■第10話「美しいかどうか」
レッスン室の前で、ヴァルが足を止める。
「……なんでここ来てんだよ」
誰に言うでもなく吐く。
リクがドアを軽く押す。
中は、何もない。
広いだけの空間。
「レッスン?」
リクが言う。
ユエは壁にもたれる。
「呼ばれたからでしょ」
「理由になってねぇよ」
ヴァルが返す。
少しだけ間が空く。
誰も動かない。
そのとき。
後ろから扉が開く。
フィラが入ってくる。
その後ろに、ミナトがいる。
「待たせたね」
軽く言う。
ヴァルが振り返る。
「……なんでいんだよ」
ミナトは、少しだけ目を逸らす。
「今日から、一緒に入る」
フィラが先に言う。
それだけ。
リクが笑う。
「へえ」
ユエは何も言わない。
ヴァルが舌打ちする。
「……意味わかんねぇ」
フィラは続けない。
「任せたよ」
それだけ言って、外に出る。
残るのは、四人。
ミナトが小さく言う。
「……よろしく」
誰も返さない。
その瞬間。
音が鳴る。
さっきまで空だった部屋に、
人がいる。
気づいたときには、
もう動いている。
音に合わせて、
全員が同じタイミングで動く。
揃っている。
「違う」
「そこ、揃ってないわよ」
「足りない」
「美しくないわよ」
声が落ちる。
ヴァルが小さく言う。
「……うるせえな」
「おっさん」
一瞬、空気が止まる。
ヴァルが眉を寄せる。
「……あ?」
声は高い。
でも、低く落ちる。
細い指が動く。
骨ばっている。
髪は長い。
でも、
喉が動く。
ヴァルが言う。
「……どっちだよ」
リクが言う。
「女の人でしょ?」
ユエが言う。
「いや、明らかに男でしょ」
誰も納得しない。
指導者は気にしない。
「違う」
「刻むのよ」
「足りない」
繰り返す。
ヴァルが言う。
「何見てんだよ」
リクが言う。
「揃ってるよ」
「揃ってるだけだろ」
ヴァルが返す。
ミナトが言う。
「今、“証明しようとしてる”」
「何をだよ」
「分からせたいんだと思う」
ユエが小さく言う。
「……見えてるよ」
その瞬間。
音は変わらない。
動きも同じ。
でも、
合っていない。
同じタイミングなのに、
全員少しずつズレて見える。
ヴァルが止まる。
「……なんだよこれ」
リクは笑う。
「綺麗だよ」
ミナトが言う。
「今、“分からない”って思ってる」
指導者が、止まる。
初めて。
視線が揺れる。
そのまま、
リクに止まる。
「いいわ」
「あなたは、そのままでいい」
リクが言う。
「ほんと?」
軽い。
ヴァルが言う。
「……は?」
視線が動く。
今度は、ヴァルに止まる。
ゆっくり近づく。
「かわいいわね」
ヴァルが固まる。
「は?」
「そういうの」
「崩したくなるのよ」
距離が詰まる。
「個人で見てあげる」
「直してあげるわ」
ヴァルが一歩下がる。
「いや、いい」
短く言う。
間。
リクが言う。
「いいじゃん」
「特別ってことでしょ」
軽い。
ユエは何も言わない。
ただ、見ている。
ミナトが言う。
「今、“触られたくない”って思ってる」
「思ってねぇ」
ヴァルが言う。
でも、
もう一歩下がる。
背中が壁に当たる。
逃げ場がない。
指導者は、近づく。
誰も、動かない。
ユエが、小さく言う。
「……そうなるよね」
少しだけ笑う。
リクが言う。
「大丈夫だよ」
「綺麗にしてくれるんでしょ」
軽い。
ヴァルは、何も言えない。
ミナトが言う。
「今、“逃げられない”って思ってる」
「思ってねぇ」
でも、
動かない。
音は、続いている。
誰も止めない。
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