第九章 地図の最深部
その夜、アルカディアからデータが届いた。
「地球の評価材料として共有します」
タイトル:「文明の地図」。
画面に広がったのは、宇宙規模の文明の分布図だった。全ての知的文明にカラーが付いている。
緑:選別通過済み。
青:評価中。
黄:制限措置下。
灰:消滅。
「灰が多い」と甚之助が言った。
「知的文明の七十パーセント以上が、消滅しているか制限下にある」とヨーコが言った。「地球は——青だ」
「近くの緑は?」
「一番近い緑はオムニア。その次はかなり遠い」
◆
地図の最深部に——別のファイルがあった。
ファイル名:「例外記録」。
複数の消滅文明の記録が並んでいた。制限後ではなく——何かに干渉されて消滅した文明たちだ。
その中の一つが目を引いた。
「文明Ω-17。三百年前、選別評価直前まで進んだ文明だ。評価の途中に——高い知性を持つ個体が現れた。その個体が調整者との対話を通じて文明に新しい方向性を示した。それが評価通過に繋がった」
「でも灰色だ」と甚之助が言った。
「通過した後、百年後に消えた。理由は——その個体が文明から切り離され、別の段階に進んだことで、文明内のバランスが崩れた」
三人が沈黙した。
「これをアルカディアは意図的に見せた」と駿は言った。「メッセージがある」
「ヨーコが地球から切り離されることが——地球にとってのリスクになる」
「脅しか?」
「事実を見せている。でも——」
「結論は同じだ」とヨーコが言った。「私は行かない。でもアルカディアがこれを見せた意図は、もう少し考える必要がある。評価者が評価対象に評価基準を教えるのは——通常のプロセスじゃないはずだ」
「アルカディアが規則を曲げてる?」と甚之助。
「あるいは——アルカディア自身が、何かに揺らいでいる」
◆
夜中に一人で起きていたヨーコが、地図の最深部を再び開いた。
例外記録の最後のページに——一行だけ、他とは違う書き方がされていた。
【調整者注記:本記録は私が直接担当した評価である。文明Ω-17の消滅に私の判断が関与していた可能性を否定できない。高知性個体との接触が、評価の中立性を損なった可能性がある】
「……ずっと持ってたんだ、これを」
アルカディアが——自ら担当した文明の消滅を、後悔している記録だった。
眼鏡を外して目を押さえた。
(孤独か?と聞いた時のあの顔)
少しだけ——何かが揺れた。
(駄目だ。あれは評価者だ)
でも——あの瞬間のアルカディアの顔は、感情を引き出そうとする者の顔じゃなかった。
本当に、戸惑っていた。
(面倒な相手だ)
ヨーコはそう思いながら——もう一度、端末を開いた。
地図のさらに奥に、もう一つデータがあった。
開く。
「……え?」
それは——調整者の選別評価基準が詳述されたファイルだった。
その中の一節。
【文明を救う可能性を持つ個体の特徴:既存の思考体系を超えた論理構造を持ち、感情と知性の両立を可能とし、かつ——他者の孤独を問うことができる存在】
「……」
(他者の孤独を問うことができる存在)
昼間、自分がアルカディアに聞いたこと。
(孤独か?と)
「まさか」
端末を閉じた。開いた。また閉じた。
(アルカディアは——最初からこれを待っていたのか?)
(それとも——本当に偶然なのか?)
わからない。でも——一つだけわかることがあった。
(私は——この基準の記述と、一致している)
その事実を、今夜——誰にも言えなかった。
駿に言うべきかどうか。
窓の外の地球が、静かに輝いていた。




