかった。怪我はないかい?」
「あ……いえ、大丈夫です……」
ぶつかった相手は、宵坂千秋だった。
彼はすぐに一歩下がり、コートの裾を優雅に揺らしながら丁寧に頭を下げる。
その自然な動作には嫌味が一切なく、洗練された大人の余裕とスマートさが溢れていた。
(……大人って感じだな。やっぱり、ナンバーワン。宵坂ルートも、まだまだあり得る……)
オレはぶつかった肩を軽くさすった。
軽く振り向いて、去っていく彼の背中をぼんやりと見送った。




