第40話 ヒーローたちの好感度チェック。
クリスマスが刻一刻と近づいてきた。
皇華高等学院の寒さが深まる十二月のある午後。
白く凍てる空気の中、オレは冬の行事撮影の打ち合わせという名目を携え、足を進めた。
向かうべきは、上級生であり高い階級にある攻略対象たちのもとだ。
公式記録係とはいえ、彼らを呼び出すなど不遜の極み。
ならば、こちらから出向くのが筋というものだろう。
オレの目的はただひとつ。
アドバイザー・綺羅星キラの、キラ様の言う通りに動くこと。
彼女の冷徹な観察眼に基づく戦略に従う。
国の頂点を背負う暁か、不安を取り払えるツワモノである剛か。
竹取月詠をどちらかへ導くための、クリスマスの予定と好感度のチェックだった。
「……いや、なんでオレ?」
バッドエンド――『魔界の王子』の襲来。
大切な月詠を、世界を守るため。
何より、オレの安らかな学生生活の為。
「くっついてしまえば、オレは自由だ。だって、イベントスチルは結婚式の写真までしかないから」
竹取月詠はヒーローと学生結婚する。
であれば、早い方がいい。
終わってしまえば、モブだが学生生活を満喫できる。
卒業後も心配ない。ここには次代を担う学生たちが集っている。
オレの未来の為に、攻略対象たちの恋愛進捗を確認する。
――まずは、王家の血筋であり、テニス部に所属する東雲暁だ。
コートの脇でラケットを片手に汗を拭う暁は、いつものように一寸の乱れもない完璧な王子の笑顔をまとっていた。
オレはメモ帳を抱え、撮影の打ち合わせを装いながら声をかけた。
「おや。守部じゃないか」
「クリスマス撮影の具体的な準備でさ、一応聞いておきたいんだけど」
「ふむ。クリスマスか」
「その、月詠の――」
単刀直入にズバッと聞く。
「……はぁ」
だが、唐突で重苦しい溜息によって、容赦なく遮られた。
暁の瞳がテニスコートを越えて、学校の外に向かった。
「……クリスマスといえば、いつもは大規模な宮廷パーティーの予定が詰まっているよ。僕はそこで王家の顔として、多くの貴族たちと微笑みを交わす役割を演じなければならない」
「そ、そうなんだ……。王族も大変だ。で、月——」
寒風にそよぐ暁の金髪。
冬の薄日に透けて儚げな陰影を描く。
落ちる影はどこか寂しげで、王冠の重みを物語るかのようだった。
「月……そう。あの満月の日もそうだった。儀式から始まる儀式の数々。ただの家族で静かに過ごした記憶というのは、ほとんどないんだ」
寂しそうに微笑む王子様。
王家の孤独をサラリと言われて、オレは思わず顔を引き攣らせた。
(……いや、重いって! 王道攻略キャラの重い過去とか、暗い家庭環境とかっ! 全然、要らないからっ! )
困惑のあまり、視線を泳がせた。
「他にもあった。あれは入学前のある夜。父上と母上は——」
(語りだしたー。これ、どうすんの? なんで、オレに言うの? 月詠に言え? 王子様も辛いんだね、キュンってなるって!)
「そう。僕の役目は座っているだけ……。そういえば在校生の挨拶を撮ってもらったね。あれも——」
(い、や。まだ続いてるし。ただのモブのオレに言っても、一ミリも報われないって!)
オレは、引き攣った頬の筋肉をなんとかごまかす。
少し上体を反らせて引き気味になりながら、必死に会話の軌道修正を試みた。
「あー、撮った撮った。流石王子様って感じで、キラキラしてたぞ。えっと……その、だから月詠との――」
「感謝しているよ。母上は国政で忙しく、父上は何をお考えなのか……」
「そか。それは大変だな。で、クリスマスの——」
「帝国もまた、貴族派閥と王家の間で常に一枚岩ではない。綱引きの状態にあることは、守部もなんとなく分かっているだろう?」
オレの声が小さいとか、オレの話を聞いていないとか……じゃなかった。
暁の頭の中にぎっしりと押し込められていたモノが、溢れているという感じ。
「 軍部と揉めているという噂も聞く。今年に限って、いや……まさか」
まさか……ってなんだよ。
じゃなくて、オレの話を聞けって——
一陣の風が吹き抜け、カサリと乾いた音を立てて葉が舞い散る。
それは静かな旋律のように、時代の不穏な足音を奏でているようだった。
「……だからこそ、父上は幼い頃の僕に、『常に完璧な後継者であれ』と厳しく言い聞かせてきたんだ」
誰かに話したくて、話したくて堪らない。
でも、誰にも——というか
「彼らにとって、僕のこの笑顔は王家の武器であり、僕を縛り付ける仮面でもあった。……本当は、ただ温かい部屋で、家族と穏やかに過ごせるようなクリスマスに、ずっと憧れていたよ……」
オレは引き攣った愛想笑いを張り付けた。
そのまま、こめかみを指先でぽりっと掻きむしった。
(オレの話を聞いてない! 利く余地もないほど、内容が穏やかじゃない! なんで乙女ゲームのクリスマス前の会話で、帝国の軍事的危機の話が出てくんだよ!)
口を挟む隙など一切与えず、暁は遠く凍てつく空を見つめたまま。
ひとりで、延々と話し、独白を完結させてしまった。
暁は完璧な王子の仮面を再びまとって歩き出した。
そして、立ち去る直前、ふと振り返る。
驚くほど温かで、けれど少しだけ気恥ずかしそうな瞳でオレを呼び止めた。
「守部。僕はそろそろ帰るよ。……僕の独白を聞いてくれてありがとう。少しだけ……僕も楽になれた気がするよ」
「……え? あ、ああ、いや、オレの……話……」
「勿論。君が困っているなら、いつだって協力する。それじゃ」
王子様は黄金の風を受けて、颯爽と立ち去った。
ヒロインの好感度チェックが、何故か王子の心境のカウンセリングになった。
オレは呆然と立ち尽くした。
「王子……、オレ。今……困ってます」
◇
次に向かったのは、剣道部だった。
道場の中からは、気迫のこもった稽古の声と竹刀の交わる乾いた音が響いている。
稽古を終え、汗を拭いながら出てきた真昼剛を見つけ、オレは声をかけた。
今度こそ何が何でも月詠との予定と進展を絶対に聞き出す。
「真昼先輩」
「おお、守部か」
オレは頬を叩いて気合いを入れ直し、口を開いた。
「クリスマス撮影のことで来た」
「……クリスマスか。俺は毎年、その日の朝は——」
「ちょっとその前に!月詠の――」
「家族の墓前に、父さんが好きな酒を供えてるよ」
「え?」
道場の軒下から滴り落ちる融雪の水滴が、地面に小さく波紋を広げる。
その静かな落音は、途切れてしまった過去の時間を悼むかのように響いた。
お墓……だと?!
「母さんを守れなかった、あの理不尽なあの日以来な。家族で集まるっていうのが、俺の家ではなんか……気まずい空気になってさ。だけど俺は、そういう時ことと考えてんだよ」
圧倒的なプレッシャー。
その覇気の中で、オレは息をするの叶わなかった。
「クリスマスは、毎年その夜は、一人で墓前で鍛錬をしてる」
またしても口を挟む間もない、激重な家族の死生観パターンの独白。
顔を引き攣らせ、思わず後ずさりしながら自分の首筋をさすった。
「こんなに強くなったぞってな。産んでくれて、ありがとうってな。 守部も家族は大事にしろよ」
「はい。それは……」
(……じゃねぇ! オレは転生して来たんだっつーの! なんでどいつもこいつも、オレが『月詠』って名前を出そうとした瞬間に、自分の家の最も暗いトラウマを高速詠唱し始めるんだよ!)
動揺を隠すようにメモ帳の角をカリカリと親指で引っかく。
しょうもない内容なら、激しいツッコミを入れるところだが、二人とも内容が洒落になっていない。
だが、このままでは収穫ゼロだ。
オレは気を溜めて、空気を読まずに踏み込んだ。
「真昼家のこと。大変っすね。いや、だから今年こそ。もっと安心をさせる為に月……」
なんとか月詠の名前をねじ込もうとするオレ。
「月……か。あの日もそうだった。でも、今年は。俺は軍部の動きも個人的に気になっててな」
剛は完全に無視し、剛は精悍な顔に沈痛な影を落とした。
オレの発した「月」に反応して、低い声で言葉を続けた。
「三百年に一度。だからか。最近、国境付近の魔獣偵察が増えているという報告が上がってる。だが、俺は怪しいと思ってんだ。……もう少し、軍部内部の動きを探るつもりだが」
張り詰めた冬の空気に、重厚な沈黙が落ちる。
刀の鞘を払う寸前の静寂のように、潜む危機がじわりと皮膚を刺した。
「本当にただの通常偵察なのか、それとも……あの日と同じような、大人たちの陰謀の気配が裏で蠢いているのか。王族の許可を得ている動きなのか……。それとも……。今年に限って……まさか」
(待て待て待て待て! 『今年に限って、まさか』が二回続いたら、もうまさかではないんよ! 月下の約束の世界観って、こんな物騒だったの?!)
あまりの衝撃に、オレは片手で額を押さえて天を仰いだ。
「そうだ、守部。もしも困っていることがあったら、いつでも俺に言え。てめぇのことは気に入ってるからな、守ってやる」
「あ……あざすっ」
オレは終始ドン引きしていた。
転生ゲーマーとして……いや、一人の男として。
常に誰かを守ろうとする、彼の男気に胸が震えた……多分。
「守部。くだらない墓参りの愚痴を聞かせてしまったな。……話を聞いてくれてありがとう。お前に話したおかげで、少しだけ……肩の力が楽になれた気がするぜ。じゃあな」
「お疲れ様ですっ!」
(だからお前ら、なんでオレに心を許すんだよ! それと勝手に楽になるな! 頼むから月詠の前でその隙を見せて、恋愛のフラグを立ててくれ!!)
だが、間違いない。
さっき暁が口にした『軍部と揉めている』という噂。
と、今の剛の『王族の許可を得ている動きなのか』という疑惑。
年明けに迫る『魔界の王子』襲来の予兆が、現実の軍事・政治の不穏な動きとして動き始めている。
――それと同時に、激しい胃痛と理不尽さがオレを全力で襲う。
オレは胃のあたりを軽く手で押さえた。
一人残された道場の裏手で、オレは寒空の下、頭を抱えて屈み込んだ。
「……ってか、好感度! ぜんっぜん分からないんだけど?!」




