第44話 プレゼント交換
オレは知らない。
一人ひとりと特別な時間を紡ぐ、と思っていた。
知っているのは、個別ルートのクリスマスイベントだった。
それはとても甘い、オレを一撃死させるようなイベントスチルだ。
だが何故か——
全員参加の立食パーティーのような形に落ち着いている。
けれど、アドバイザーは、キラは「これでいい」と言ったのだ。
つまり、オレの記憶の歯抜け部分。
即ち、枚数が少ない三人の誰かの特殊イベントがある。
ならば、オレは世界を守るモブ勇者として、その後を守部という名前で生きる末端貴族として
あり得そうな構図をきっちりと『一枚の写真』にして残すだけだ。
◇
学苑は文明開化後に建てられた。
異国の芸術が混じったここは、学生向けの食堂であっても、洗練されている。
クリスマスの教会風になれば、尚更だった。
今は、イルミネーションの光で黄金色に染まっている。
外の景色も同じ。
お金持ちが好きそうな庭園が広がる。
学生食堂の窓の向こう、中庭の木々にも小さな灯りが揺れる。
ドレスアップした制服を身にまとう生徒たちの姿はある。
かれらが息を吐くと、白い煙がふわりと空に溶けていく。
ヒーロー達だけでなく、他の生徒たちも集まる。
学校行事ではないが、特別な、華やかなイベントであった。
「ふぅぅ……。こんなことになろうとはな。守部くん、頼んだよ」
「うす。磯野教頭」
磯野が、一人の教師に頭を下げて立ち去った。
先に言っておくが、このイベントは『月下の約束』に存在しない。
いや、そこは『多分』に変更する。
綺羅星曰く、『ここから抜け出さないか』イベントが期待できる。
知らないと言えば、仮面舞踏会だってそうだ。
あれは暮小路家の主催で、綺羅星キラの活動が見えるイベントだった。
今回だって、ゲームの公式イベントかも知れない。
なんて考えている内に、パーティは始まった。
オレもモブだが、地味目な顔に生徒たちが空騒ぎを始める。
そして各々が、プレゼント交換などと、話し始める。
あちこちで華やかな笑い声が弾けた。
帝国の次代を担う若者だから、モブだがエリートの子供たちだ。
彼らの存在がなければ、きっと──
(……あそこだけ輝いてる。しかも、五人……って! なんでこうなる?)
まずヒロイン、竹取月詠に近づいたのは、東雲暁だ。
彼は月詠の隣で、一寸の乱れもない完璧な王子の笑顔を浮かべる。
そして、小さな木箱を差し出していた。
「東雲王家に伝わる職人に頼んで、図面から特注で作らせたんだ。公務や勉強で疲れたとき、この音色で君の心が休まるといいな」
開かれた木箱から流れるのは、素朴で温かいオルゴールの音色。
対する月詠は嬉しそうに目を細め、小さな包みを渡す。
「ありがとうございます、暁様。私からは……いつもお忙しそうな暁様のために、お守りとして紋章を刺繍したハンカチを」
――カシャッ
降り注ぐ黄金の光が二人を包み込み、まるで公式画集の表紙のような一枚が撮れた。
(な……んだと……。つ、月詠の手作り?! 月詠が夜なべして、暁の為に、暁のことを考えながら、暁の……)
脳が焼ける。
最近は、心の距離が少し離れていた。
だから、大丈夫と思っていたけれど。
(羨ま……しい……)
月詠の手作りということは、個別ルートも同然だ。
そして間違いなく、プレゼント交換は個別ルートのイベントスチル。
(ひ、一人目で。い、いや。王子様なら、ば! は、早かったな……。結局、綺羅星の言う通り、東雲暁で決ま──)
◇
次は、真昼剛だった。
彼は月詠の前にドカリと立ちはだかった。
(え? 決ま──ってるよね? 真昼先輩。月詠はもう……。後で一緒に泣きましょう)
隠すこともなく、真っ赤なマフラーをぐいっと突き出していた。
「ほら、受け取れ! 真昼家の工房に特注したマフラーだ。一見シルクだが魔獣の糸が編み込まれた防具仕立てになっている。お前を守るためのものだ!」
「わぁ、すごく暖かいです……! 私からも、いつも激しい稽古で手首を痛めないように、お守りの魔導糸を編み込んだリストバンドを……」
――カシャッ
「おおっ、手編みか! これで百人力だ!」
剛は豪快に破顔し、受け取ったリストバンドを宝物のように抱え込んだ。
脳が二度、焼かれた。
(なん……だと? 月詠の手作り……のリストバンド。いや、リストバンドってなんだよ! 選択がマニアックすぎ……じゃあ……ないのか)
オレは目を剥いた。
イベントスチルはヒーロー側が正面だから、月詠が何を送ったかは僅かしか写っていない。
だが、真昼からの贈り物は、個別ルートのソレ。
何よりだ。真昼の腕は丸太のように太い。
即ち、この日の為に、寸法を測っている。
(──逆に言うと、ハンカチは無難……。王家の紋章なんて、その辺に沢山あるし。──つまり、月詠が本当に考えていたのは真昼剛……。暁先輩のは余った布か何かで作ったのか……。暁先輩。後で一緒に泣きましょう……)
◇
ふと窓辺に視線を向けると、夕星律が群れから離れ、ぽつんと佇んでいた。
(夕星パイセンっ! 今のは流石にっすよね。く……。やはり筋肉かよ。筋肉が色気かよっ。だったら、もう──)
だが今度は、月詠がそっと近づく。
すると、彼は無口なまま、ほんのり青く光る綺麗なガラスの栞を渡した。
「……特注の工房で焼き上げさせた魔導具だ。夜、本を読むときに目を痛めないように」
「ふふ、ありがとうございます。律様には、研究に没頭して食事を忘れないよう、ハーブを入れた手作りの星型サブレをどうぞ」
――カシャッ
「……悪くないよ」
律はサブレを一口、口にし、短く呟く。
脳が三度目の照射を受けた。
(月詠……マジ? ま、また手作り……かよ? いーや、だが。これはパンチが弱い……。でも、夕星のことを考えて作ったのは確かだ……)
月詠の力は別格だとしても、三人分も?
なにか、おかしい。いや──
(夕星先輩のだけ。一人だけ毛色が違う。さっきは決まりだと思ったけど。暁先輩と剛先輩のは纏めて作ったとも受け取れる。つまり二人がついで。 両パイセン……あとで肩、貸します)
◇
サロン風のスペースでは、暮小路慧がいつもの細目の笑顔で月詠に向かい合っていた。
(慧っ! お前は流石に……。もう、諦めろ! 話なら後で……)
慧は恭しく、金銀細工の施された豪華な箱を差し出す。
「外国の職人に特注した金銀細工の専用茶器と、高級ハーブティーのセットです。あなたのイニシャルも入れさせて戴きました。他の方々には、内緒ですよ」
「あ、ありがとうございます……! 私からは、いつも頭脳戦でお忙しそうな慧様のために、自分で摘んだ薬草を手縫いの袋に詰めたサシェを……」
――カシャッ
脳が四度目の照射を受けた。
(嘘……だろ? っていうか、サシェってなんだよ! 自家製の薬草を自分で摘んで手縫いで!? 慧が頭脳戦で疲れてるのを気遣って作ったってことかよ!)
恐ろしい女。やはり魔女。
傾国の魔女なのだから、この程度はやってのけるのか。
(ってか、 薬草ってどこにあんだよ! 薬草を探してきたってこと? 慧の為に? そ、そうか。暁先輩と剛先輩は布。そして、律先輩のはハーブとクッキー。近場でどうにかなる。──つまり、月詠の本当の本命は慧先輩……! 3パイセン……あとで酒でも飲みましょう……未成年だけど)
◇
最後に、宵坂千秋だ。
(先生……! ここまで全員手作りだぞ!? どうなんだ? 一体、どうなるんだい? イベントスチル最多。ここに来て陥落か……)
白衣の上から上質なコートを羽織った彼。
古い魔導書を解体して作らせた、という星図のアンティークロケットペンダントを月詠に差し出した。
「ボクまで誘ってくれるなんて、君は本当に優しい子だね。こんなボクの為に。だったらボクは最後まで君を大切にしよう」
「あ……あの、先生。私からは……保健室でいつも不摂生な生活をされている先生が心配で、自分で調合した自家製の薬草シロップを……」
――カシャッ
脳が五度目の過熱を起こし、限界突破する。
(自家製の……薬草シロップ調合……!? 不摂生な先生を本気で心配して、わざわざシロップまで作ってきただと……!? )
なんと月詠は宵坂への個人的なプレゼントも用意していた。
五人が五人とも、イベントスチル通りにプレゼントを渡し、ヒロインがそれに応じている。
では、全員が横並びか。
いーや、違う。ここに来て、綺羅星の勘が外れたのかもしれない。
オレがとった、イベントスチルの枚数は変わらず、宵坂が一番多かった。
(──ってことは、やっぱり大本命は先生か!! 3パイセンあと慧。これは……オレたちの負け……かもしれません)




