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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第20話 風鳴りのバトンタッチ

 森の入り口から続く、最初の肝試しコース――東雲エリア。

 東雲暁先輩と竹取月詠は、懐中電灯の小さな光を頼りに、並んで歩く。


 その背中を、オレは少し離れた後ろからカメラを構えながら後追いしていた。


(……あ、歩くの早くない? オレは一人なんだけど! この世界って幽霊居るの? さっきの磯野の話って、つ、作り話……じゃ)


 周囲を見渡すと、木々が暗い影を落としている。

 昼間来た時は、怪しいモノはなかった。

 だが今日は、いや夜の森って滅茶苦茶怖い。


 僅かな希望は、魔力が体からにじみ出る王子様。


 前を歩く東雲は、時折振り返る。


「歩幅は早くないかい?」


 オレに言っているわけではないが、なんとも頼もしい。


「足元が暗いから気をつけてね」


 王子の名に恥じない完璧なエスコートを月詠へと向けている。


「はいっ! 暁先輩が一緒だから、ぜんぜん怖くないです!」

「ふふ、そう言ってもらえると僕も頼もしいよ」


 ヒロインの裏表のない笑顔に、王子の顔面偏差値がさらにまばゆく輝く。

 竹取月詠、彼女もまた。特別な存在だった。

 そんな二人を見ると、恐怖が和らぐ。


 ――二人、いい雰囲気だな


 二人のルートもちゃんとある、ヒーローとヒロイン。

 ハッピーウェディングのイベントスチルを覚えている。

 このまま何も起きなければ、甘い二人きりの世界――


 とは言え、乙女ゲームの肝試しイベントだ。


 二人が鬱蒼と茂った大きな古木の脇に差し掛かった、――まさにその瞬間だった。


 ガサガサガサッ!!


「うらめしやぁぁぁーーっ!!」


 突然、木立の死角から、それは現れた。

 白い布を頭からかぶって血の糊をべったりと塗った、ベタすぎるお化けだった。


「ひゃああっ!?」


 予期せぬ奇襲に、月詠が小さく悲鳴を上げて飛び退いた。

 暗闇で焦ったせいで、太い木の根に思いきり足を取られてしまう。


「あっ……!」


 バランスを崩した彼女の小さな体が、少しだけ浮く。

 無防備に前方へと傾き、派手に転びそうになった。


 ──その時、誰よりも華麗に動いた影があった。


「――月詠」


 王子様、東雲暁先輩様だ。

 瞬時に距離を詰めると、倒れかけた月詠の腰へと力強く、かつ優しく腕を回した。

 少女の長い髪が汚れてしまわぬように、頭の後ろにも腕を回す。

 そのままヒロインを、胸元へとすっぽりと引き寄せたのだ。


「先……輩……」


 ふわりと、王子がまとう上品な紅茶の香りが月詠を包み込む。

 腕の中で見上げ合う、金色の瞳と暁色の瞳。

 暁先輩は、驚きに目を見開く月詠の顔を見つめた。

 

 やがて、とびきり甘く微笑みを浮かべた。


「――大丈夫かい、わが姫君? 僕の腕の中から、君を絶対に落としはしないよ」


 ――カシャッ


「あ、暁先輩……っ! ご、ごめんなさい、私ったらお化けに驚いちゃって……!」

「謝る必要なんてないさ。君の頼りになるために、僕はここにいるんだから」


 肝試しイベント定番の、王子様による華麗なる抱きとめ&密着シーン。

 オレは怖さも忘れて、シャッターを切っていた。


 モブ生徒もお化けの姿のまま、お似合いのカップルに見惚れてしまう、完璧な構図。

 王子と平民の少女が暗闇の中で寄り添う、最高に美しい一枚が焼き付けられた。


「 一人目、問題なし……だな」


 オレはカメラを下ろし、興奮で拳を小さく握りしめた。


 最初のアプローチは文句なしの大成功だ。

 この調子で、残りの三人――剛、律、慧のエリアも順調にこなしていけばいい。


 ――だから気付かなかった。


 フレームの外の世界は、一層に暗くなっていたことに。

 

 ゴロゴロゴロ……


 雲間に見え隠れする血のような赤黒い月。

 不気味だが一応は頼りになる光を、黒い雲が隠しはじめていた。



 肝試しコースの第一中継地点。

 東雲暁と竹取月詠の甘い時間を過ごした後に、第二走者である武門の嫡男・真昼剛が待つエリアへと辿り着いた。


「剛先輩!」

「――遅えぞ、月詠! 待ちくたびれたぜ!」

「うるさい奴だな」

「約束だろ。お前はここまでだ」


 真昼木立の中から飛び出してきた剛は、王子様を手で払いのけた。

 そして、持ち前の熱血全開な笑顔で月詠へ手を伸ばす。


「彼女を乱暴に引っ張るんじゃない。ただ、約束は約束だ。月詠、また後で」

「は、はい……」


 暁は優雅に微笑んで、月詠に手を振る。

 次の走者へとバトンを渡して、華麗に身を隠した。


「月詠、ここからは俺の領域だ! 何が出ても俺がぶっ飛ばしてやるから、安心しろ!」

「はいっ、剛先輩! よろしくお願いします!」


 こうして始まった真昼エリアだった。

 この辺りからだろうか、オレは天候の怪しさに気付き始めていた。

 時折、空が鳴り、森の木々を根元から揺らすような強烈な突風が吹き荒れる。

 生ぬるい風と冷たい風が混ざり合い、視界を奪うように砂埃と落ち葉を舞い上げ始めた。


「きゃあっ……!」


 吹きつけた強風と飛んできた小枝に煽られ、月詠が思わず目を閉じて足を止める。

 その瞬間、剛先輩は迷うことなく自らの大きな体を壁にし、突風から月詠を守るように豪快に引き寄せた。


「そういや、魔術教師もいたんだったか。ビビることはないぞ、月詠」


 暗闇の悪路で彼女がつまずかないように立たせて、庇うように歩く。

 燃えるような赤い髪のお陰で、冷たくなった森がほんのりと温まる。


「風や飛んできた枝なんて、俺の背中で全部防いでやるよ! お前は俺につかまってろ、絶対に離すなよ!」

「つ、剛先輩……っ! 」


 暗い森の中で、頼もしさ全開の熱血騎士が切り開く。

 因みに、木々の背後には教師がいた。


 オレの目にはやり過ぎなほどの突風やら、冷風やらが吹きすさぶ。


 流石は次代を育てる学校の肝試し、とオレは思った。

 次の瞬間、剛が動いた。


「面白くねぇが駆け抜ける。……月詠、悪い」

「気に……しません。……なんだか安心します……」


 月詠の膝裏に腕を通して、背中を持ち上げる。

 まさにお姫様抱っこで、ヒロインを守り抜く男。


 真昼はまるでぬいぐるみでも持ち上げたかのように、少女の体を軽々と抱え上げた。


 ――カシャッ


 オレは舞い散る落ち葉をかき分け、ファインダーを覗き込んで迷わずシャッターを切った。


 やり過ぎなくらいの魔法使いの罠を、豪快かつ逞しく跳ねのけた英雄。


 剛の勇姿が、魔法板に焼き付けられた。


 二人目、問題なし!


 ◇


 突風のコースを剛は結局、最後までお姫様抱っこで駆け抜けた。

 その様子を見て、男が舌を打った。


「律先輩っ!」


 今度は第三走者――宮廷魔術師のサラブレッド、夕星律。


「おらよ! 律、ここまで無事に連れてきたぜ! あとは頼む!」

「……声が大きいよ、真昼。君の暑苦しい熱気がここまで伝わってくる」


 バトンを優しく、地面に立たせて、騎士は颯爽と背を向けた。

 満足げに豪快な笑いを残して去っていくのと入れ替わりに、夕星(ゆうずつ)エリアがスタートする。


「一緒じゃ……ダメなのかな」

「それは僕に言われてもね。大体、仕切っているのは」


 ラベンダーの髪が揺れる。

 前方を軽く睨んだ後、靡いた髪の下で薄紫の瞳がオレを射貫く。


(仕方ないだろ……。イベントは一人ずつだし)


 因みに。

 綺羅星は最終的に納得していた。

 オレの発案だが、責任者は暮小路慧。

 宰相の息子が責任を持つなら、とアドバイザーは他のペアとさっさとクリアしている。


「うう……なんだか風は止んだのに、急に寒くて真っ暗になってきました……」


 不安そうに両肩を抱く月詠を見つめ、律は髪をかき上げ、冷ややかに薄紫の瞳を細めた。

 そして、長い指先をすっと持ち上げ、指を鳴らす。


 パチン、と小さな音が響いた瞬間だった。


 二人の周りに、ぽわんと温かい金色の光を放つ魔法の球体が数個浮かび上がった。

 周囲の冷気を遮断する穏やかな結界が展開される。

 月詠の周りだけが、まるで春の陽気のように温かな空間へと作り変えられた。


「わあぁ……っ! きれいです! 律先輩の魔法、本当に素敵ですね……!」

「……別になんてことないさ。ただ、君が暗闇に怯えて泣き出したら面倒だからね。僕のそばにいれば、何も恐れる必要はない」


 言葉は不器用で冷たい。

 だのに、やることは誰よりも過保護で神秘的。

 これぞクール系ツンデレ魔術師の真骨頂!


 ――カシャッ。


 オレは魔法の光に照らされる二人の幻想的な構図を捉え、迷わずシャッターを切る。

 因みに、その後は何もなかった。

 余りにも明るすぎた魔法円のせいで、夜の森の道からは不気味さが一切掻き消えてしまったからだ。


 その安全な山道を、光に包まれたまま、寄り添いあって二人は歩いていった。


 奇妙な雰囲気──とは言え、三人目・律の魔法エスコートスチルも完璧に回収。

 オレが内心でガッツポーズをした、次の瞬間だった。


 律は、月詠に腕を抱かれて、上機嫌になるどころか、急に面白くなさそうに魔法を解いた。


「僕の担当エリアはここまでだったね」


 眉をひそめ、不機嫌そうにチッと舌打ちを漏らしたのだ。


「えっ? 律先輩……?」

「なんだか、肝試しも興ざめだね」


 突然の冷酷な態度に、月詠がきょとんと首を傾げる。

 薄紫の瞳で、オレのカメラ、さらには重く垂れ込める赤黒い雲の隙間を忌々しげに睨みつけた。


「元々、馬鹿馬鹿しいと思っていたし。……さっさと次の彼、暮小路のところへ行くといい」

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