第七章 旗艦を止めろ
「変調プロトコル、実装完了」
三十二分後、ヨーコが通信で告げた。
「サーバーの量子状態を変調済み。バロス連合が収集を試みても——取得できるのは偽データだけになった」
「よくやった」と駿の声。
「問題は時間だ。旗艦のシステムが偽データを検出したら——」
「その前に旗艦に諦めさせる」と駿。「偽データを掴んだ瞬間、向こうは確認のために量子受信機をフル起動する。その瞬間——受信機の発する量子通信が最大になる。甚之助の量子痕跡スキャナーで捉えれば、受信機の物理的な座標が特定できる」
「特定して?」
「EDFに渡す。精密砲撃で受信機だけを破壊してもらう」
「少佐、聞こえるか?」
「聞こえてる」と少佐の声。「精密砲撃は得意分野だ。座標さえくれれば」
「甚之助、スキャナーは?」
「旗艦が量子受信機をフル起動した瞬間を待ってる。あと——たぶん二分以内に来る」
一分十七秒後。
「来た! 量子通信の極大信号——座標、少佐に送る!」
「受け取った。砲撃、開始——」
宙域の遠く、旗艦の方向に——光の閃光が見えた。
◆
量子受信機が破壊された。
旗艦が動きを変えた。先遣艇への撤退命令が発信された。
「退いてる」とヨーコが確認した。
「……退いたか」と甚之助がため息をついた。
一時間後、バロス連合艦隊は防衛圏を離脱した。
◆
だが——問題が残った。
「変調プロトコルを使ったことで、研究センターのサーバーに外部アクセスの痕跡が残った」とヨーコが言った。「EDF解析チームが調べれば——誰がプロトコルを実装したか、ある程度わかる」
「正体バレか」と駿。
「まだそこまでは行かない。でも——解析が進めば、「アマテラス」の学生の中に高度なハッカーがいる、という結論には辿り着く。候補者を絞られる」
「白峰さんに頼む」と駿は言った。「保護指定の申請を急いでもらう」
「わかった」
◆
格納庫に戻ると、アルカディアがいた。
「見事でした」と言った。
「観察していたのか」と駿。
「はい。格納庫から全部見ていました」
「なぜ助けなかった?」
「評価中です。介入したら評価にならない」
「今回の独断行動は——あなたの想定外だったか?」
「……はい。バロス連合がここまで焦るとは思っていなかった」とアルカディアは言った。「あなた方が予想より速く、予想より深く理解しているからだと思います」
視線が動いた。ヨーコを、見た。
「特に——あなたの理解の速さは、想定外でした。白坂陽子さん」
「明日、二人で話す機会をいただけますか」
駿が前に出た。「なぜ二人で」
「話の内容に関係があります。必要な人間にだけ話すことは——あなた方もやっていることではないですか」
駿が返せなかった。
「……いいです」とヨーコは言った。
「ヨーコ——」
「私が判断する」
駿は、何も言わなかった。
目の中に、何かが走った。
アルカディアはそれを見ていた。静かに——微笑みながら。




