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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第3話 ヒロイン、竹取月詠と同じ教室

 入学式が終わって数時間後。


「守部君。こっちだ」


 先ほどのモブ教官。

 名前は磯野というらしい。

 聞いたことがないが、ゲームの中では先生Cとかその辺りだろう。


「なんか変な臭いする」


 オレは一人、部室に連れていかれた。

 入学式が行われた体育館を出て、東へ。

 東棟3階にある部室は、古い洋館らしい落ち着いた空間だった。

 年季の入った木の床が足元で小さく軋み、高い窓からは柔らかな午後の光が差し込んでいる。


 現像液特有の匂いさえなければ、レトロモダンな資料室風の部屋に感激しただろう。

 壁一面に歴代部員が撮影した白黒写真が飾られ、棚には様々な魔導レンズや感光板が所狭しと並んでいる。


「ここが写真部だ」

「……写真部って……他にも部員がいるんですか?」


 すると磯野は眼鏡を押し上げながら、呆れたようにため息をついた。


「何を言っている。守部カメラを使えるのは守部家だけだろう」

「……え、そうなんだ」


 箱にも、カメラ本体にも、守部印が入っている。

 守部カメラだから、守部家しか使えない。


 だとしても、だった。

 もう一度部室を見まわす。

 高い窓から差し込む柔らかな光に反射する、壁一面に飾られた歴代の白黒写真。

 様々な魔導レンズや感光板が整然と並ぶ、頑強な棚。

 古い三脚や現像器具も、ところどころに置かれている。


「歴代守部家ってこと? もしかして結構大きい家なのかも……」


 モブだからって、家柄が悪いとは限らない。

 実際、ゲームは学園生活が舞台なのだし。

 では、この磯野という教員も偉い人かもしれない。


 彼は奥の暗室の扉を開け、軽く顎で示した。


「一応、中も見ておけ。現像機材も揃っている」


 偉い人な気がする。

 オレは言われるままに暗室を覗き込んだ。


 その瞬間——

 

 視界が暗くなる。そして、 頭に鋭い痛みが走った。


 世界が闇に包まれる光景が、フラッシュバックのように脳裏によみがえる。


 赤黒く染まった月、空を覆う黒い炎、崩れゆく街並み……


「うっ……」


 立ち眩みがして、数歩後退りした。

 オレは壁に手をつき、頭を抱えながら呟いた。


「……常闇……朔」


 頭痛が収まらない。

 よろよろと近くの椅子にもたれかかる。


「現像は出来そうか?」


 心配そうな中年の男の顔が迫った。

 現像なんてやったことない。


 だが、オレの顎は縦に動いていた。


 だって、頭に思い浮かぶのだ。


「多分……出来ます。そんなことより」


 この守部弥彦という男の記憶の断片が、出来ると言っている。

 だが、オレは直ぐにそのイメージを霧散させた。


 常闇朔、とこやみさくという男を思いだす為に。

 そして、入学式の光景を思い出していた。


 真っ白な肌、墨色の長い髪、夜より暗い黒い瞳。

 あの青年の姿は、歴史ある学校の入学式の、どこにもなかった。


「……じゃなくて、二年の時に入学するんだったっけ」


 熱はないのに、嫌な汗が背中を伝う。

 粘つく、冷たい汗。


「なんで魔界の王子が転入してくるんだよ。そもそも、なんでアイツと月詠は……」


 再び頭痛が襲ってきた。

 今度は、空が暗く染まり、世界が闇に飲み込まれていく光景が、より鮮明に蘇る。

 オレは奥歯を噛み締めた。


「……ゲーム内転生。オレがなんでモブか。カメラマンかは後だ」


 そのゲームの六人目のヒーローの名は、常闇朔(とこやみさく)

 異界の王子。異界が何で突然、なんてゲームの都合は知らない。


 でも、それはハッピーバッドエンド。


「常闇朔ルートは、世界滅亡ルートだ。折角、生まれ変わったんだ。——絶対に防がないと」


 コホン……


 磯野先生はそんなオレの様子など気にも留めず、淡々と続けた。

 次代の若者が、勤勉に学ぶ姿、青春を送る姿は、我が国の臣民に見せたいとかどうとか。


「——というわけだ。とにかく撮って撮って、とりまくってほしい」


 朔のこと、世界が闇に包まれるエンドを思いださなければ、ただのイベントスチルだろ、とツッコみたい話。

 だらだらと、彼は続けている。

 

「守部家のカメラだからこそできる仕事だ。では、私はこれで仕事があるので」


 学校内だけじゃなく、帝国にとっての広報活動。

 結構大層な仕事だった。


 その役割を細かく伝えて、磯野先生は部室を出ていった。

 そしてオレは一人、静かな写真部部室に取り残された。


「ゲームじゃん。マジでカメラ係に転生したのかよ」



 結局、オレはカメラを抱えたまま、説明会が行われる教室へと向かった。


 全体説明が行われる大きな教室に入った瞬間、オレは息を飲んだ。


 新入生たちがすでに大半集まっていた。


 視線を巡らせると——


 いる。


 金髪が輝く長身の東雲暁が、前の方の席で優雅に座っている。


 いる。


 緋色の短髪を逆立てた真昼剛が、大きな声で誰かと話している。


 いる。


 ラベンダー色の髪を優雅に流した夕星律が、窓際で静かに本を読んでいる。


 いる。


 エメラルドグリーンの髪の暮小路慧が、細めた目で周囲を観察している。


 いる。


 群青の髪を無造作に流した宵坂千秋先生が、壇上の端で他の先生たちと話をしている。


 ……いる、いる、いる、いる、いる。


 五人全員が、ここにいる。


 『月下の約束』のヒーローたちが、ちゃんとこの世界に存在している。


 でも——


 やっぱりアイツだけいない。

 墨色の髪、夜より暗い黒瞳、真っ白な肌の青年。

 常闇朔の姿は、どこにも見当たらなかった。


 オレは後方の席に腰を下ろし、カメラの革ケースを強く握りしめた。

 頭の奥で、再び鈍い痛みが響く。


 説明会は学院生活のルールや授業の概要、部活動について淡々と進められていったが、オレの耳にはほとんど入ってこなかった。


 その説明の最後の方。


 説明会が終盤に差し掛かった頃、担任の先生がクラス分けの発表を始めた。


「それではクラスを発表します。A組……」


 オレはぼんやりと聞いていたが、自分の名前が呼ばれると耳を澄ませた。


「竹取月詠、A組。綺羅星キラ、A組……」


 勿論、知っている。

 綺羅星(きらぼし)のことは勿論知っている。


 だが、最後に添えられた名前に、オレは耳を疑った。


「——守部弥彦、A組」


 ……は?


 月詠とキラが同じクラスなのは知っていたが、そこにオレも入っていた。


「各自、案内に従って移動したまえ。以上」


 発表は流れるように終わった。

 多くはないが少なくもない生徒たちが移動を始める。


 そしてA組の教室、生徒たちがざわつき始めた。


 その一人。

 月詠が少し緊張した面持ちで、隣の席に座った少女に声をかける。

 サファイアブルーの長い髪が、肩の動きに合わせてさらりと流れ、金色の瞳が柔らかく細められた。


「あの……竹取月詠です。よろしくお願いしますね」


 その瞬間、ファインダー越しに見たいと思うほど、清楚で可憐な光景だった。

 撮るべき瞬間かもしれなかったが、オレは撮らなかった。

 イベントスチルにないことを知っていたからだ。


 そんな裏話を孕んだオレのことなど、視界に捉えず、月詠は続ける。


「同じクラスになれて嬉しいです……ふふ、ちょっと緊張しちゃいます」


 彼女の声は柔らかくて、女の子らしい控えめな笑顔が印象的だった。


 その隣に座った小柄な少女


 ——綺羅星キラが、くるりと竹取月詠に向いた。


 ショッキングピンク寄りのゆるふわボブが、フワリと跳ねる。


「綺羅星キラです♪ 月詠さん、かわいいお名前! 一緒に頑張りましょうね~」


 ヒロイン主人公の近くにいる、少女と言えば。

 マゼンタ系の明るい瞳が好奇心で輝いた。


「月詠ちゃん。私、なんか楽しそうな予感がするの!」


 二人はまだ面識がないようで、自然に自己紹介を交わしている。

 オレは自分の席で固まっていた。


(っていうか、今更だけど。オレも月詠と同じクラス。ヒロインと同じクラスなのかよ!?)


 勿論、席は随分と離れてるが。

 オレが目を剥いて驚いていると、月詠がこちらに気づいて小さく会釈してきた。


 桃色髪のキラも興味深げにオレを見て、にこりと笑う。

 オレは慌てて視線を逸らしながら、心の中で溜め息を吐いた。


(それは、そうか。主人公のイベントスチル担当カメラマンだぞ、オレ)



 こうしてオレの1人だけの写真部の、オレ1人だけの活動が幕を開けた。

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