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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第15話 屋上に出会いはある

 食堂の隅での一幕。

 ヒロインの登場で、ヒーロー包囲の網がほつれた。

 その権力闘争から逃げるように抜け出したオレは、空腹を我慢して教室に戻る。


「イベントカメラマンは体力勝負……正直堪えるが」


 慧はスチル量で第三位で、良物件である。

 宵坂ちょろヒーローが先に出現したことで、触れることがなかっただけだ。


「逆に言うと、常闇朔がヤバい。一年のハンデで、イベント枚数二位ってなんだよ」


 一年遅れで入ってきて、ヒーロー四人を追い抜いてしまう。

 二位の常闇がバッドエンドだから、暮小路慧の三位は実質二位となる。


 だからこそ、オレは待ち構える。

 そして、綺羅星キラと並んで竹取月詠が教室に入ってくる。

 午後の授業の準備か、真面目な竹取は教科書に目を通す。

 綺羅星は、いつものように手持無沙汰となった。


 そこへ忍び寄るカメラマン。

 オレは月詠に聞こえないように少し腰をかがめ、キラへと小声で話しかける。


「キラ、ちょっと頼みがあるんだけど……。月詠に『明日の昼休みに屋上に行って』と伝えてほしい」

「は……?」


 キラはマゼンタ色の瞳を丸くして、怪訝そうに眉を寄せた。

 オレがイケメンどもと揉めていた様子を、遠くからしっかり観察していた女だ。


「なんであたしが? そんなの、守部くんが直接言えばいいじゃん」

「え……っ」


 至極もっともな正論。

 だが、オレは思わず絶句して固まる。


(何言ってんだ、こいつ! そもそもヒロインと攻略対象の男をくっつけるのは、ゲームアドバイザーのお前の仕事だろ!)


 ジト目だが、可愛らしいキラと、モブでしかないオレの視線が交錯する。


「オレはそういうキャラじゃない」

「ずけずけと、写真撮ってるじゃん」

「それは、そうだけど……」


(モブカメラマンのオレがヒーローの登場イベントを誘導して、アドバイザーに頼んでんだよ! 仕事サボってんじゃねぇぞ)


 モブ守部家のバッジを弾いた。

 すると、キラの表情からふっと無邪気な熱が消えた。


「そもそも、あんたが先生と……」


 彼女は目元を細め、冷徹な計算の算盤を弾き始める。

 小さく独りごちた呟きが、オレの耳に届いた。


「うんうん……暮小路慧。宰相の息子……。なるほど、確かに『あり』ね。今後の月詠の学苑内での立ち位置と、身元の株を考えたら……」


 ただの友達を心配する女子生徒の顔ではなかった。

 守部がイベントスチルを撮る家系なら、綺羅星には別の役目がある、そんな底知れない眼差しだった。


 やがてキラは、いつもの愛想のいい可愛い笑顔へとパッと戻り、オレをチッと睨みつける。


「わかった、伝えておく。でも、屋上に一人って。……月詠に何か変なことしたら、ただじゃ済まさないからね?」


 冷や汗の出る警告。

 当然だとオレは頷いて撤退した。


 するとキラは、てくてくと月詠の元へ歩いていった。


「あ、そういえばさ! 守部くんが『明日の昼休みに屋上で待ってる』って。なんか大事な話があるみたい」



 次の日の昼休み。

 月詠はキラからの伝言を聞かされて、首をかしげながら校舎の階段を上っていた。


「屋上……? なんでそんな場所で、守部くんと待ち合わせなの……」


 彼女は少し戸惑いながらも、曲がっていた制服のリボンを綺麗に直し、息を少し弾ませる。


「昨日……食堂の奥で、暁先輩たちと1年の暮小路くんが揉めていたみたいだけど……守部くん、大丈夫かな」


 自分のことよりも、まず他人の心配をする純粋な優しさ。

 月詠はそんなことを心の中で呟きながら、重い屋上の扉に手をかける。


 ぎぃと嫌な音を立てた鉄扉が、ゆっくりと開く。


 ――瞬間、風が吹き抜けた。


 月詠は思わず足を止めた。


 広がっていたのは、昼の光を受けて輝く帝都の街並み。

 それと、その景色を背景に、涼しげにフェンスに背を預けて立つ、一人の少年の姿だった。


 エメラルドグリーンの柔らかい髪が上空の風にさらりと揺れ、知的な伊達眼鏡の奥にある黄昏色の瞳が、穏やかに細められている。

 常に涼やかな微笑みを湛え、浮世離れした『誰そ彼』を思わせる神秘的な顔立ち。


 ――それが、イベントスチル枚数第三位の男、暮小路慧だった。


「え……」


 ただ、月詠の黄金の瞳はエメラルドグリーンを一度映した後に、ゆっくりと横に流れた。

 少し離れた貯水タンクの死角に、魔導カメラをしっかりと構えた守部弥彦がいる。


 月詠は一瞬、そのあまりにもシュールな光景に、思わずドン引きして立ち尽くした。


「ど、どうして……!? 私を呼んだはずの守部くんが隠れていて、代わりに暮小路くんが立っているの……!?」


 状況がまったく理解できない。

 しかし、すぐに


 相手はあの暮小路くんだし、失礼な態度をとったらまずいかもしれない……


 と、月詠は自分を納得させた。

 渋々、屋上の風の中へと足を踏み入れ、少年の元へと近づいた。


「えと……こんにちは」


 話しかける彼女。

 気配に気づいた慧が優雅に振り向く。

 黄昏色の瞳で、金色の大きな瞳の少女をじっと見つめる。


 その視線は、静かに絡み合った。


 暮小路の細められた瞳に、ただの後輩としての礼儀ではない。

 明確な『一人の女性に対する関心』と、少しの熱い計算が宿る。


「やあ、竹取月詠さん。……こうして話すのは、これが初めてだね」


 慧は一歩近づき、宰相の子息らしい品の良い、耳元を撫でるような声音で囁いた。


「君のその瞳は……まるで、暗闇を照らす満月のように美しい」


 ――カシャッ


「え?」


 月詠の肩が跳ねる。

 だが、跳ねる前の決定的瞬間を、少し離れた位置にいた守部がスナイプした。

 因みに、青空と街並みを背に、神秘的な少年と平民の美少女が向かい合う、美しい一枚のイベントスチルだ。


「月詠さん。 私は君のことをもっと知りたいのさ」


 突然の甘い賛美の言葉。

 月詠の白い頰が、ぱっと熟したリンゴのように赤く染まる。


「え……っ! あ、ありがとうございます、暮小路くん……。そんな風に言われると、その……すごく、照れちゃいます……」


 彼女は恥ずかしそうに長いまつ毛を伏せながらも、裏表のない素直な微笑みを小さな唇に浮かべた。

 その反応に満足したのか、慧は穏やかな笑みを深くし、自然な口調で話題を続けた。


「ふふ、君は本当に素直な人だね。……そういえば、A組の午後の講義は魔術基礎論だっただろう? 最近、君が熱心に勉強していると風の噂で聞いたよ」

「あ……はい。まだまだ初心者なんですけど、少しずつ魔法の歴史や仕組みが分かってきて、なんだか楽しくて……」


 鷹揚に腕を広げ、宝石色の髪を靡かせる。

 歩く姿も気品に満ち、何より慧はよく知っていた。


「それは素晴らしい。魔術は奥が深いからね。もし分からないことがあれば、いつでも私に聞いてほしい。……図書室でも、あるいは、夏の林間学校の夜でもね」

「えっと、林間学校……。 暮小路くんも行かれるんですか?」

「もちろんさ。君がいるなら、とても有意義な行事になりそうだからね」


 滑らかに話す姿に、月詠はある意味で納得していた。


 守部が呼んだのではなく、暮小路が守部と綺羅星を通じて、自分をここに呼んだ。

 未来を担う若者たちの姿を記録する彼がいるのは当たり前だった。

 だから、月詠は彼を残して、暮小路と歩き始めた。



 撮影と確認を終えた守部は、独り言ちた。


「よし、初回スチル回収と関係構築の誘導完了だな」


 小さく頷き、魔導カメラの片付け作業に取りかかる。

 指先で魔法板の保存状態を確認し、レンズの埃をそっと拭き取って、専用の革ケースへと収めていく。


 ここで、予鈴のチャイムが遠くで鳴り響いた。

 

 慧と月詠は和やかな雰囲気で言葉を交わしながら、ゆっくりと屋上の出入り口へ向かう。


「そういえば……昨日は食堂で、東雲先輩たちとはどんなお話をされていたんですか? なんだか少し、揉めているように見えたので……」

「ああ、あのことかい? なあに、ただの他愛のない冗談だよ。先輩方が少し熱くなっていただけさ。君が心配するようなことは何もない」

「そうなんですね……よかった」

「そろそろ教室に戻ろうか。階段が少し薄暗いから、足元に気をつけて」


 守部が革ケースの留め具をパチンとハメる。

 その背中で、二人の穏やかで楽しげな会話と、並んで歩く足音が少しずつ階下へと遠ざかっていく。


 やがてバタン、と重い鉄扉が閉まる。


 カメラの片付けを完全に終えた守部が顔を上げる。

 先ほどまでの華やかな空気は嘘のように消え去り、風が吹き抜ける。


 広い屋上には、彼一人だけがぽつんと取り残されていた。


 革ケースを下げたまま、静まり返った屋上の扉をじっと見つめ、大きく息を吐く。


「こうして話すのは初めてだね――って。昨日、食堂で出会ってたじゃん!」


 誰もいない青空に向かって、渾身のツッコミを叫んだ。


 モブカメラマンの苦労は続く。

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