第11話 尋問の教室
別棟の教室に移動して行われた午後の特別授業。
その担任として教壇に立ったのは、至って普通の、名前すら覚えられないようなモブ教官だった。
『特別』という名目だった割には、講義の内容もこれまた驚くほど平凡でつまらない話を聞かされた。
オレは教室の最後列で、首から下げた魔導カメラを指先でいじりながら、内心で長いため息をついた。
(なんだよ、『特別授業』なんていうから、てっきり新たな重要イベントの発生かと思って期待したのに……)
だとしても、だ。
暁、剛、律のセカンドイベントの撮影に成功した。
ちょろヒーローもとい、宵坂千秋の初出写真もゲットした。
結果は、上々
チャイムが鳴り終わり、生徒たちはそれぞれの荷物を持った。
ホームルームがある、本来のA組の教室へと戻り始める。
「どうやら、今日はもうこれ以上のイベントスチルはなさそうだな」
オレは、ぽつりと独り言ちた。
いつものように目立たないよう、皆の後ろを一人で歩こうとしていた。
――その渡り廊下の途中のことだ。
オレの背中を、明るい声が呼び止めた。
「守部くん、ちょっと待って!」
振り返ると、綺羅星キラが小走りで近づいてきた。
ゆるふわボブを軽く跳ねさせ、マゼンタの瞳を好奇心で輝かせている。
少し後ろには、月詠が控えめに立っていた。
そんなキラは、オレの顔をじっと見つめながら、ストレートに切り出してきた。
「ねえ、守部くん。さっきの特別授業の前、廊下で宵坂先生を撮影してたよね? どうして先生を撮ったの?」
オレは一瞬、言葉に詰まり、冷や汗が背中を伝った。
(……見られてたのか! いや、まぁ。シャッター音で気付くか)
『世界を滅亡から救うための乙女ゲー攻略』
だなんて本当のことは言えるわけもない。
そも、その行為はオレのモブ設定やら、ゲーム内の守部設定から、大きく逸脱している。
だから、知られてはいけないような気がした。
「撮ってたっけ……?」
曖昧に言葉を濁しながら歩き出す。
すると、キラは月詠と並んで歩きながら、さらにオレの顔を横から覗き込み、執拗に追及してきた。
「撮ってた! で、なんで?」
「いや……だから、そういう役目なんだって」
適当な言葉で誤魔化そうとするが、キラは引き下がらない。
「そういう役目……。守部の、ねぇ」
意味深に目を細めるキラのペースに飲まれ、結果としてオレが逃げるように先頭を歩く。
二人が後ろからついてくるという少し不自然な陣形で、本館のA組の教室へと戻る。
終礼を終えた教室では、生徒たちが帰り支度を始めている。
月詠とキラも、それぞれ自分の席でかばんをまとめ始めた。
オレも自分の席に戻り、カメラの革ケースを軽く確認しながら、心の中でニヤリとほくそ笑んだ。
(……さっきは運が良かった。廊下で撮った宵坂先生のスチル、ばっちりメロい画が撮れたし。 ヒロインの前で出現しないと、いないみたいなもんだし。そして、宵坂ルートは、イベントスチルの枚数が圧倒的ナンバー1。多分、コンプしてるんじゃないか? これで月詠がちょろ先生とくっつければ、世界滅亡は避けられる……。で、オレは適当に卒業して、戦争なんてない平和な世界で、第二の人生を謳歌できる!)
早く暗室に行って今日の成果を現像しようと、オレはカメラを首から下げたまま、ご機嫌で席を立った。
そそくさと教室の扉に手をかけた、――まさにその瞬間だった。
「守部くん、待ってってば!」
後ろから、背筋が冷たくなるような声に再び呼び止められた。
振り返ると、綺羅星キラが月詠を引き連れて、またしてもオレの前へと立ちふさがったのだ。
マゼンタの瞳を興味津々――
いや、今回は違う色に輝かせていた。
どこか逃げ道を塞ぐような捕食者の目だ。
「ねえ、さっき廊下でした質問、まだちゃんと答えてもらってないよ? 授業の前に宵坂先生をわざわざ撮影した理由、教えて?」
オレは内心で小さく天を仰いだ。
(……ダメだ、完全に逃げ道が封じられた! 主人公とアドバイザーって、この二人に囲まれると、モブに逃げ場がない……。ってか、モブなんだから放って置けよ)
教室の重い扉に手をかけたまま、オレは顔筋を引きつらせてなんとか営業スマイルを作った。
「い、いや……本当にただ、先生の佇まいというか、雰囲気が印象的だったから、記録として撮っておかないとなと思って……」
その苦し紛れの言い訳に、キラはますます目を細めてオレを見つめてきた。
普段の無邪気な女の子としての顔の裏側に、時折ふとのぞく冷めた査定人のような観察眼。彼女は一歩にじり寄る。
「まぁね。守部くんの役目は、あたしも知ってるよ。学院の公式カメラマンとして、みんなのいいところや思い出を撮るんでしょ? でもさ……宵坂先生だよ?」
キラは、言葉の語尾をことさら強く強調した。
「――『先生』だよ?」
その刺すような言葉のニュアンス。
後ろで控えていた月詠が、ビクッと肩を揺らし、少し驚いた顔をした。
「せ・ん・せ・い! 先生と生徒!」
「え……? キラちゃん?」
するとキラは、オレから月詠の方へとくるりと向き直り、いつもの親友らしい明るい、にこにことした顔へと戻ってからかい始めた。
「だってさ! あたしも『学園生活なんだから恋愛しよ! ばんばん進めよ!』とは言ったけどさぁ。流石に相手が先生ってのは、コンプライアンス的に……ねぇ、月詠? ……ん? 月詠?」
同意を求めようとしたキラが、ふと眉をひそめる。
月詠の様子が、どこかおかしいことに気づいたのだ。
彼女は何かぼんやりとした顔をしていた。
――まるで熱にあてられて呆けているようにも見える表情で、虚空を見つめていた。
「月詠? どうしたの、そんな顔して?」
顔の前でパタパタと手を振られ、月詠はハッとして我に返ったように肩を跳ねさせた。
サファイアブルーの髪を揺らし、顔を真っ赤にして慌てて首と両手をブンブンと横に振る。
「ち、違うよ! 全然そんなことないからね!?」
「え〜? 月詠、もしかしてあの不良っぽくて危なそうな先生に、ちょっと興味あったりするの〜?」
「そっ、そんなんじゃないってば……! 誤解しないで!」
月詠はさらに慌てて否定したものの、やがて少しだけ金色の瞳を俯かせた。
そして、もじもじと指先を合わせながら呟いた。
「……ただ、その……宵坂先生って、とても魔術にお詳しい方なんでしょ? だから、私も何か、魔法のことをいろいろ教えてもらえないかなって……思っただけで……」
その反応に、キラは「へぇ〜!」と面白がるように目を輝かせた。
「ふふっ、月詠ってば、意外と積極的だね〜!」
「だから、そういう不純な理由じゃないって……!」
「だったらさ! 『魔術研究部』の部室に顔を出してみるのはどう? 宵坂先生が顧問をやってるから、部活に入れば、特別に色々教えてくれるかもよ?」
その提案に、月詠は耳の先までほんのりと桜色に染めながら、小さく頷いた。
「……うん。少し……考えてみるね」
二人のやり取りを目の当たりにし、オレの心臓は劇的なドックンという音を立てた。
背中を冷や汗が伝うが、それは焦りからではない。
圧倒的な『歓喜の戦慄』だった。
(ヒロインの月詠が、自ら進んで先生ルートに興味を持ち始めたぞ……!? あれか? やっぱ、コンプラとかないのか? 序盤から本命ルートのフラグが立つなんて予想外すぎるが……これは世界を救うための、とんでもない僥倖の展開だ)
圧倒的なスチル量を誇る最イージーな男、宵坂先生。
このまま月詠が魔術研究部に入り、先生ルートに突入してくれれば、1年後の世界滅亡、正確には六人目のヒーローと結ばれるルートが閉じる。
竹取月詠が二年の終わりに、とあるイベント発生する。
いわゆる、告白イベントだ。
そこで結ばれると、なんと。そのまま学生結婚をしてしまう。
どうせ学生結婚なら、そんなの待つ必要はない。
オレは内心でガッツポーズを決める。
夕暮れの沈みかけた光が差し込む廊下を歩きながら、オレはカメラを軽く握り直す。
「魔術研究部……か」
「お。月詠、ノリノリだね」
――そして、チラリと斜め前を歩くキラの横顔に視線をやった。
(……それにしても、ゲームアドバイザー役の綺羅星キラ……か。ただの明るいサポートキャラかと思ってたが、さっきの『先生だよ?』の言い方といい、どこか冷めた目といい……あいつ、なんかありそうだな)
平和に見える学園観測ライフの裏側。
何かの歯車が、回っているような気がした。
ま、ゲームの強制力、そんなとこだろう。




