第19話 夜の森の社交ダンス
林間学校二日目の早朝。
霧が立ち込める合宿所の裏手で、オレの前に立ちはだかったのは、この学苑が誇る超ハイスペックなイケメン4柱だった。
「――おい、守部。ちょっと面貸せ」
朝の爽やかな光の中で輝くのは、四人の顔面偏差値。
「今夜は肝試しだな」
「そ、そうっすね……」
王子様の東雲暁。
武門の嫡男である真昼剛。
宮廷魔術師家系の子、夕星律。
次期宰相候補の1年、暮小路慧。
しかし、その八つの目は、一切笑っていなかった。
「暗闇の中で月詠と僕が二人きりになった瞬間、最高の構図で僕たちを切り取ってほしい」
暁先輩の静かな火蓋を合図に、他の3人もじりじりと包囲網を狭めてくる。
「おい待て! お化けが出た瞬間、俺が月詠をお姫様抱っこして守る画を撮れよな!」
「……無駄な騒音は無視してくれ。僕が魔法で彼女を優しく護る、その神秘的な瞬間を記録に残すように」
「昨日は先輩方の乱入で計算が狂いましたが、今夜は私がスマートにエスコートする姿を切り取りなさい」
四人のヒーローが言いたいことは同じだ。
今夜の肝試しで、自分と月詠の個別イベントスチルを撮れ。
(だから、なんでオレに来る……)
男なんだから、直接月詠に申し込むべき。
それが無理でも、月詠の受付はオレではなくて、綺羅星なのだ。
「……頼むよ、守部。月光が彼女の横顔を照らす、その一瞬だけを。僕以外の誰にも渡したくない」
「夜の森に入るんだろ? 月詠を守るって約束してんだよ。俺はアイツを守る。その場面を絶対に逃すな!」
「……君のカメラは、余計なものを映さないだろう? 僕が彼女の手を取る瞬間だけを残してくれればいい。他は全部、闇に沈めておけ」
慧
「ふふ。三人とも熱が入りすぎですよ。守部。あなたは私の計算通りに動いてくれさえすればいい。……今夜の主役は、私と月詠さんなのですから」
誰も興味がないという状況より、圧倒的にマシだ。
もしも興味が無ければ、次の四月にあっという間に攫われる。
だが肝試しイベントは、月詠と誰か一人のイベントだと決まっている。
「言われなくても、公式カメラマンが撮る。その予定なんだけど……」
「だったら……」
「守部、カッコよいのを任せたぞ」
頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、オレは必死に考えた。
そして、
「慧……。お前が仕切ってるんだったな」
「そうだが。何度も言わせないでよね」
とある作戦を思いついた。
◇
夜の森は、木々の葉ずれがまるでささやき声のように響いていた。
避暑地の林間学校、八月も半ば。生徒たちは焚き火を囲むようにして座り、年配の魔法学担当・老教師の低い声に耳を傾けていた。
「昔、この森の奥深くに……『月影の祠』と呼ばれる古い社があったという。満月の夜、近づく者を惑わし、魂を喰らうという伝説じゃよ……」
教師の声は、枯れた木の枝のように擦れ、火の粉が舞うたびに影が長く伸びる。
生徒たちの間から小さな悲鳴が漏れた。
女子の何人かは耳を塞ぎ、隣の友だちにしがみついている。
男子たちも強がりながら肩を寄せ合い、時折「うわっ……」と声を上げては笑いに紛らせる。
「あの時も今日のように、赤い満月が出ておったそうな……」
月詠も、膝を抱えて小さくなっていた。
金色の瞳が炎の揺らめきに映り、儚げに輝いている。
そんな中——四人のヒーローたちは、焚き火の輪の少し外側で、互いに目配せを交わしていた。
東雲暁は、優雅に長い脚を組んだまま、ブロンドの髪を指で軽くかき上げる。
真昼剛は、腕を組んで座り、緋色の短髪が火光に燃えるように映える。
夕星律は、紫の髪を指で軽く払い、薄紫の瞳を細めて教師の話を聞いている。
暮小路慧は、伊達眼鏡の奥で黄昏色の瞳を細め、柔らかい緑の髪を耳にかける。
四人の視線が、焚き火を越えて月詠に集中する。
そして、教師の声が最高潮に達する。
「祠の前で、魔女の姿を見た者は、二度と戻らなかった……」
——生徒たちの悲鳴が上がる中、四人は同時に立ち上がった。
◇
この夜の肝試しで、誰が月詠の隣を掴むのか。
暗闇の中で、彼女の金色の瞳を独り占めするのは——
「わあ、先輩方も一緒なんですか? みんなで行けば、夜の森も怖くないですね!」
月詠が嬉しそうに言った。
キラはにこやかだが、僅かに顔を歪ませた。
「月詠、肝試しのルールを聞いていたでしょう。男女一組で」
マゼンダの瞳が半分閉じられて、カメラマンを睨む。
だが、オレには策があった。
暮小路慧から借りた地図を突き出し、パンと指ではじいた。
「男女ペアだよ。コースを四分割してのな」
「四分割?! 守部、何を言ってるの」
「昼間、目印を書いておいた。四つのエリアに分けた。月詠は三つのチェックポイントで、それぞれ解散、次の男子と合流する」
赤ペンで地図に丸を描く。
スタート地点に一つ、森の中に三つだ。
オレの強引なゲーマー理屈に、キラは僅かに眉を寄せた。
「……そんなルール、通るわけ……」
だが、呆れていた彼女も、状況を理解していく。
「社交界みたいなものだよ、綺羅星くん」
慧だけじゃない。
貴族の男たちは、皆納得していたのだ。
「暮小路くん。先輩方まで……」
「え? キラちゃん、どういうこと?」
「つまり肝試し社交ダンスよ、月詠」
こうして、学苑の権力者たちによる承認のもと、前代未聞の『肝試し社交ダンス』が幕を開けたのだ。
◇
薄暗い森の入り口。
「月詠、奥で何かあったら大声で俺を呼べよ!」
「彼に気を許さないように」
「後ほど私のエリアでお待ちしています」
先回りして待機するため、未練たらたらで森の奥へ去っていく剛、律、慧の3人。
「はーい! みんなも夜の森は危ないので、お気をつけてー!」
月詠が無邪気に手を振り、いよいよトップバッターである暁との肝試しが始まる。
教師の合図で、月詠、暁先輩が出発する。
そして、その後ろにはオレ。
林間学校を任されたカメラマンだから、立ち位置は当然ながら、ここだ。
(オレだけおかしいだろっ!……って、ツッコみたいけど)
守部の仕事であり、イベントスチルで世界を変える者の役目だ。
「行こうか、月詠」
「はい……」
暁が放つ特有の王者オーラが闇を僅かに照らす。
そのお陰か、二人は和やかで明るい雰囲気のまま歩を進めていく。
だが、森の深部へ向かうにつれて、不自然な異変が起き始めた。
――ヒュウゥゥ……
真夏の合宿のはずなのに、急激に気温が下がり、吐く息が白くなるほどの冷気が肌を刺す。
ただの木枯らしではない。
虫の音すら完全に消え失せた静寂。
木立の奥から、キィィィィィン……と、金属同士を強くこすり合わせる音が聞こえる、……気がする。
「……先輩、なんだか……急に寒くなってきません?」
「ああ……。気をつけて、月詠。僕のそばから離れないで」
いつもは余裕の王者の笑みを浮かべる暁先輩が、鋭い警戒の表情で月詠の肩を引き寄せた。
胸の奥がざわつき、オレは立ち止まって木々の隙間から夜空を見上げる。
夜空に浮かぶ月は、昨夜よりもはっきりと、まるで血のように赤黒い煉獄の色に染まっていた。
(怖……。磯野先生……怖い話、う、うまいじゃないか……)
不気味な雲が、禍々しい意思を持つかのように蠢く。
その地獄の大地のような満月が、ゆっくりと雲に隠れていく。




