第28話 月と学苑祭・2
月詠は深々と頭を下げて、王族・東雲暁の特設サロンを後にした。
オレはさっきのショットを頭に焼き付け、脳も焼けこげで、ふらふらとしていた。
「暁先輩……凄かったね」
「す……凄かった……な」
ぼーっとする。でも、これで終わり。
綺羅星の機転により、錦秋の遊山の分岐ミスを取り戻した。
あんなお似合いの二人を見せられたら、魅せられたら。
流石に、もう一つの心も萎びてしまう。
あとは現像して、寝たら終わり——
「そ……それじゃオレはこの辺で」
「も……守部くん」
視線が歪んだ。
直後、満月のような黄金の瞳が傍にあった。
柔らかな感覚が、腕を包む。
「へ……」
「大丈夫? 倒れそうだったよ。さっき、あんな恰好で写真を撮ったからだよ」
心臓が跳ねる。
彼らヒーローのように月詠は身をもって支えていた。
倒れかけたオレは飛び退いて、愛想笑いを浮かべた。
「だ、大丈夫。ちょっと捻っただけ……で」
——その時だった。
「――た、大変だ! 誰か! 誰か手が空いてるやつはいねえか!!」
廊下の向こうから、大きな声が聞こえた。
舞台衣装のまま、顔面蒼白になった演劇部の部員たちが、大慌てで駆け出してきたのだ。
(な……なんだ?)
そしてオレの視線の先。
廊下の窓際で、学苑祭の喧騒から逃れるように一人いた。
腕を組んでつまらなそうに外を眺めている人物がいた。
「誰か、いないか……って」
「あ、あそこ!」
宮廷魔術師のサラブレッド、夕星律が面倒くさそうに立っていた。
(うそ……だろ)
彼は特定の部活動に所属していない。
だからあそこで、学苑祭の中で誰よりも暇そうにしていたのだ。
「ゆ……夕星先輩! お願いします、うちの舞台の助っ人に入ってください! 相手役の男子が、さっき階段で足を踏み外して怪我しちゃって……!」
「……は? 嫌だよ。なんで僕がそんな面倒なことを。人が大勢いる舞台の上なんて、考えただけで虫唾が走る」
部活動なんて興味がない。
だから律は、部員たちの必死の懇願を冷徹な一言で瞬殺した。
「どうしたのかな? 律先輩」
「え……と。た、大変そうだな。ってことでオレは」
オレは回れ右をしようとした。
——だが
それは起きる。
面倒くさそうにラベンダー色の髪をかき上げた彼。
薄紫の瞳が、ふと、廊下を通りかかった月詠とオレの姿を捉えた。
その瞬間、律先輩の口角が、どこか悪戯っぽく、そして妖しく吊り上がった。
「ね……僕一人を巻き込むなんて不公平だろ。ほら、そこを歩いてる彼女。竹取月詠も、見るからに暇そうじゃない?」
「えっ!? あ、私ですか……!?」
いきなり指を差され、月詠がきょとんと目を丸くする。
すると、それを聞いた演劇部員たちの目が、まるで救世主を見つけたかのようにギラリと輝いた。
「た、竹取さんか! そうだ、頼むよ! 実は、相手役の男子だけじゃなくて、ヒロイン役の女子まで急な発熱で倒れちゃって、もう劇が崩壊寸前なんだ! お願い、夕星先輩と一緒に舞台に立ってくれ!」
「えええっ!? わ、わたしがヒロイン役!? で、でも、私、お芝居なんて全然やったことないし、台本も読んでないし……」
「台本なんて無視していい! 枠組みだけ合ってれば、あとは全部アドリブで構わないから!」
そんな強引すぎる無茶振りに、人が良すぎる天然ヒロインが断れるはずもない。
律はやれやれと肩をすくめた。
「彼女が出るなら、まあ暇つぶしくらいにはなってやるよ」
そして傲慢に微笑み、二人はそのまま演劇部の楽屋へと連行されていった。
(なんで起きるんだよ。これじゃあ……)
◇
そして――
メインホールの舞台、本番。
演目は『星と魔法の夜想曲』。
魔王の呪いに囚われた姫と、彼女を救いに来た異端の魔法使いの物語だ。
「あ、あの……わたくしは、呪いにより、この塔から出られぬ運命……でして……っ」
急造カップル、しかも事前のリハーサルゼロの完全なぶっつけ本番。
急遽仕立てられた白とシルバーの美しいドレスをまとった月詠が舞台に立っているが、その表情は緊張で完全にガチガチに固まっていた。
棒読みかつ、あわや台詞が飛びそうになって冷や汗を流す月詠。
客席に少しずつ不安なざわめきが広がり始めた、――だが、その瞬間だった。
「こういうガラじゃないけど……ね」
黒いマントと仮面をまとった律が、舞台の上へとゆっくり歩み出た。
台本にあるはずの決まり文句の台詞など一切無視して、長い指先をすっと持ち上げ、パチンと小さく指を鳴らした。
――フォォォォォンッ!
舞台上の照明が一瞬で消えた。
代わりに律の魔力によって生み出された、無数の金色の光の粒子が舞う。
オオオオオオオオオォォォ!
歓声が上がった。
夜空の星雲のように舞台全体を幻想的に照らし出したのだ。
演劇部の舞台装置よりも、圧倒的なリアルの魔術演出だった。
「あ……っ!」
「……怯える必要なんてないさ、僕の可愛いお姫様」
律は、驚いて息を呑む月詠の目の前まで歩み寄る。
勿論、そんなセリフは、台本には絶対に存在しない。
(ってか、魔王はどこ行ったし)
彼は月詠の華奢な腰に腕を回してぐいっと自分の方へ引き寄せる。
お姫様役の姫、月詠の白いドレスの背中を支え、まるでダンスを踊るように傾かせた。
「り、律先輩……っ!? あの、台本にこんな……っ!」
「こういう台本だよ? さっき、裏で。僕は魔王を倒したからね」
律は仮面の奥の薄紫の瞳を細め——
(舞台裏で倒してきたのかよ! 無茶苦茶する……でも)
その仮面をパンと弾いた。
「僕がここに来たのは、この忌々しい塔の呪いから君を解放するためじゃない」
台本も、客の存在も完全に無視した動き。
月詠の顔だけを至近距離で見つめ、低く、甘く囁いた。
「他のつまらない男どもの目に触れないように……君を僕だけの魔法の結界の奥深くに、永遠に閉じ込めてしまいたいんだ」
「えっ!?」
キャァァアアアアアア!
ヌォォォォオオオオオ!
台本は崩壊したが客は大盛り上がりだった。
英雄の救出劇が、ただの『独占欲全開の愛の告白』へと完全にすり替わった。
「その……私は」
「何も言わなくていい。君は僕だけの姫だからね」
あまりの距離の近さ。
普段のクールな彼からは想像もつかない妖艶で熱いアドリブの囁き。
月詠の顔が、一瞬で林檎のように真っ赤に燃え上がる。
――ここだ
舞台の最前列。
オレは、カメラマン専用のプレスエリアで構えていた。
男としての猛烈な嫉妬で視界が真っ赤に染まるのを、死に物狂いで理性でねじ伏せる。
(くそっ! なんで、二人目が起きる……。いや……大丈夫だ。でも、いきなり抱き寄せるとかっ! どこを触ってんだよっ!!)
本音の恋心が大暴れする。
だが、観測者としてのオレの本能が、この神懸かり的なメロイベントスチルを絶対に逃すなと命令を下す。
――カシャッ
閃光が奔る。
魔法の星屑が舞い散る舞台の上。
黒衣の魔術師が白雪のドレスの姫君を強引に抱き寄せた、王道の一枚だった。
「月詠。守るのは僕だよ。……忘れないで」
「……はい」




