第14話 宰相の子
食堂の隅はヒリついた緊張感に包まれていた。
「――僕たちの邪魔をしないでくれ」
「後輩は大人しく順番を待ってろってこった!」
東雲暁、真昼剛、夕星律。
三人の上級生ヒーローたちは、オレの盾となった。
突然現れて「なぜ私を撮らない」とキレた1年の後輩・暮小路慧の追及からオレを守るように、立ちはだかってくれている。
(そういうのは、ヒロインを巡ってやれ?)
しかし、上級生三人による『カメラマン保護包囲網』を前にしても、暮小路慧は一歩も引かなかった。
彼はエメラルドグリーンの柔らかい髪を揺らし、知的な伊達眼鏡の奥にある黄昏色の瞳を細める。
いつもの穏やかな笑顔――なぜか今日は少し危うく見える冷たい笑みを浮かべて言い放った。
「――もういい。専属かどうかなどという不毛な議論はね。ただ、楽しそうで面白そうな話をしているなと、私は言っているんだよ」
オレの上を飛び越えて交差する美男子たち。
世界を闇に齎す六人目と、彼のみが月詠と同級生だ。
いや、そんなことはどうでもいい。
「その前に、なんでお前。個別の登場イベントなしでいきなり出てくるんだよ!」
オレの言葉に、慧の口角がわずかに深く上がった。
「学苑行事である林間学校の話だろう? ……この学苑の生徒である暮小路慧が、何故ここにいないと思ったんだい?」
これは宵坂を前にしても、確か思った筈だ。
それは、そう。
どうして登場イベントがないと、存在していないと思った?
宰相の子息らしい、気位が高く品の良い声音。
オレを、すべて見透かしているような、言い回しだった。
(落ち着け、オレ。これはトラブルという名のラッキーだ。暮小路慧のイベントスチルは、全六人中三位だ)
因みに二位が、例の魔界の王子。
帝国の方の王子は、六位。
彼は、オレを背中で護りながら、優雅に眉を寄せて一歩前へと出た。
「……なぜ1年の君がそんなに詳しいんだ、暮小路。まだ一般生徒向けには未発表のはずの、林間学校のイベント内容にまで」
五位の剛も、上級生として腕を組み、すぐに食いつく。
「そうだぜ! 1年の後輩のくせに、なんで先輩の俺たちより知ってんだよ! 抜け駆けは許さねえぞ!」
四位の律は、無言でラベンダーの髪をかき上げ、冷たい瞳で後輩を睨みつける。
三人は、生意気な後輩である慧に、宰相の息子に遠慮することはない。
深く詰め寄り、食堂の隅で容赦ない口論が始まった。
オレを賭けた戦い、らしいが。
(暁、剛、律……お堅い先輩方には悪いが、世界滅亡回避という『納期』を考えれば、暮小路を優先した方がいい。あとは、こいつをどう攻略ルートに組み込むか——)
その慧は先輩三人からのマウントを意に介す様子はない。
そして、困ったように微笑みながら静かに切り返した。
「ふふっ。私の持つ情報網は、先輩方が想像しているよりもずっと広いんだよ。……それにね」
流石は三位。
慧は伊達眼鏡のフレームを細い指先で押し上げ、涼しい顔で言葉を続けた。
「私がその気になれば、宰相家の権力を使って、その『林間学校』のイベント自体をキャンセルすることだってできるんだぞ?」
オレの肩が跳ねた。
――ピキッ。
同じく、先輩方も。
一瞬で、食堂の隅の空気が完全に凍りつく。
帝国宰相家の圧倒的な権力。
その片鱗を見せつけられ、オレを庇っていた威勢のいい三人組が言葉を失う。
オレも、同じく頭を抱えた。
(それは流石に……! 気に入らないからって学校行事ごと消し去る気かよ! もう、こっち側に引き込むしかない。ってか、モブのオレを権力闘争に巻き込むな!)
せっかくの夏のイベント
――月詠とヒーローたちのイベント
いーや、宵坂千秋と月詠を接近させる大チャンスだ。
オレは慌てて先輩たちの盾の間から顔を出し、仲裁に入った。
「まあまあ! 待てって、みんな! 慧もそう熱くなるなよ、林間学校の企画に混ぜてやるからさ! 夏のイベント、先輩も後輩もみんなで楽しめばいいだろ!?」
オレは何様なのか。
モブなんだが。ここにいるのは帝国の重鎮の子らなのだが。
案の定、暮小路慧は不機嫌そうな顔になった。
ふっと目を細め、興味深そうにオレを見下ろす。
「……混ぜてやる、か。君は面白い言い方をするね」
だが、——月下の約束 ~煌めく六つの星と、失われた月の姫~
ゲームシステムには、逆らえない。
シナリオになぞらえてしまえば、モブだって頑張れる。
「その代わりだ」
オレは、その『条件』を真っ向から突きつける。
「暮小路慧、明日だ。明日、昼休みになったら、校舎の屋上に一人で来い」
すると慧が虚をつかれたように目を瞬かせた。
そして、モブからの命令だ。
ヒーローのプライドからか、うろんな顔になった。
「……屋上に来い、だと? 守部弥彦、君はいったいどういう立場で私にそんな命令を……」
「これは決まりなんだ」
「は?」
だがオレも、譲らない。
「お前の『初回登場スチルの撮影』は、本来あそこなんだよ」
本来あるべき彼のためのイベントスチル。
正当なルートへ導くには、これしかない。
「――撮影? 守部家の」
「そうだ。この魔導カメラはそこでしか使わない」
「く……」
慧の表情がぴくりと動いた。
やはりこの男も、同じ。
公式の魔導カメラで『自分の最高の姿が記録される』という言葉に、隠しきれない独占欲と関心が湧き上がったらしい。
「暮小路慧。初登場のスチル、欲しくないか?」
慧はしばらくオレの瞳をじっと見つめ、品定めするように値踏みしていた。
だが……やがて毒気を抜かれたように、くすりと小さく笑った。
「ふむ……屋上での撮影、か。まあ、悪くない提案かもね。いいだろう。その挑戦、了解したよ、守部弥彦」
「挑戦……とかじゃないけど」
「明日の昼休みに行けばいいんだな」
「そ、そうだ。明日の昼休み、屋上だ。撮影の準備をしておく……」
(って! なんでモブカメラマンのオレが、ヒーローの登場イベントのフラグを直接誘導してんだよ!)
そんなツッコミを脳内で炸裂させた、そのときだった。
少し離れた明るい窓際のテーブルから、こちらに向けられる熱い視線を感じた。
振り返ると、綺羅星キラと仲良く昼食を楽しいでいた竹取月詠が、近くに立っていた。
「やば……」
サファイアの美しい長い髪が揺れる。
金色の大きな瞳も震えていた。
言葉は聞こえないが、『みんな、喧嘩しないで仲良くしてね……』とでも言いたげな、純粋で心優しきヒロインの眼差し。
その視線に、四人のヒーローが一斉に気付いた。
先ほどまで口論し、険悪に睨み合っていたはずの男たちの表情が、一瞬にして和らぐ。
東雲暁の、王子の仮面を越えた穏やかで優しい微笑み。
真昼剛の、真っ直ぐで嘘偽りのない熱い視線。
夕星律の、不器用ながらも不変を誓う静かな眼差し。
そして暮小路慧の、伊達眼鏡の奥で知性を光らせた、探るような魅惑の微笑み。
それぞれの胸に甘く切ない想いがよぎるらしい。
月詠は、そんな彼らの思いに気付いているのかいないのか、ふわりと可憐に微笑み返した。
オレはカメラをそっと構えながら、内心で呟いた。
(月詠次第ではある。さて、この夏の林間学校、誰がヒロインの隣を勝ち残るか……)
食堂の賑やかな喧騒の中で、オレの『観測者』としての夏は、ますます予測不能な方向へと動き始めていた。




