第21話 バトンの先に、消失バグ
予定通りの時間。予定通りのルートを進んできた。
機転を利かせて、たった一つのイベントで三人のガチ恋距離写真を撮った。
「律先輩。どうしちゃったのかな……」
夕星率はあんなものだ。
彼は不機嫌そうに写真に写る。
でも、彼だって徐々に変わっていく。
「ね。守部くん」
「え……オレ?」
竹取月詠の前でだけは、変わっていく。
月詠とのウェディングシーンでは、隠しきれなくなって皆の前で歪んではいるが、ちゃんと笑顔になる。
「守部くんしかいないでしょ」
「それはそう……だけど。 夕星先輩は誰かに見られてると、うまく言葉に出来ないんだよ」
黄金の瞳が剥かれる。
満月を思わせる瞳。満月より圧倒的に美しい。
彼女の瞳に嫉妬して、今日は満月も赤く染まったのだろう。
そして、雲に隠れてしまった。
「よく知ってるね。……やっぱり、お貴族様の繋がり?」
「そ……そんなとこだよ。ってか、次は——」
夕星律が抜けた先――暮小路慧エリアだ。
この森の最奥部には、最終走者である1年の暮小路慧が待っている。
誰よりもこの『四分割リレー作戦』に乗り気で、
スマートにエスコートする私の画を撮りなさい
とまで言っていたアイツのことだ。
絶対にいいポジションで待ち構えているに違いない。
「ね……なんか寒くない?」
「さっきまで、夕星先輩の魔法に守られてたからだろ」
そう確信して、オレは月詠を連れて歩いた。
さらに暗い森の奥へと足を踏み入れていった。
――だが、何かがおかしい。
「守部……くん。えっと……」
「だ、大丈夫だって。昨日はちゃんと打ち合わせをしたし」
進んでも、進んでも、誰もいない。
「……そもそも、企画は暮小路なんだし」
でも、先は深い暗闇が広がっているだけだった。
いるはずの暮小路の姿がない。
それどころか、お化け役として配置される筈の生徒すら、一人も見当たらない。
「も……もしかして、教頭先生の話……本当だったんじゃ」
「教頭先生……って、誰」
「誰って。『月影の祠』の昔話をさっき」
「え……磯野先生って教頭だったの?」
音が何もない。
二人の声だけが響く。
「呆れた……。カメラばっかり撮ってるからじゃないの?」
「カメラ撮るのが仕事だし。……あ、このカメラを預かってたん……だっけ」
虫の声さえない。
ただ不気味な風が、木々の葉をざわめかせる音だけ。
「……って、どうなってんだ?」
月夜の約束というゲームで、こんな展開あったっけ?
いや、そもそも。ゲームの世界って、どんな世界?
一つのイベントで三人のガチ恋距離写真を撮った——から?
いやいや、これは学校行事だ。
先には宰相の息子が待っている……って、アイツが最後がいいって決めたんだ。
だが、木々の擦れる音だけが、寂しく響いている。
暮小路慧など、存在していなかったかのように。
「く……暮小路くん、どこにいるのかな……? なんだか、とっても暗くて静か……」
月詠が不安そうに周囲を見回した。
「は、腹黒貴族設定だから、び、ビビらせようとしてるとかだって」
「腹黒……って、酷いこと言わないの!」
――その時だった。
ポツリ……
冷たいしずくが、オレの鼻先を叩いた。
次いで、ポツリ、ポツリと木々の天蓋をすり抜ける。
酷く寒い。氷のように冷たい雨粒が落ちてくる。
ゴロゴロゴロ……ッ、バラバラバラバラッ!!
「なっ!」
「雨だよ。ど、どうしよ……」
あっという間に、雨は激しい土砂降りへと変わった。
そして次の瞬間――オレたちの頭上の夜空で、本格的な雷鳴が轟いた。
――バリィィィィィッ!!
目を開けていられないほどの強烈な閃光だった。
空気が裂けるような轟音が森を揺らす雷光だった。
「きゃあぁぁっ!」
震える小さな手が、オレの制服の袖を強く引く。
月詠が、泣きつくようにオレの腕を掴んだ。
「守部くん……っ! 私、怖い……!」
心臓が跳ねた。
暗闇で見上げた月詠の金色の瞳、彼女と目が合った。
ただ、そこには、本物の恐怖と涙が浮かんでいた。
無理もない。こんな夜の森の奥で、落雷なんてシャレにならない大厄災だ。
(……土砂降りの雨? いったいどうなってんだよ! そもそもこの肝試しイベントに、雨なんて降る予定あったか!? 世界がおかしくなった?!)
森に入る時は恐怖した俺だったが、今回は違った。
雨に打たれながら、混乱で頭を抱えそうになった。
すると、震える月詠が、すがるような目でオレを見上げて聞いた。
「こ、これも……学苑の、お化け屋敷の演出……だよね……?」
その言葉に、オレはバッと顔を上げた。
咄嗟に月詠の細い腕をしっかりと掴み、力強く頷いて返す。
「あ、当たり前だろ! ぜんぶ演出に決まってる!」
真昼剛の時は突風が吹いたし、夕星律の時は凍える風が吹いた。
今回はきっとそれ以上の……
でも、おかしい。
起きるとしたら、暮小路慧が現れた後だ。
竹取の体が震えている。彼女はこんなにも雨に打たれている。
布地の向こうが透けてしまうかもしれない。今は暗くて見えないけど……
「あれ…… 確か……」
「守部くん?」
「……ちっ、そういうことかよ!」
悪口のような舌打ちと共に、オレの脳内である『記憶』が閃光のように蘇った。
「どしたの?」
思い出した!
頭の中の林間学校のイベントスチル一覧の中に、『雨に濡れて夏服が透けるヒロインのショット』が存在していた。
でも、今ではない。
もっと明るい場所で、こんな状況ではなくて
(しまった……。ゲーム内に、オレの記憶には存在していた……。でも、分かんないだろ。飯盒炊爨だし、川とかもあるし。ここまで連日のステータス調整やリレー作戦の仕切りで忙しすぎて)
雨が降ることは、バグではない。
じゃあ、なんでここに暮小路慧がいなかったのか?
オレは雨雲を睨みつけ、ゲーム脳で素早くロジックを組み立てた。
慧の好感度が足りなかったわけじゃない。
時間がズレてしまったのだ。
天候が急激に悪化したことによって、学苑側の行事予定が緊急変更されたのだ。
「竹取さん、こっちだ! オレにつかまってて!」
「えっ……っ!? 守部くん、道、分かるの……!?」
あのメガネは、この林間学校の実行委員長を兼任していた。
ならば、天候トラブルへの対応と、生徒の避難誘導を考える。
実は真面目な彼ならば、月詠には魔力持ちの貴族がいるからと、他生徒の対応するだろう。
「本来なら、別の場所で雨に打たれていた? 少なくとも二倍以上の時間がかかったし」
オレは月詠の手を強く握り直した。
命に係わるからと、土砂降りの中で躊躇うことなく走り出した。
「…………」
その後のオレは、口を噤んだ。
激しい雨と、轟く雷鳴。
足元すら見えない暗闇の森の中を、オレは月詠を連れて、ひたすらに進み続けた。
「守部……くん……?」
月詠の声。
不安で潰れそうになっていた。
そこで漸く、オレは前を向いたまま叫んだ。
「大丈夫だ! この先に祠がある」
「ほ……祠? やっぱり教頭先生の話は」
「いーや。生徒の休憩所になってる。明かりもある」
「え……?」
月詠がきょとんと聞き返す。
でも、オレは構わずに進んだ。
劈く落雷は、流石に洒落になっていない怖さだった。
暮小路慧消失、生徒消失。
でも……
「……うん、あった! あれだ! 祠だ!!」
雨を切り裂いたオレの視線の先は存在した。
古木の根元にひっそりと佇む、石造りの古い祠。
古びた屋根が、稲妻の光に照らされて白く浮かび上がっていた。
「でも……」
「良かった。入るぞ」
「待って……。祠の魔女の前で……みんな消えるって」
ずぶ濡れの少女は立ち尽くした。
オレは構わず、月詠の腕を引いた。
「……なわけないだろ」
磯野教頭は、オレと同じモブ。
モブの話なんて、そんなもの——




