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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第18話 飯盒炊爨の絶対ルールと、赤黒い雲

 5ヶ月目――8月、夏休みの林間学校。


 澄んだ空気が美味しい真夏の避暑地・山林のキャンプグラウンド。

 オレ——守部弥彦は、首から下げた愛用の魔導カメラを構えて、強く叫んだ。


「遂に大型イベントだ。イベントスチル満載の夏!」


 学苑公認の写真部記録係として、国家の未来を担う若者たちの微笑ましい青春の姿を撮る。

 それが、オレの『表向き』……というか本来の役割だ。


 裏向き……というかオレが目指すは世界破滅の防止だ。


「……って」


 だが、ファインダー越しに見える光景は、微笑ましくはなかった。

 もはや、大惨事と呼ぶべき地獄絵図だった。


「――君のその笑顔こそが、この学苑の宝だよ。僕と一緒に、素晴らしい一日を過ごそう」


 発光するような王者の美貌と暁色の瞳。

 優雅に微笑み、手を差し出すのは王子の東雲暁先輩。


「おいおい! お前は俺が守るんだから、当然俺のそばにいろ!」


 燃える緋色の短髪を揺らし、圧倒的な大声と包容力で強引に割り込んでくる。

 彼は、武門の嫡男である真昼剛先輩。


「……ふん。僕は別にお前に興味などない。ただ、ここが落ち着くだけだ」


 そう冷ややかに言い捨てながらも、しっかりヒロインの隣。

 特等席をキープして離れないのは、ラベンダーの髪を持つ魔術師、夕星律先輩。


「おや、先輩方はその程度ですか。ふふっ……私は……。いえ、それはそれで面白いと思いますよ」


 知的な伊達眼鏡の奥で黄昏色の瞳。

 目を細めて涼やかに笑うのは、ヒロインやオレと同じ1年生で次期宰相候補の暮小路慧。


 イベントスチル満載の夏……に違いない。


 だが――どうして、こうなった。


 オレの作戦は、月下の約束——乙女ゲーム世界のメインキャラの男どもを焚きつけ、誰かとヒロインを順調にくっつけてルートを確定させること。


 焚きつけはしたが、この展開は要らない。


(オレが五人全員の好感度アップイベントをステルス撮影しまくったせいか?)


 ここにはいない常闇も入れて、六人全員の『ハッピーウェディング』は存在している。

 新婦側に立つ竹取月詠は変わらない。

 新郎側の男が六種類存在する。


 断じて、ハーレムルートではない。


 だがここに、見事な四つ巴が発生している。


「あっ…… ありがとうございます……!」


 そして、涼しげな服。

 鮮やかなサファイアブルーの長い髪を揺らすヒロイン、竹取 月詠。


「私、皆さんにこんなに優しくしてもらえて、とっても嬉しいです!」


 これはダメだ……


 彼女はとても優しい。

 だが、悪意だけでなく、『恋愛の好意』すらも正しく認識できない規格外の天然でもあるらしい。


「おおっ! もう、着替えは済ませたみたいだね」

「だったら、俺と一緒に」

「いやいや。僕が待ってたんだが」

「皆さん落ち着いて。私は地図を把握しており……」


 男たちの熱いアピール。

 だが、月詠は「先輩や同級生からの親切」として真正面から受け止める。


「はいっ! 着替え完了です。野山の散策も出来ますねっ」


 全員に平等な笑顔を返してしまう。

 誰にでも平等に優しいせいで、誰の固有ルートにも分岐しない。


 イベントが起きない……だと?

 

 オレは少し離れた森の木陰で、頭を抱えかけた、——その時だった。

 背後から、ひんやりとした冷たい声が頭上に降ってきた。


「――ちょっと、そこのストーカー。邪魔なんだけど?」


 ビクッと振り返る。

 想像通り、ショッキングピンクのゆるふわボブの女。

 綺羅星キラが、腕を組んで冷ややかな半眼でオレを見下ろしていた。


「……ストーカーとか失礼だな、綺羅星! オレは学苑公認で堂々と撮ってんだから、せいぜい変質者だろ!」

「へぇ。変質者っていう自覚はあるんだ? ……って、どっちにしても同じようなものでしょ! ずっと月詠の後をコソコソ追いかけ回してさ」


 マゼンタ色の瞳を呆れ色に染めるキラ。

 それが、オレの堪忍袋の緒を切れされた。


「それは綺羅星だって同じだろ!」


 ブチ切れのオレに、綺羅星の肩が跳ねた。

 彼女は眉を寄せるが、オレは続ける。


「 お前も月詠に張り付いてるストーカーだろ。んで、男たちをけしかけるじゃないのか?」

「あ、あたしは同じじゃないし!」


 男たちに囲まれている月詠には見えない、木陰でのバトル勃発だった。

 毎日毎日、イベント写真を撮り、疲れて列車で寝てみれば、バッドエンドの夢。


 普通に考えて、アドバイザーがやるべき仕事。


「同じじゃないなら、何が目的だ。アドバイザーは、ヒロインを誰かとくっつけようとするんだろ。 オレの役割はその瞬間を撮影する、立派な守部家の……」


 守部の使命だし、オレは……?


 言いかけて止まった。

 因みに綺羅星も負けてはいない。


「も、守部の役目は、ただ王子様たちの勇姿を撮影することでしょう!?」


 綺羅星側も、勢いよく何かを言い返そうと準備をしていた。

 だが彼女も何故か、ハッと気がついたように息を呑み、慌てて口をつぐんだ。


「 あたしは……綺羅星家は、ただ月詠の魔力の力を……って、別に何でもないし。変質者に用はない」


 ん?


 プイッと顔を背け、頬をぷっくりと膨らませるキラ。


 えっと——


「あ……そういうこと……」

「知った風な事をいうな、守部」


 言い淀んだ彼女の瞳の奥に、オレはある種の同じ匂いを感じていた。

 盤面を当事者としてではなく、外側から冷徹に計算して見つめる


 ――『観測者』と『査定人』としての、同類の匂い。


 オレと同じ。ただ、カメラに映りにくいだけ。

 守部に役割があるのなら、彼女にも。


 例えば、日和見貴族として、勝ち組に寄り添うことで生き残ってきたのが綺羅星家……とか。


 彼女が月詠の隣に陣取っているのは、ただのアドバイザーではない……とか。


「――二人とも、そんなところで何のお話をしているの?」


 ふいに背後から声がした。

 満月のように美しい金色の瞳がオレたちを覗き込んできた。

 どれだけ、口論をしていたのか。

 あのイケメン包囲網がいつの間にか解散していた。


「つ、月詠!?」

「た、竹取さん!?」


 突然のヒロインの登場に、オレはしどろもどろになった。

 オレは、すべてを『ゲームの納期』だと思っている。

 だって、これはゲームだ。


 オレの動揺の隙を突いて、したたかなキラが先に動いた。


「っ……っていうかさ、月詠! あなたさっき、旧棟からずっとお世話になってる宵坂先生のところに行ってたんじゃないの!?」


 オレは血の気が引き、サーッと青褪めた。


「――なっ……!? もしかして、綺羅星、お前……!」


 魔術の特別講師にして、このゲームのダントツ最多スチルを誇る男――宵坂 千秋先生!

 今の会話の流れそのものが、罠。

 月詠を他の四人の干渉から引き離し、大本命である教師ルートへ強制誘導するため。


「……守部くん?」

「月詠。あいつはほっといていいから」


 これは重大な裏切り行為。

 イベントスチルを撮らせないという、綺羅星キラの陰謀。


「うん。列車の酔い止めのお薬を持っていこうって」


 ヒロインと言われたら納得する美女でもあるキラが不敵に笑う。

 だが――当の月詠は、きょとんとした顔で小さく首を横に振った。

 

「思ったんだけど……先生、なんだかとても忙しそうにしてて、いらっしゃらなかったの」


 オレから仕事を奪った綺羅星は眼を剥いた。


「えっ、なら……ったら、東雲先輩とか真昼先輩にお願いすれば……!」

「ん? キラちゃん、何言ってるの。私たち1年生は、これから『こっちのエリアで飯盒炊爨』のカリキュラムだよ?」

「それは……そうだけど」


 恋愛イベントの誘導をさらりと流す月詠に、キラは焦って食い下がる。

 うら若き男女が泊まりがけで集う林間学校という一大イベントだ。

 誰との恋愛ルートも進まないなんて、月詠の『株』を引き上げたい彼女における、最大の誤算なのだ。


「い、1年生だけのカリキュラムなら、せめて同じ年の暮小路くんと一緒に作業を……っ!」


 キラは、同年の権力者(次期宰相)候補へと的を絞って勧めた。

 しかし、月詠は小首を傾げ、悪気ゼロの『とどめの一撃』を放った。


「キラちゃん、忘れちゃったの? こっちの飯盒炊爨の班は、『A組だけ』だよ?」


 そしてとどめの一撃はオレにも効果抜群なわけで


(クラス分けという、学苑における普通のカリキュラム・ルール……だと?)


 天然ヒロイン、恐るべし

 キラが巡らせたストーカーガード作戦さえも、意味を失わせた。


「それもそうね」

「うん。そういう決まりだよ? しおりにもちゃんと——」


 オレはしてやったりという顔も出来ないまま、キラはオレを見ることもなく、月詠とA組の持ち場へ戻っていった。


 ◇


 それにしても。


 夕暮れの森の中。

 オレはカメラの革ケースを撫でながら、先ほどの月詠の言葉を反芻していた。


『――先生、なんだかとても忙しそうにしてて、いらっしゃらなかったの』


 ……おかしくないか?


 生徒の安全を守るべき引率の講師が、合宿先で生徒が訪ねても姿を見せないほど忙しい。

 まぁ、学校行事なんだから忙しいは分かる。


 だが、少なくともあの四人よりは月詠に近い。


 因みに宵坂千秋は、表向きはただのだらしない魔術講師。

 だが……その裏で、別の目的を持って動いている……。

 そして月詠は、そんな彼と彼のルートでは結婚をする。


「イベントが起きなかったのって……。やっぱオレがいなかったから……そう考えるべきか」


 オレはふと顔を上げ、森の木立の隙間から、入り合いの夜空を見上げた。


 ゲーム知識によれば三百年に一度、惑星系が直列して『皆既月食』が起きる。

 それを、破滅の月食と呼ぶ。

 帝国に接近する異界。そこには国があり、一人の少年が学苑入りする。


「ま。異界の王子が入学しても、月詠と結婚しなければ、それだけなんだけど、な」


 分岐するから、そう。


 夜空に静かに浮かび上がる美しい満月は、今日も綺麗だ。

 でも、血のような、『煉獄の色』を帯びた不気味な雲が包み込んでいる……そんな気がした。

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