第27話 月と学苑祭・1
十一月
秋が深まり、木々の紅葉が一番の輝きを放つ頃。
皇華高等学院は、一年で最も華やかで熱狂的な行事を迎える。
『学苑祭 ~月と仮面の交流会~』の日がやってきた。
午後、中庭の庭園を優しい黄金色の陽光が染める。
オレはとある理由で、ヒロイン竹取月詠と並んで歩いていた。
学苑公認の公式記録係として、彼女が学苑祭を巡る様子をファインダーに収める。
メインキャラクターたちとの恋愛イベントを記録し続ける。
「わぁぁ。なんだか、凄いね。守部くん!」
「う……うん」
無邪気にはしゃぐ彼女は、やっぱり愛らしい。
物凄く、良い匂い。そして、内なる魅力という魔力だ。
主人公補正と分かっているけれど。
「守部くんは何でも知ってるね。最初に見た方がいいところとか」
……ただ、今日は訳あってストーカーをしていない。
オレに与えられた『表向きの任務』とは別。
世界滅亡という納期をクリアするための命を繋ぐ道だった。
「――ようこそ! 運命の恋占いサロンへ!」
「あれ……この声……。守部くん?」
「違っ……。違うっていうか、ほら。綺羅星の店。良く出来ててさ」
訪れたのは、綺羅星キラが仕切る、クラスの占いサロンブースだった。
ピンクの髪をあざとくまとめ、神秘的なレースのベールを纏った、本格的な衣装のキラ。
貴族ならではの素材の良さを生かした、アラベスク模様のカーテンも、なかなかに不気味に仕上がっている。
「うーん。そう言われてみれば……」
これは、十月の停滞に溜め息を吐いた綺羅星の作戦である。
そんな策士が、月詠の両手を取って意味ありげに微笑む。
「月詠じゃん! 月詠だから、無料で特別に占ってあげるね」
「え。駄目だよ。ちゃんとお金を」
「……そんなこと言わないでよ。頑張り過ぎちゃって、不気味で誰も入ってくれないの。一人入ったら違うと思うの」
うまい! とオレは思った。
流石はアドバイザーだ。
月詠は呆れつつも中に入っていく。
権限により、オレも中に入る。
そして、遮音性の高いカーテンの中で呟かれたのは
「月詠。あなたの運命の相手を占ってみたら……ふふっ、やっぱり第一王子の東雲先輩ね。圧倒的な光と権力で、あなたをどんな危険からも守ってくれる。ちーなーみーにー。あたしは絶対に、暁くん推しなんだから!」
——ワースト1の男の名前だった。
オレは眼を剥く。
二つの心があったから。
何言ってんだよと、——あの不良教師よりは
「ええっ!? あ、暁先輩が私の……? キラちゃん、そんなわけないよ」
顔を真っ赤にして照れる月詠を、キラはマゼンタ色の瞳を細めて、にやけている。
——カシャ
「ちょ、守部」
「も、守部くん?!」
実は、ちゃんとイベントスチルだった。
写真でしかないから、何を言ったかは分からないし、その時々でセリフが変わるだろうことを考えると、一枚しか記憶にないのも頷ける。
「これも活動の……」
キラはふと視線をこちらに向けた。
「ま、いいわ。で、スーパーストーカーカメラマンさんは、誰が一番お似合いだと思うわけ?」
マゼンダの瞳をうろんに向けて、オレを挑発してきた。
世界滅亡を回避するためには、確率が高い宵坂や暮小路へと誘導したい。
でも、もう一つの心は言っている。
一番難しそうなヒーローにしとけって。
そうすれば、もしかしたら——
◇
桃色ボブの少女が手を振る。
「月詠、ありがと。お陰でこんな行列っ」
「うん。が……がんばってね」
そして、本当の戦いが始まる。
「暁……先輩……」
オレが息を呑む中、彼女は言われたばかりの名前を口にした。
そして、言われたばかりの男がいる場所に踏み入れた。
東雲暁先輩が主催する特設サロン『王族のティーパーティー』だ。
「――ようこそ、我が姫君。さあ、今日は僕が君に一番似合う衣装を選ばせてもらうよ」
学苑の教室とは思えないほど格調高い、本物の宮廷のようなベルベットと白亜の空間が広がっていた。
(学園祭だよね?! この日の為に改造したのかよっ!)
綺羅星の占い師コーナーでも凄いと思ったが、やはり格が違う。
貴族のためのサロンで、お着替えサービスもあるらしい。
ハンガーラックには、目移りするほど無数のドレスや装飾品が並んでいた。
「あ、あの、暁先輩……! そんな、殿下に選んでいただくなんて、恐れ多いです。私はこのままでも」
「何を言っているんだい。君の美しさを引き立てる飾りがどれかを見極めるのは、僕にとって何よりの特権であり、喜びなんだよ」
暁は王者の名に恥じない眩しい微笑みを浮かべた。
彼は月詠の手を優雅に引いて、アンティーク調の巨大なアンティークミラーの前へと一緒に、優雅に歩く。
色とりどりの髪飾りを彼女の青い髪へそっと当てながら、鏡越しに月詠の瞳を優しく見つめる。
「――どうだい? 星をあしらったインディゴのコサージュ。鏡の中に映る君と僕、とてもよくお似合いだとは思わないかい?」
「は、はい……! とっても綺麗……です。とっても高そう……」
鏡の前で肩を並べ、鏡越しに見つめ合って微笑む王子と平民の少女。
鏡越し衣装合わせイベント。
(よし、仕事だ! 最高の一枚を記録してやる……って、待てよ!?)
カメラを構えかけたオレは、冷汗を噴き出して動きを止めた。
姿見越しに二人の姿を正面からファインダーに収めようとした。
だが、どうしたってカメラマンである『オレの姿』まで、鏡の中の背景に映り込んでしまう。
(これは芸術じゃない。こんな完璧で美しい二人きりの王族の世界観に、普通のモブの男が、カメラを持った変質者が映り込んだら、スチルが台無しになる……。でも……ん? いける……のか、オレ)
オレは、守部家に転生した男だ。
そして、オレが知っている写真に守部弥彦は映っていない。
ゲームなんだから——
ではなかったらしい。
「行くぞ。守部家秘伝・鏡面反射死角潜行の構え……」
格調高い、本物の宮廷を思わせる教室。
状況を瞬時に把握する。
カーテン……いける。
瞬発力で動いた。
ベルベットのカーテンの陰へ滑り込み、床の絨毯へと腹這いになる。
さらに、観葉植物の巨大な植木鉢の隙間へ自分の両脚をねじ込んだ。
まるで軟体動物か、エクソシストのような珍妙すぎる体勢で、首だけを限界まで上方向へ捻り上げる。
(いけた……。オレは映らない死角だ)
傍から見れば、妖怪か何かと見紛うほどの奇妙怪奇なポーズだ。
極限の物理的アングルこそが、鏡の反射の法則を完全に欺く場所、守部の洞察力が発揮された。
――カシャッ。
乾いた機械音がサロンに響く。
大きな鏡の中に、美しき王子の優雅なエスコートに頬を熱く染めるお姫様。
世界で一番可愛いお姫様の姿の、悪魔的で蠱惑的な一枚だった。
オレはここに来て、カメラの腕を上げていた。
守部の身体能力ではなくて、気持ちの、魂の話だった。
世界で一番かわいい少女と、彼女を守らんとするヒーローの仲睦まじい写真。
嫉妬の炎が燃える度に、強くなる念。
重い思いが篭った、執念の芸術作品になりつつあった。
だが、まだ終わらない。
(ここでまだ続く……のか)
衣装の選定が終わり、舞台はさらに本格的なステップへと進む。
「では、月詠さん。特別に用意したあの試着室で、このドレスに腕を通しておいで。……君の最高の姿を、僕に一番に見せてほしい」
「は、はいっ! 着替えてきます……!」
特製のベルベットカーテンで仕切られた試着室から、ゆっくりと月詠が出てきた。
その姿を見た瞬間、服の埃を払っていたオレは、息を呑んで完全に固まった。
彼女が身にまとうのは、鮮やかなサファイアブルーの髪と同じ色の衣装。
夜空の満天の星を閉じ込めたような深いインディゴブルーのドレスだった。
彼女の華奢な肩のラインが美しく強調され、本物の王女のような高貴な輝きを放っている。
「――素晴らしい。僕の想像をはるかに超える美しさだ」
暁は感嘆の吐息を漏らす。
月詠の目の前まで歩み寄り、その白い手を取って手の甲にそっと唇を落とすような仕草を見せた。
「その深い青は、君の美しい瞳の色を何よりも引き立てているね。……もう少し、近くで見せてくれるかい?」
暁は、月詠の華奢な肩にそっと白いレースのショールをかける。
彼女の髪の乱れを長い指先で優しく直した。
吐息が触れ合うほどの至近距離。
王者の甘い紅茶の香りに包まれ、月詠は恥ずかしそうに頬を染めながら、ふと視線をさまよわせ、オレの方へと振り返った。
「も、守部くん……。どう、ですか……? 私、こういう本格的なドレスは初めてで、なんだかすごく緊張して……」
その瞬間
オレの心臓が、鋭い刃物で深くえぐられたように疼いた。
可愛い。綺麗だ。息が止まるほど、世界中の誰よりも。
だけど、その特別な姿を見守り、隣で完璧な笑顔を向ける権利を持っているのは、この国の未来を背負う金髪の王子様だ。
彼とサファイアの瞳の姫。
誰がどう見ても、一冊の童話の表紙のように完璧すぎるふたり。
オレは歯を食いしばり、レンズのピントを鬼気迫る鋭さで合わせ直した。
――カシャッ
王子の優雅なショールのエスコートに、青いドレスの裾を揺らしてはにかむ、この世で最も美しいお姫様の絶品の一枚だった。
「東雲暁のイベントスチルが二枚……。これって」




