第9話「戻ったもの、残ったもの」
笑いが、途切れる。
「……あは」
リクの手が、触れている。
「……戻って」
小さく言う。
ミナトの呼吸が、乱れる。
「……あ、あ……」
声が、引っかかる。
視線が、揺れる。
「——今だ」
ヴァルが低く言う。
「離すな」
リクは頷く。
「……大丈夫」
もう一度、言う。
ミナトの目が、ゆっくりと合う。
「……りく……?」
空気が止まる。
「……うん」
リクが答える。
ミナトの表情が、少しだけ戻る。
笑っていない。
ちゃんと、見ている。
「……ここ……」
周囲を見る。
「……なんで……」
言葉が、戻る。
息を吸う。
「……ああ……」
小さく、目を閉じる。
そして、
ゆっくり立ち上がる。
足は、少しだけ遅れて動く。
それでも、
崩れてはいない。
「……戻ったか?」
ヴァルが言う。
ミナトは、少しだけ首を傾ける。
「……うん」
答える。
でも、そのあとで。
視線が、リクに戻る。
一瞬だけ、止まる。
「……でも」
小さく呟く。
「今、怖かったでしょ」
リクが、固まる。
「……え?」
ミナトは、静かに続ける。
「触ったとき」
「“戻らなかったらどうしよう”って思った」
沈黙。
ヴァルが、眉をひそめる。
「……は?」
ミナトは、気にしない。
ユエを見る。
「君は、止めたかった」
「でも、止めたら面白くないと思った」
ユエの目が、わずかに細くなる。
「……よく見てるね」
ミナトは、少しだけ笑う。
今度は、ちゃんとした笑いだった。
でも、
どこか、正確すぎる。
「……見えるから」
小さく言う。
「前より、ずっと」
沈黙。
フィラだけが、動かない。
「……残ったね」
誰にも聞こえない声で言う。
ヴァルが舌打ちする。
「……気持ち悪ぃな」
「でも動けるならいい」
ミナトは、頷く。
「……行くよ」
自然に言う。
その言い方は、
まるで最初からそうだったみたいに滑らかだった。
リクが、少しだけ笑う。
「……よかった」
ミナトは、何も言わない。
ただ一瞬だけ、
視線を落とす。
その奥で、さっきの笑いだけが、まだ残っていた。




