第17話 列車に揺られて
帝都・中央駅。
特別列車は、そこから避暑地を目指して走り出す。
黒々と油光りする重厚な蒸気機関車に牽引され、客車の床下も音を響かせていた。
「列車の……」
客車の扉を開ける。
そこには文明開化と浪漫の息吹を濃縮したような、格調高い空間が広がっている。
桜材の木目調の壁板には、鈍くゴールドに光る真鍮の荷物棚。
壁掛けランプが仄かに灯り、通路の深い赤絨毯を怪しく照らす。
向かい合わせに配置されたビロードの直立シートには、夏の軽装に身を包んだ少年少女が座る。
「イベント……か。気張らない……と……」
皇華高等学院の学生たちが、楽し気に話をしている。
窓から強い日差しが射しこみ、真っ白なレースのカーテンをさらさらと揺らしている。
そんなモダンで賑やかな車内の片隅
――オレは座席の背もたれに腰を沈めた。
連日の疲労が一気に噴き出した……らしい。
真っ白なレース……
にぎやかな学生たち……か
ごとごとと列車が揺れる。ゆりかごのように。
◇
真っ白なレース、にぎやかな学生たち
――これは
ステンドグラスから聖なる光が降り注ぐ、荘厳で美しい結婚式場だった。
純白のレースが靡く。
祭壇の前に立っているのは、満月の輝きをそのまま紡いだような瞳の少女。
純白のウェディングドレスに身を包んだ竹取月詠。
そして、その隣で優しく彼女の手を握り、幸せそうに微笑み合っている青年
――常闇 朔。
祝福の鐘が鳴り響く。最高のハッピーエンド。
学生結婚で結ばれた二人。祝福する学生たち。
カシャ!
シャッターの音がした。
――次の瞬間だった。
ステンドグラスが、イベントスチルが割れた。
白い光が、禍々しい漆黒の闇へと急変した。
激しい閃光が爆ぜ、眩い閃光が辺りを照らす。
網膜をじりじりと焼くような激痛と共に、美麗な教会も、幸せなふたりも、
世界そのものが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく――
「……っ!!」
オレは大きく揺れた列車の振動で、ハッと目を見開いた。
額から脂汗が吹き出し、胸の奥で心臓が早鐘のように激しく警鐘を鳴らしている。
(今の夢……じゃなくて、常闇朔ルートの……エンディングの光景……!)
ウェディングドレスの月詠と、常闇朔。
そして、すべてを消し去るあの閃光。
オレが転生する前に知っていたゲーム。
あのルートはハッピーエンドに見せかけて、なぜか最後には世界滅亡を引き起こす結末へと繋がっている。
(……冗談じゃない! あんな結末、ゲームで十分だろ)
世界大戦で一度死に、何故か手に入れた新たな人生だ。
この世界でも、滅亡とか勘弁してほしい。
オレは嫌な汗を掌で拭った。
動揺と悪夢を、無理やり振り払うようにして、立ち上がった。
「ってか。気を抜いてた。少年少女たちが乗ってるんだぞ」
夏の大イベントに向かう列車にも、イベントはある。
間違いなくある。オレは知っている。五人分全てを知っている。
首から下げた魔導カメラのグリップを強く握り締めて、オレは赤絨毯の長い通路を歩く。
しかも、細かく前後に歩き回ることにした。
メインキャラのヒーローたちやヒロインの様子をチェックする。
突発イベントが発生していないかを探る。
右の席を見て、左の席を見て、また次の車両へと歩みを進める。
「――イベントありませんかー。良質なイベント、落ちてませんかー」
――その挙動は、どう見ても『車内販売員』のそれだった。
自分に暗示をかけるように呟きながら通路を往復する。
すると、突然、横の座席から冷たい声で引き留められた。
「……あのさ、守部くん。ちょっといい?」
席に座っていた綺羅星キラだ。
頬杖をついたまま、半眼の冷めた視線でオレを睨みつけていた。
マゼンタ色の瞳の奥に、査定人としての鋭い探りの光が揺れている。
「あたし、あなたが何かトンデモない秘密を隠してるって、前からずっと思ってるのよね」
柔らかな絨毯の上で、足が止まった。
宝石のようなジト目に、オレは軽く息を吐いた。
「……秘密とかじゃねえ。ってか、お前の仕事だろ……」
小さく独り言ちる。
たった一人のヒロイン、竹取月詠。
そして、五人のヒーロー達はオレが知っている動きをする。
だが、この桃色髪の女だけは、オレの知らないことを言う。
「……それに何なの、さっきからその落ち着かない動きは。車内販売員じゃないんだから」
「学校行事のカメラマンは、こんなもんだろ」
「はいはい。守部家だもんね。今日も暑そうで何より」
ヒロインの親友の不平に、オレは半眼で睨み返す。
あえて、車内販売員ムーヴを貫くことで反論した。
「んじゃ、こうだな。お弁当とお茶はいかがですかー。恋愛好感度アップのイベントはありませんかー」
「……イベントありませんかー、じゃないわよ」
すると、キラが呆れ果てて深い息を吐き出した、――まさにその時だった。
車両の境界にある連結部近くの席で、妙な異変が起きているのが視界に飛び込んできた。
「もう……。頭痛くなってきた」
座席で一人。
白衣の首元をだらしなく開けた魔術師の男がいた。
宵坂千秋が、青白い顔でぐったりと背もたれに沈んでいたのだ。
「て、月詠! 嘘。本当に?」
大事なのはグロッキーな彼ではない。
動き出したのは、勿論月詠だ。
アドバイザーが軽く眼を剥く中、オレは揺れる列車の中を走った。
揺れる列車の中で難解な魔術専門書に没頭しすぎた結果、乗り物酔い、あるいは本酔いを引き起こし、かつてないほど情けなくダウンしているらしい。
そこへ月詠が、先生の異変に気づいて血相を変え、慌てて駆け寄った。
「よ、宵坂先生!? 顔色が真っ青ですよ、大丈夫ですか……っ!?」
月詠は心配そうに眉を下げた。
彼女は鞄から竹骨の小ぶりな団扇を取り出し、先生の顔元へ風を送るように一生懸命パタパタとあおぎ始めた。
「揺れる列車の中で難しい本なんて読むからですよ……! ほら、楽にしてくださいね」
パタパタパタ……と風が吹く。
青い顔に柔らかな風が送られる。
「……うう、すまないね、月詠くん……ボクとしたことが、三半規管の制御を誤ったようだ……」
普段の危険で妖艶な大人の色気は風に流れた。
今はどこか弱り切った一人の大人、男。
ヒロインというか、生徒に介護される教師。
なんとも言えない隙と、ギャップの温床である。
これだ!!
オレは通路の真ん中でピタリと足を止め、迷わずレンズを向けた。
――カシャッ
赤絨毯と木目調のレトロな客車を背景に、青ざめたイケメン講師と、団扇で看病する健気な美少女。
乾いた機械音が響いた瞬間だった。
「うっ……その音、頭に響く……」
宵坂先生が、さらに顔色を悪くしてうめき声を上げた。
「大丈夫ですか、先生っ」
団扇をあおいでいた月詠が、弱っている先生を庇う。
オレの方へとくるりと向き直り、頬を膨らませて睨んで来た。
「ちょっと、守部くん! 先生がこんなに苦しんでいる時に写真を撮るなんて……めっ、ですよ!」
ヒロインから放たれた、プンと怒るような『めっ』の注意だった。
叱り方が可愛い。……っていうか、確かに。
弱った人間にカメラを向けるとか、どうかしてる。
「す、すまん!」
カメラを下げて謝りつつも、内心では必死にガッツポーズを作った。
イベントスチルにあるから撮った。
オレは、守部は容赦がない人間らしい。
(でも、よし! 教師のレアな弱気&看病スチル回収!)
怒られたけど、この状況は間違いなく宵坂ルートだった。
怒られはしたけれど、夢にまで見る破滅から一歩遠ざかった。
ピーォォォーッ
汽笛が長く響き渡り、列車は緑深い避暑地の渓谷へと滑り込んでいく。
オレは達成感を味わいつつ、席に戻って座った。
「……戦争ってのは怖いんだよ……」
窓の外の景色が、帝都の街並みから深い夏の山林へと、ゆっくりと流れていく。
オレは夢の残像を完全に吹き飛ばすように、カメラを力強く握り締めた。




