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第九章 地図の最深部


 その夜、アルカディアからデータが届いた。


「地球の評価材料として共有します」


 タイトル:「文明の地図」。


 画面に広がったのは、宇宙規模の文明の分布図だった。全ての知的文明にカラーが付いている。


 緑:選別通過済み。

 青:評価中。

 黄:制限措置下。

 灰:消滅。


「灰が多い」と甚之助が言った。


「知的文明の七十パーセント以上が、消滅しているか制限下にある」とヨーコが言った。「地球は——青だ」


「近くの緑は?」


「一番近い緑はオムニア。その次はかなり遠い」



 地図の最深部に——別のファイルがあった。


 ファイル名:「例外記録」。


 複数の消滅文明の記録が並んでいた。制限後ではなく——何かに干渉されて消滅した文明たちだ。


 その中の一つが目を引いた。


「文明Ω-17。三百年前、選別評価直前まで進んだ文明だ。評価の途中に——高い知性を持つ個体が現れた。その個体が調整者との対話を通じて文明に新しい方向性を示した。それが評価通過に繋がった」


「でも灰色だ」と甚之助が言った。


「通過した後、百年後に消えた。理由は——その個体が文明から切り離され、別の段階に進んだことで、文明内のバランスが崩れた」


 三人が沈黙した。


「これをアルカディアは意図的に見せた」と駿は言った。「メッセージがある」


「ヨーコが地球から切り離されることが——地球にとってのリスクになる」


「脅しか?」


「事実を見せている。でも——」


「結論は同じだ」とヨーコが言った。「私は行かない。でもアルカディアがこれを見せた意図は、もう少し考える必要がある。評価者が評価対象に評価基準を教えるのは——通常のプロセスじゃないはずだ」


「アルカディアが規則を曲げてる?」と甚之助。


「あるいは——アルカディア自身が、何かに揺らいでいる」



 夜中に一人で起きていたヨーコが、地図の最深部を再び開いた。


 例外記録の最後のページに——一行だけ、他とは違う書き方がされていた。


【調整者注記:本記録は私が直接担当した評価である。文明Ω-17の消滅に私の判断が関与していた可能性を否定できない。高知性個体との接触が、評価の中立性を損なった可能性がある】


「……ずっと持ってたんだ、これを」


 アルカディアが——自ら担当した文明の消滅を、後悔している記録だった。


 眼鏡を外して目を押さえた。


(孤独か?と聞いた時のあの顔)


 少しだけ——何かが揺れた。


(駄目だ。あれは評価者だ)


 でも——あの瞬間のアルカディアの顔は、感情を引き出そうとする者の顔じゃなかった。


 本当に、戸惑っていた。


(面倒な相手だ)


 ヨーコはそう思いながら——もう一度、端末を開いた。


 地図のさらに奥に、もう一つデータがあった。


 開く。


「……え?」


 それは——調整者の選別評価基準が詳述されたファイルだった。


 その中の一節。


【文明を救う可能性を持つ個体の特徴:既存の思考体系を超えた論理構造を持ち、感情と知性の両立を可能とし、かつ——他者の孤独を問うことができる存在】


「……」


(他者の孤独を問うことができる存在)


 昼間、自分がアルカディアに聞いたこと。


(孤独か?と)


「まさか」


 端末を閉じた。開いた。また閉じた。


(アルカディアは——最初からこれを待っていたのか?)


(それとも——本当に偶然なのか?)


 わからない。でも——一つだけわかることがあった。


(私は——この基準の記述と、一致している)


 その事実を、今夜——誰にも言えなかった。


 駿に言うべきかどうか。


 窓の外の地球が、静かに輝いていた。


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