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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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19/97

第19話 夜の森の社交ダンス

 林間学校二日目の早朝。

 霧が立ち込める合宿所の裏手で、オレの前に立ちはだかったのは、この学苑が誇る超ハイスペックなイケメン4柱だった。


「――おい、守部。ちょっと面貸せ」


 朝の爽やかな光の中で輝くのは、四人の顔面偏差値。


「今夜は肝試しだな」

「そ、そうっすね……」


 王子様の東雲暁。

 武門の嫡男である真昼剛。

 宮廷魔術師家系の子、夕星律。

 次期宰相候補の1年、暮小路慧。

 しかし、その八つの目は、一切笑っていなかった。


「暗闇の中で月詠と僕が二人きりになった瞬間、最高の構図で僕たちを切り取ってほしい」


 暁先輩の静かな火蓋を合図に、他の3人もじりじりと包囲網を狭めてくる。


「おい待て! お化けが出た瞬間、俺が月詠をお姫様抱っこして守る画を撮れよな!」

「……無駄な騒音は無視してくれ。僕が魔法で彼女を優しく護る、その神秘的な瞬間を記録に残すように」

「昨日は先輩方の乱入で計算が狂いましたが、今夜は私がスマートにエスコートする姿を切り取りなさい」


 四人のヒーローが言いたいことは同じだ。

 今夜の肝試しで、自分と月詠の個別イベントスチルを撮れ。


(だから、なんでオレに来る……)


 男なんだから、直接月詠に申し込むべき。

 それが無理でも、月詠の受付はオレではなくて、綺羅星なのだ。


「……頼むよ、守部。月光が彼女の横顔を照らす、その一瞬だけを。僕以外の誰にも渡したくない」

「夜の森に入るんだろ? 月詠を守るって約束してんだよ。俺はアイツを守る。その場面を絶対に逃すな!」

「……君のカメラは、余計なものを映さないだろう? 僕が彼女の手を取る瞬間だけを残してくれればいい。他は全部、闇に沈めておけ」

「ふふ。三人とも熱が入りすぎですよ。守部。あなたは私の計算通りに動いてくれさえすればいい。……今夜の主役は、私と月詠さんなのですから」


 誰も興味がないという状況より、圧倒的にマシだ。

 もしも興味が無ければ、次の四月にあっという間に攫われる。

 だが肝試しイベントは、月詠と誰か一人のイベントだと決まっている。

 

「言われなくても、公式カメラマンが撮る。その予定なんだけど……」

「だったら……」

「守部、カッコよいのを任せたぞ」


 頭を抱えたくなる気持ちを抑えて、オレは必死に考えた。


 そして、


「慧……。お前が仕切ってるんだったな」

「そうだが。何度も言わせないでよね」


 とある作戦を思いついた。

 

 ◇


 夜の森は、木々の葉ずれがまるでささやき声のように響いていた。

 避暑地の林間学校、八月も半ば。生徒たちは焚き火を囲むようにして座り、年配の魔法学担当・老教師の低い声に耳を傾けていた。


「昔、この森の奥深くに……『月影の祠』と呼ばれる古い社があったという。満月の夜、近づく者を惑わし、魂を喰らうという伝説じゃよ……」


 教師の声は、枯れた木の枝のように擦れ、火の粉が舞うたびに影が長く伸びる。

 生徒たちの間から小さな悲鳴が漏れた。

 女子の何人かは耳を塞ぎ、隣の友だちにしがみついている。

 男子たちも強がりながら肩を寄せ合い、時折「うわっ……」と声を上げては笑いに紛らせる。


「あの時も今日のように、赤い満月が出ておったそうな……」


 月詠も、膝を抱えて小さくなっていた。

 金色の瞳が炎の揺らめきに映り、儚げに輝いている。


 そんな中——四人のヒーローたちは、焚き火の輪の少し外側で、互いに目配せを交わしていた。


 東雲暁は、優雅に長い脚を組んだまま、ブロンドの髪を指で軽くかき上げる。

 真昼剛は、腕を組んで座り、緋色の短髪が火光に燃えるように映える。 

 夕星律は、紫の髪を指で軽く払い、薄紫の瞳を細めて教師の話を聞いている。

 暮小路慧は、伊達眼鏡の奥で黄昏色の瞳を細め、柔らかい緑の髪を耳にかける。


 四人の視線が、焚き火を越えて月詠に集中する。


 そして、教師の声が最高潮に達する。


「祠の前で、魔女の姿を見た者は、二度と戻らなかった……」


 ——生徒たちの悲鳴が上がる中、四人は同時に立ち上がった。



 この夜の肝試しで、誰が月詠の隣を掴むのか。

 暗闇の中で、彼女の金色の瞳を独り占めするのは—— 


「わあ、先輩方も一緒なんですか? みんなで行けば、夜の森も怖くないですね!」


 月詠が嬉しそうに言った。

 キラはにこやかだが、僅かに顔を歪ませた。


「月詠、肝試しのルールを聞いていたでしょう。男女一組で」


 マゼンダの瞳が半分閉じられて、カメラマンを睨む。 

 だが、オレには策があった。

 暮小路慧から借りた地図を突き出し、パンと指ではじいた。


「男女ペアだよ。コースを四分割してのな」

「四分割?! 守部、何を言ってるの」

「昼間、目印を書いておいた。四つのエリアに分けた。月詠は三つのチェックポイントで、それぞれ解散、次の男子と合流する」


 赤ペンで地図に丸を描く。

 スタート地点に一つ、森の中に三つだ。

 オレの強引なゲーマー理屈に、キラは僅かに眉を寄せた。


「……そんなルール、通るわけ……」


 だが、呆れていた彼女も、状況を理解していく。


「社交界みたいなものだよ、綺羅星くん」


 慧だけじゃない。

 貴族の男たちは、皆納得していたのだ。


「暮小路くん。先輩方まで……」

「え? キラちゃん、どういうこと?」

「つまり肝試し社交ダンスよ、月詠」


 こうして、学苑の権力者たちによる承認のもと、前代未聞の『肝試し社交ダンス』が幕を開けたのだ。


 ◇


 薄暗い森の入り口。


「月詠、奥で何かあったら大声で俺を呼べよ!」

「彼に気を許さないように」

「後ほど私のエリアでお待ちしています」


 先回りして待機するため、未練たらたらで森の奥へ去っていく剛、律、慧の3人。


「はーい! みんなも夜の森は危ないので、お気をつけてー!」


 月詠が無邪気に手を振り、いよいよトップバッターである暁との肝試しが始まる。


 教師の合図で、月詠、暁先輩が出発する。


 そして、その後ろにはオレ。


 林間学校を任されたカメラマンだから、立ち位置は当然ながら、ここだ。


(オレだけおかしいだろっ!……って、ツッコみたいけど)


 守部の仕事であり、イベントスチルで世界を変える者の役目だ。


「行こうか、月詠」

「はい……」


 暁が放つ特有の王者オーラが闇を僅かに照らす。

 そのお陰か、二人は和やかで明るい雰囲気のまま歩を進めていく。


 だが、森の深部へ向かうにつれて、不自然な異変が起き始めた。


 ――ヒュウゥゥ……


 真夏の合宿のはずなのに、急激に気温が下がり、吐く息が白くなるほどの冷気が肌を刺す。


 ただの木枯らしではない。

 虫の音すら完全に消え失せた静寂。


 木立の奥から、キィィィィィン……と、金属同士を強くこすり合わせる音が聞こえる、……気がする。


「……先輩、なんだか……急に寒くなってきません?」

「ああ……。気をつけて、月詠。僕のそばから離れないで」


 いつもは余裕の王者の笑みを浮かべる暁先輩が、鋭い警戒の表情で月詠の肩を引き寄せた。


 胸の奥がざわつき、オレは立ち止まって木々の隙間から夜空を見上げる。


 夜空に浮かぶ月は、昨夜よりもはっきりと、まるで血のように赤黒い煉獄の色に染まっていた。


(怖……。磯野先生……怖い話、う、うまいじゃないか……)


 不気味な雲が、禍々しい意思を持つかのように蠢く。


 その地獄の大地のような満月が、ゆっくりと雲に隠れていく。


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