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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第2話 モブはモブでも転生

 何故か、ゲームの中にいる。

 オレは、意味も分からぬまま学園へと足を運んだ。


 校門に金縁で描かれるのは「皇華高等学院」という文字。


 門を跨いで、その奥。

 入学式の会場でさらに深い混乱に包まれていた。


「また学校に通うことになるとは……」


 高等学院の本館に隣接する式典会場は、大正モダン様式の美しい体育館だった。

 高い天井に吊るされたシャンデリアが柔らかな光を落とし、壁面には繊細なステンドグラスがはめ込まれている。


「しかも乙女ゲーの」


 床には一つ一つが年季の入った重厚な木製の椅子が整然と並び、座るたびに微かな木の香りが漂う。

 貴族や華族の保護者たちが後方の席に着き、厳かな視線を新入生たちに向けていた。


「華やかな世界の……」


 ここは、ただの学校ではない。

 帝国の未来を担う勝ち組の次代が集う、格式と才能が共存する学び舎だ。

 その空気は重く、華やかで、どこか息苦しい。


「モブ生徒って」


 オレは後方の席に座り、周囲をそっと見回した。

 金髪が輝く長身の青年、燃えるような緋色の短髪の男、ラベンダー色の髪を優雅に流した細身の青年……。


 そして、中央付近に座る、サファイアブルーの長いストレートヘアの少女。


 ——月詠(つくよ)


 彼女の金色の瞳が、式典の光を優しく受け止めていた。

 リボンがわずかに曲がっているのが、なんだか愛おしく見えてしまう。


(ゲームの主人公じゃん。……実物、すごいな)


 頭の中で二次元で見たゲーム、『月下の約束』の記憶が、次々とフラッシュする。 

 オレの脳裏に浮かぶのは、いわゆるイベントスチルたち。

 ヒロインの月詠と、()周分のヒーローたちの写真だった。


「新入生諸君、ようこそ皇華高等学院へ」


 壇上の校長の声が響く中、オレはただぼんやりと眺めていた。

 その式の途中、モブ感たっぷりの先生が近づいてきた。


「守部くん」

「……」

「モリベくん?」


 その男は間違いなくオレに向かって、小声で言った。

 モリベ、それがオレの名前か。

 もしくは、モブと言ったのかもしれないが——


 そんな自虐に肩をすくめた時、オレの席の隣に何かの箱が置かれた。

 こんな場面は知らない。まぁ、モブなんだからゲームには出ない。


 だが、パチンと厳重なロックが外れた時、オレの視界は間違いなく捉えていた。


 『守部魔法具』


 もりべまほうぐ、と。

 もりべはオレだろうから、オレ専用の魔法具が存在していたのだ。


「は、はい。オレが守部です!」


 心臓が強く打ち、オレのテンションが上がる。

『月下の約束 ~煌めく六つの星と、失われた月の姫~』に、守部という名のキャラはいないと誰が決めた。


「分かっている。守部弥彦(もりべやひこ)君だろう」

「やひこ……。なんだろう。思ってたのと。いやいや。そうです。オレが弥彦です」


 もしかしたら、隠しキャラがいたかもしれない。

 守部弥彦という、見た目がモブのレギュラーが—— 


 と、思ったオレが馬鹿だった。


 そして、オレはまんまと目を剥いた。


「カメラを早くとってくれたまえ。君のお父様から預かっていたんだ。忘れないように、と。新入生の記念撮影を頼んだよ」

「へ?」

「守部家にしか扱えない……。分かっているだろう?」


 そう言って、押し付けられた革ケース。

 既に開いていて、中には立派なカメラが入っていた。


 守部の刻印入りの封印が剥がれる。


 心臓が再び跳ねた。そして引き寄せられた。

 手に取った瞬間、指が自然に動く。

 まるで、カメラから吸い付いてくるようだった。


 まるで何百回も触れてきたかのようだった。


「オレ……専用?」

「頼んだよ」

 

 男が去り、式が中盤に差し掛かる。

 新入生たちの数人が移動し始める。

 移動しているのは、この国の未来を担う若者たち。


 色とりどりの髪色の、イケメンたち。


 一方のオレは、寮の鏡で見た通り、茶色がかった地味な髪をした、至って普通の少年だ。

 カラフルな世界の中で、ただひとり現実の色をした男。


「……オレ、ここにいる意味って」


 思わず声が零れた。

 どうせ、あの日死んだ身だ。

 生きているだけで儲けもの、だとしても


 脳内フォルダから、ヒロインと六人分のイベント写真が零れ落ちる。

 脳内サムネが爪を研ぐ。


「恋愛ゲー、乙女ゲーのイベントスチル……って、さ」


 そもそも、誰が撮ってるんだろう、と思った瞬間


 ギラリと、カメラのレンズが輝いた気がした。

 背筋がぞくりと冷えた。


「オレ……? いや、待って待って!」


 全員が美男子に衆目している中で一人。

 オレは、慌てて周囲を確認した。


 やっぱり、誰もオレを見ていない。

 やっぱり、モブはモブなのだろう。


 だがしかし——


「ゲーム内……転生? 月下の約束のイベントスチルのカメラマン転生って聞いてない !」

「きゃっ……」


 オレは跳ねるように立ち上がった。

 すると体に柔らかい衝撃が走った。

 誰かと軽くぶつかったらしい。


「あ、ゴメ……」


 息を呑んだ。

 目の前にいたのは、あのサファイアブルーの髪の少女だった。


 即ち、ゲームヒロイン。

 月詠は少し驚いた顔で俺を見上げ、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「私こそ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


 その笑顔は、ゲームのCGなどよりずっと優しくて、温かい。


(かわ……いい。再現度、高ぇぇ)


 俺は内心で素直にそう思いながら、慌てて頭を下げた。


「い、いえ。突然立ち上がって……こちらこそすみません」


 そして、その場を離れようとした俺に、背後から明るく通る声がかかった。


「魔導カメラ。君が守部家の……。新入生の入学式の記念に一枚、頼むよ」


 振り返ると、金髪の王子様系


 ——東雲暁が、完璧な笑顔で立っていた。


 式のクライマックスで、東雲暁が新入生代表として壇上に上がる予定らしい。


「あ、でも。既に脳内……」

「脳内イメージはバッチリか。流石、守部家だね」

「へ?」


 彼は金髪を優雅に揺らし、そのまま立ち去った。

 あの完璧な笑顔で皆を見渡す彼の写真を、オレは知っている。


「新入生の皆様、保護者の皆様。本日は晴れて皇華高等学院への入学をお慶び申し上げます。私は在校生代表を務めます、東雲暁と申します」


 東雲の姿勢は美しく、声は朗々と体育館に響く。

 そして、オレは理解した。


「この学び舎は、帝国の未来を照らす光の場であります。互いに切磋琢磨し、知を深め、絆を紡ぎ、いつかこの国をより輝かしいものとするために——我々はここに集いました」


 脳内フォルダにある映像を、オレが撮る。

 守部弥彦になったんだから、それがオレの役目であると。


「——どうか、素晴らしい学生生活を共に過ごしましょう」


 帝国の王子様といえば、彼のことを指す。

 そして王子様に向けて、拍手が沸き起こる。


「これはこれでチャンスかも」


 俺は自分が知っている構図になるように移動した。

 ファインダー越しに見る東雲暁は、本物のゲームキャラクターのように輝いていた。

 カメラを構えて、彼の姿を一枚撮った。


 シャッターを切った瞬間、胸の奥で何かが小さく音を立てた。


(……最初の一枚)


 俺は小さく溜め息を吐いた。


 これが、俺がこの世界に転生して撮る、最初の写真になった。

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