第41話 報告からの即行動
オレはアドバイザー綺羅星の指令を終えた。
東雲暁と真昼剛の、好感度チェックをある意味で完了した。
そして、重要な機密情報を手に入れた。
彼らはどうも、国家の存亡に関わる激重な背景を持つらしい。
何ならトラウマ暴露もされて、オレの足は鉛のように重くなった。
(……なんでだよ!! 乙女ゲームのモブカメラマンが、クリスマス前の書き入れ時に、王太子の孤独と軍部の不穏情報を聞かされた? で、話したらすっきりした?)
二人は寮に住んでいない。
家に帰ってしまったから、オレは一年生A組の教室へと向かった。
あまりの足の重みに、オレは冷たい廊下の壁に一度背中を預けた。
両手を、ぎゅっと自分の胃あたりを押さえつけた。
(ヒロインの『ヒ』の字も出ずに、オレがただの心療内科の先生扱いされて帰されて! だが、負けるな。 この程度で手にした人生を無駄にして堪るか)
世界滅亡のバッドエンドを阻止するためだ。
魔界の王子と月詠の婚姻を回避するためだ。
だから有望株である暁か、剛のルートへと月詠を誘導する。
だが、蓋を開ければこれだった。
「どうなってんだよ、アドバイザー」
廊下に伸びる冬の斜光が、冷え切った廊下に細長く影を落としていく。
沈みかける太陽の淡い光は頼りなく、寒風の冷気が爪先からじわじわと這い登ってくる。
重いため息と共に教室の扉を開ける。
すると、窓際の席に二人はいた。
月詠とキラが向かい合って、何やらを話していた。
「お疲れぇ!」
キラがすぐにこちらに気づいた。
ゆるふわボブを揺らしながら、あざとい笑顔を向けてくる。
「守部、どうだった?」
冬の光を弾く彼女の笑顔は相変わらず完璧だった。
「撮影の準備、うまくいった?」
オレは軽く手を上げて、キラの隣の席に近づきながら、どっと疲れた声で答えた。
「あー……身の上話を聞いてきた」
「そう。うまくい——」
キラの目が一瞬、信じられないものを見るように大きく見開かれた。
「ってないじゃないっ! 身の上話……って、なんでそうなるのよ!」
思わず、仮面を地面に叩きつけた。
鋭いツッコミに、隣にいた月詠の両肩が跳ねた。
「攻略対象の好感度を調べてこいって送り出したはずでしょ!? なんで、そうなるわけ?」
「キラ……ちゃん。お、落ち着いて」
「そうだぞ。二人とも穏やかに帰って行ったぞ」
「何、カウンセラーになってんのよ!」
オレは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
キラは頭痛をこらえるように、そっと綺麗な指先でこめかみを押さえる。
すると、月詠が静かにこちらを向いた。
サファイアブルーの髪が窓からの光を透かし、金色の瞳がオレを捉える。
揺れる髪に差し込む光さえ、彼女の儚げな横顔を浮き彫りにした。
少しずつ話せるようになってきたけれど、まだまだ戻らない。
何処からこうなったのか。
あの祠で、オレが彼女を意識してしまったからか。
あの日ここで、彼女がヒロインとして自覚を持ったからか。
分からないから、どうしようもない。分かったところでモブにはどうしようもない。
この透明な、微妙な距離の壁の向こう。
彼女の瞳が、ほんのわずかに揺れた。
「……守部くん、お疲れ様です」
それなりに優しく、オレを気遣うその声。
「……えと……今日は疲れた顔をして。……いらっしゃいますね」
傷ものに触れるよう
慎重に選ばれた言葉の響きが、オレの胸の奥を焼き付ける。
だけど、それはそれで、都合が良かった。
オレ自身の心に絶対の壁を築くためにも、オレは彼女と一線を引かなければならない。
だから、奥歯を噛み締め、オレはあえて少しだけ他人行儀な笑顔を作った。
「ありがとう、月詠さん。ちょっと長い話になってさ……」
あ……と思った。
前よりも自然と出た。
自然と、明確に意識的に距離を置いた『さん』付け。
「でも大丈夫。クリスマス本番は、絶対に素晴らしいイベントにするから」
月詠の肩がびくりと小さく震えたのが分かった。
突き放すようなオレの態度に、彼女の金色の瞳がふわりと悲しげに歪んだ。
——気がしただけ……だ。
「た……楽しみだね、キラちゃん」
「楽しみだね。守部のやる気次第だけど」
「えっと……私は一人でも……」
オレはハッと我に返った。
「だ、大丈夫。絶対に何とかするって、月詠さん」
オレは咄嗟に、何かの約束をした。
月詠は何かを言いかけて、結局寂しそうに微笑む。
その苦しくも不器用な空気を見かねたように、キラが二人の間に上手く入り込み、明るい声で話題を変えた。
「ふふ、守部。だったらこうしましょう!」
弾けるような声で場の空気を塗り替えていく。
「月詠ちゃんも、守部くんが一生懸命頑張ってる姿、ちゃんと見ててあげて?」
キラはパチリとキュートにウィンクしてみせた。
教室の後ろの方では、他の生徒たちが楽しそうにクリスマスの過ごし方を話し合っている。
学苑全体が少しずつ華やぎ浮き足立っていく。
オレの頭の中には、さっき聞かされた暁と剛の激重な国家機密とトラウマが、不気味なカウントダウンのように鳴り響いていた。
◇
──キンコンカンコン。
放課後を告げる鐘の音が、夕闇の差し込む教室に響き渡った。
「守部くん、キラさん、私、あっちの飾り付けの手伝いに行ってきますね」
月詠が控えめに微笑み、視線を逸らした。
教室の後ろで作業をしている生徒たちの輪へと歩いていく。
彼女の背中が十分に離れたのを確認した瞬間、オレは机に肘をつき、頭を掻きむしった。
(……っていうか、ゲームの裏設定か。そんなの考えたこともなかったな)
オレは心の中で、二人のヒーローのことを思い浮かべていた。
理由付け、それとも動機か。
(国家の陰謀に、 王太子の孤独。竹取月詠の力は本物だ。国中が見守る学校で、プリンスとプリンセスが誕生する……な)
主人公補正が利いている。
ゲーム後半になるが、月詠は凄まじい魔力を発揮する。
(真昼の家は、昔に戦いで家族を殺されてて……。そんな動機にするか? 乙女ゲーだぞ)
今は未熟な月詠だが、才能ある彼らなら見抜けるわけで——
「あ……そういや。暮小路もオトナたちがどうとかって……」
軍部の不穏な動き。大人たちの暗躍。
知るかと言いたい。
ただ月詠の好感度とクリスマスの予定を聞きに行っただけ。
モブのオレには、重すぎる裏設定なわけで。
「それで?」
「……それでって。どうなってんだよ」
そんな情けない様子を、キラはジト目で睨みつけた。
だが、彼女も思う所があるらしく、なんとも言えない妙な表情に落ち着いた。
「何がどうしたの?」
彼女はふう、と小さく溜息をつくと、制服の上から細い腕をきゅっと組む。
その動作に伴い、ブレザーの生地ごと実った胸元がグッと持ち上げられた。
柔らかな起伏が強調され、無自覚なのか計算尽くなのか。
いや、絶対に計算だが、圧倒的な存在感が視界を主張してくる。
(……あざといが、可愛い。これがレギュラー陣の破壊力……)
現実逃避気味にどうでもいい感銘を受ける。
するとキラがジト目のまま、そっと顔を近づけてきた。
「……ねぇ、守部」
吐き出された声は、甘い香水のかおり。
「次は夕星律……先輩か?」
マゼンダの瞳が軽く見開かれた。
やはりあざと可愛い。宝石のような瞳が瞬く。
「それから?」
オレは何も考えずに、暮小路、そして宵坂の名を挙げた。
イベントスチルの枚数の少ない順。
アドバイザーは、宵坂ルートではないと言ったが——
「ふーん。成程ね」
彼女は怪しく微笑んだ。
オレの机にポンと座るから、視界には太ももが見える。
綺羅星はスカートを軽く押さえて、オレの額を指ではじいた。
「男たちの反応が、やけに鈍いわね。なら、月詠ちゃんを連れ出して直接ぶつける……」
「はぁ? おい、前と言ってることが……」
「だって、それしかないでしょう?」
オレの嫌な予感を嘲笑うように、キラはあざとい少女の仮面を張り直した。
そして、ぱっと花が咲くような笑顔で、教室の後ろにいる月詠へと声をかける。
「月詠っ。クリスマスの飾りつけは中止。守部が連れていきたい場所があるって!」
綺羅星とかいう魔女に、アドバイザーに、オレは頭を抱えた。
そして何の迷いもなく、オレは彼女に言う通りに行動してしまう。




