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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第一章 冴えないモブ転生

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第13話 イベント管理を担うモブ

 学苑の広い食堂は、昼休みを迎えた学生たちの熱気と喧騒に満ちていた。


 オレが昼食の載ったトレイを片手に空いている席を探していると、突然、背後から三つの巨大な威圧感が迫ってきた。


「守部くん、ちょっといいかい? 話があるんだ」


 金色の御髪が映える——東雲暁だ。

 穏やかだが絶対に有無を言わせぬ王子の笑顔で、オレの右肩をガシリと掴む。

 反対側からは、燃えるような赤毛——真昼剛だ。

 豪快に首元へ腕を回して、オレの身動きを完全に止める。

 背後からは、アンニュイな美青年——夕星律だ。

 ラベンダーな御髪の彼は、無言でオレの背中を押し出す。


 三人は、食堂の隅にある目立たないテーブルへとオレを強制連行した。


(ちょ! なんだよこのイケメン包囲網は!)


 離れた明るい窓際の席で、月詠と綺羅星キラが仲良くランチを食べている。

 広い食堂だが、この三人が集まる場所だけ、スポットライトが当たる。

 絶対に、あっちから見えている。


(何をやってんだ、こいつら……。あっちに行けって)


 オレは内心で激しく舌を打った。

 この暁、剛、律の三人組。

 実はゲーム内における『イベントスチルが圧倒的に少ない組』だ。

 スチル最多の宵坂先生ルートに注力している今、必要のない三人なのだ。


「ちょ……いきなり」


 モブのオレの力では抵抗が出来ない。

 あっさりと、テーブルに押し込められる。

 すると、暁が真っ先に不満げな微笑みを浮かべて、こう切り出してきた。


「最近、君は僕たちのところへあまり来ないね。僕たちの美しい瞬間も、君のその魔導カメラで全く撮られていない。……いったい、どうしたんだい?」


 朝靄の時に撮って、三人が揉み合いになってたのを撮った。

 だが——オレの中で最もイベントスチルが少ない男だ。


 次は剛。

 テーブルに両手をドンとついて、勢いよく噛みついてくる。


「そうだぜ! お前、剣道場じゃ俺のカッコいいところを最高に撮ってくれてたのに、最近全然顔を見せねえじゃねえか! どういうつもりだ!」


 月詠が剣道部に入ると言ったなら、もっと撮っただろう。

 いや——オレの中では東雲暁の次に、イベントスチルが少ない男。


 律は細い指でテーブルの木目をコツコツと叩きながら、低い不機嫌な声で言った。


「……僕も同感だ。最近、君に撮られていない。それに……月詠さんの様子も君は知っているはずだ。彼女は最近、どうしている?」


 そしてワースト三位。

 一番最初に月詠と接触した。

 オレの中では、脈ありだった——トップを知るまでは。


 三者三様の鋭い視線が、オレ一人に集中した。


(このナルシストなメインキャラどもめ。オレに撮られてない自覚を持ってたのかよ)


 プライドを傷つけられる予想以上の不満らしい。

 しかも、ちゃっかりヒロインの月詠の近況まで気にしている。


「あの……。オレはA組で、話があるなら……」

「守部くん。僕たちが二年だから……とか言うつもりはないよね?」


 王子様が笑いながら、怒っている。

 遠目にはじゃれ合っているように見えているらしい。

 月詠は気にせず食事を続けている。

 そして、その隣。ピンクのボブの少女のマゼンダの瞳がチラチラと動いている。


(そもそも、アドバイザーのせいだろっ。オレじゃなくて綺羅星に言え!)

 

 とは言え、だ。

 オレが目指しているのは、六人目の魔界の王子との結婚阻止。

 若しくは、世界滅亡の阻止。


 ゲームだがリアルだし、その後の人生は続く、と思われる。


「違うんですって! 次の大きな学苑行事の準備とかがめちゃくちゃ忙しくて! でも、みんなのカッコいいところは、オレの脳内にしっかり焼き付けてますから! 月詠さんも元気にやってますし!ただ……最近はちょっと、放課後は魔術の勉強に熱中してるみたいで」


 オレの言葉を聞いた三人は、顔を見合わせた。

 すると暁が、優しく、しかし真剣な熱を帯びた瞳で身を乗り出してくる。


「それなら、僕たちで何か協力できないか? ちょうど夏の合宿行事が近いだろう。君も僕たちと一緒に来て、そこで月詠さんの素晴らしい写真を……」

「そうだ! お前が撮りに行けないなら、俺たちが直接月詠のところに行ってやるぜ!」


 剛が熱血な拳を握り締め、律も静かに頷く。

 でも、オレに言われても、なのだ。

 オレは先生ルートを進めたいのだ。


 ……という裏の目的を隠しつつ、首を傾げて曖昧に笑った。


「いやぁ……月詠さんの気持ち次第だし? オレが無理に動いて、かえって逆効果になって嫌がられるかも? そのへん、うまく距離感を考えないと」


 ナンバーワン・ちょろヒーローの宵坂千秋に嫌がられたら、どうする。

 だが『嫌がられるかも』という言葉が刺さったのか、三人の間にピリッと微妙な空気が流れた。


 暁が柔らかく微笑みながら、「真昼君の勢いでは彼女が怯えるからね」と剛を牽制し、剛が「あんだと!? 俺の包容力が一番だろ!」と怒り返し、律が冷ややかに「二人とも迷惑だ。僕が一番静かに寄り添える」と冷笑する。


 三人は二年生で同級生。

 同級生ならではの容赦ないタメ口で、互いにバチバチとマウントを取り合い始める。


(やれやれ……。ワースト三位組は、マジでめんどくせぇな)


 オレは小さく息を吐く。

 言い争う三人から視線を逸らして、独り言ちた。


「本当に月詠次第なんだよな。特に、夏の肝試しイベントのペア決めとか」


 ――ピタッ


 その瞬間、激論を戦わせていた三人の男たちの動きが、止まった。

 言い合っていたはずの彼らが、まるで機械のように一斉に首を回し、オレの方をロックオンする。


「夏の、肝試し……?」

「月詠と、夜の暗闇で一緒に歩くのか……!?」

「……詳しく聞かせてくれ、守部。それはどういう行事だ?」

「あ……しまった! しまった……のか?」


 夏の合宿、林間学校は一年と二年が合同で行われる。

 三年生は、実は参加しない。

 逆に言えば、月詠たちには来年も夏イベントがある。


(その差でスチルの数……か? だとしても——って)


 いつの間にか、三人はオレの周りに座っていた。

 まるでオレを議長とする『夏の肝試し対策・作戦会議』。

 そういう姿勢を見ると、大人の心を持つオレとしては、なんだかかわいく見える。

 老婆心も生まれるというもの


(でも、ゴールするのは一人だぞ。 どうする)


 ◇


 結局、折れた。

 オレは仕方なく、彼らが知りたがっている夏の行事について説明を始めた。


「学苑主催の林間学校。真夏の避暑地にある別荘地で合宿するやつだ。昼はオリエンテーリングとか、飯盒炊爨とかあるらしいけど、メインのイベントは夜の森で行われる『肝試し』なんだよ」


 オレは一年生で後輩だが、ワースト三人への丁寧語を止めた。


 三人は気にしていない様子で、興味津々に目を丸くした。

 どうやら生徒会や教員サイドの企画だったため、一般生徒である彼らにはまだ正式な日程が明かされていなかったらしい。


「夜に先生が全員を集めて怪談話をしたら、肝試しスタート……って流れになる。男女のペアとか少人数のグループで暗い森を回るんだけど、公式記録係のオレは単独で自由に動き回れる特権があるから、みんなのいい写真が撮れそうかも」


 だけど、その時までの仲の良さで決まるのが、乙女ゲームのイベントだ。

 オレが説明をしたところで、何かが変わるのか、――ちょうどその時だった。

 背後から、ひんやりとした風のように、柔らかくも棘のある上品な声音が投げかけられた。


「へぇ。……随分と楽しそうで、面白そうな話をしているね」


 突然の声に肩が跳ねた。

 振り返った瞬間、オレの口から思わず素のゲーマーツッコミが漏れ出ていた。


「えっ!? なんでお前、個別の登場イベントなしでいきなり出てくるんだよ!?」


 そこに立っていたのは――五人目の星、暮小路慧(くれこうじけい)

 エメラルドグリーンの美しい髪を優雅に揺らし、細められた黄昏色の瞳で、氷のように冷たくオレを見下ろしている。


 知的な伊達眼鏡のフレームを細い指先で軽く押し上げ、穏やかだがどこか底知れない笑みを浮かべていた。


「何故、私がいないと思っているんだい……守部弥彦」


 帝国宰相の子息らしい、気位が高く品の良い声音で慧は言った。

 オレの秘密――あるいはこの学苑の構造そのものを探るような、心臓に悪い言い回しだった。


「そもそも、君は……何故、私を撮りに来ないんだ?」


 彼の周囲の空気が、一瞬で凍りついた。

 ついでにオレも。忘れてた……

 そして暮小路は、シンプルにブチギレていた。


 涼しい顔をしている宰相の子息だ。

 だが、自分だけカメラマンのファインダーから無視されていた。

 その事実に、明確な怒りのオーラを放っているのだ。


「わ……忘れてないですよ、勿論! これには深い事情というか……」

「……忙しいからという凡庸な言い訳は聞かないよ。君は他の奴らを撮っているのに、私だけを意図的に避けているだろう」


 一年の後輩であるはずの暮小路からの、容赦ない理詰めと冷たい威圧感。

 モブのオレがタジタジになっているのは、本当に忘れてたから。

 そして引き下がりかけた、その時だった。


「――おいおい。随分と気が短いじゃないか、暮小路」


 最初に動いたのは、王子様こと東雲暁だった。

 彼は立ち上がり、後輩である暮小路とオレの間へと優雅に割って入り、王子の笑みの中に上級生としての強い威厳を滲ませた。


「……え」

「彼は僕たち上級生の撮影や、学苑公式の仕事で忙しいんだ。1年の君が、僕たちの専属カメラマンをそんなに強い口調で責めてやるなよ」

「……東雲、先輩。専属というのは語弊があるのでは? 守部の仕事は——」


 不快げに眉をひそめる暮小路に対し、今度は真昼剛が豪快に笑いながらドンと大きな背中でオレを庇った。


「がははっ! 男なら細かいことでガタガタ言うなよ、暮小路! 守部は俺たちとの大事な『林間学校の作戦会議』の最中なんだからよ、後輩は大人しく順番を待ってろってこった!」


 そして、最後列から夕星律が静かに立ち上がる。

 ラベンダーの髪をかき上げながら冷たい視線を後輩へと落とした。


「……彼を責めるのは筋違いだね、暮小路くん。君に魅力がないから撮らない――ただそれだけの話じゃないのかな。僕たちの邪魔をしないでくれ」


 ――バチバチバチバチッ!!


 上級生三人(暁・剛・律)と、傲岸不遜な後輩(暮小路慧)との間で、目に見えない強烈な火花が散る。


(これは……オレを巡って、ヒーロー四人が争っている……! って、どんな状況だよ!)

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