第7話 「触れても戻らない」
扉の前で、空気が止まっていた。
中から、笑い声が滲んでいる。
「……あは」
「……さっきからだろ」
ヴァルが、低く言う。
「近づくほど、変になってる」
リクは、何も言わない。
ただ、扉の向こうを見ている。
「……いるね」
「中に」
ユエが、わずかに目を細める。
「見えてないのに、分かるんだ」
「……あれ、まだいる」
フィラが、小さく呟く。
「崩れかけてる」
沈黙。
笑い声が、少しだけ近くなる。
「……あは」
リクが、扉に手をかける。
「……行く」
「待て」
ヴァルが、短く止める。
それでも、リクは止まらない。
扉を押す。
中は、思ったより普通だった。
廊下が続いているだけ。
でも、音だけが、ずれている。
「……あは」
奥に、人がいた。
笑っている。
顔は向いているのに、どこも見ていない。
「……これが?」
ヴァルが、眉をひそめる。
「壊れかけ」
フィラが答える。
「もう、ほとんど残ってない」
リクが、ゆっくり近づく。
「……ねえ」
「大丈夫?」
手を伸ばす。
「——触んな」
ヴァルが、すぐに腕を掴む。
「崩れてる」
「戻らねぇぞ」
「……あは」
笑いが、わずかに揺れる。
リクは、手を引かない。
「戻れるよ」
触れる。
ミナトの肩が、震える。
「……あ」
声が漏れる。
笑いが、途切れかける。
「……見えてる?」
リクが、静かに言う。
一瞬だけ、
ミナトの視線が揺れる。
「……あ、あ……」
言葉にならない音。
戻りかける。
「——今だ」
ヴァルが低く言う。
「引き戻せ」
ユエが、少しだけ首を傾ける。
「……そこまでだね」
「それ以上は、崩れる」
ミナトの顔が歪む。
戻りかけた形が、崩れていく。
「……あは」
笑いが戻る。
さっきより、少しだけ壊れている。
リクの手が、止まる。
「……なんで」
小さく、呟く。
「触れたのに」
「違うよ」
フィラが言う。
「同じじゃない」
リクは、自分の手を見る。
何も変わっていない。
それでも、
何かだけが、決定的に違っていた。
「……チッ」
ヴァルが舌打ちする。
「だから言っただろ」
「関わるなって」
ユエが、静かに言う。
「面白いね」
「触れても、戻らない」
「そういう壊れ方か」
沈黙。
ミナトの笑いだけが残る。
「……あは」
リクは、何も言わない。
ただ、その場に立っていた。
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