第二章 バロス連合、最大の侵攻
平穏は三日で終わった。
「バロス連合の艦隊が接近中」
ヨーコの声に、眠気は一切なかった。午後二時。講義の合間だった。
「規模は?」と駿が即座に立つ。
「大型三隻、中型十一隻、小型多数。今まで最大の侵攻規模だ。でも——」
「でも?」
「進行方向が変だ」
画面に三次元の宙域マップが広がった。バロス連合艦隊の進路は——地球でも「アマテラス」でもなく、一点に向かっていた。
「木星の第四衛星軌道上。EDFの遠距離観測施設がある。対宇宙人センサー網の中継拠点だ」
駿がすぐに理解した。「センサー網を潰す。盲目にしてから次を仕掛ける」
「あの施設が落ちたら早期警戒システムが大幅に低下する。次の侵攻に気づくのが遅れる」
「EDFは守れるか?」
「厳しい。施設はセンサー特化で防衛能力が低い。EDFは他でも複数の脅威対処中だ」
甚之助が腕を組む。「三人で宇宙艦隊に対処するのか?」
「正面からは無理だ」と駿。「施設を守る必要はない。破壊させなければいい」
「どういうことだ」
「施設が目的なら——施設を動かせばいい」
◆
クロス少佐への通信が一分で繋がった。
「施設の量子データを全部「アマテラス」のサーバーに移送する」と駿は言った。「空の建物を破壊させればいい。データと機能が生きていればセンサー網は再建できる」
「……データ移送には高速量子回線が要る。施設から直接は——」
「俺たちが中継する。ガルダ号で中間点に位置して量子中継器を展開する」
「移送に必要な時間は?」と少佐。
「四十二分」とヨーコは即答した。「バロス連合到達まで四時間。マージンは十分にある」
「……お前たちは毎回、俺を驚かせる」
「驚いてる場合じゃないです」
「わかった。施設側に話を通す」
◆
ガルダ号が「アマテラス」を出た。
甚之助が今回初めて実戦投入した「量子カモフラージュ・コア」——船体の量子状態を微変動させてセンサーに正確な位置を捉えさせない装置——が、バロス連合の広域スキャンをすり抜けた。
「中間点到達。量子中継器、展開開始」
直径二メートルの皿形アンテナが四本、空間に向けて開く。
「施設と接続——繋がった。データ移送、開始」
四十二分のカウントダウン。
問題が起きたのは、十七分後だった。
「バロス連合の先遣小型艇が分離した。こっちに向かってる。三機」とヨーコが言った。
「転送は?」と駿。
「四十パーセント。完了まで二十五分かかる」
「先遣艇の到達は?」
「十一分」
間に合わない。三人が瞬時に判断した。
「俺が引きつける」と駿は言った。
「一人で?」と甚之助。
「宇宙服で出る。強化スーツにスラスターを展開して三機を誘導する。お前たちが転送を守れ」
「駿」とヨーコが言った。「リスクは」
「強化スーツの酸素が四十分。引きつけが長引くと——」
「転送完了前に戻れなくなる」
「最悪その可能性がある」
ヨーコが一秒、目を閉じた。
「……三十分で戻れ。それ以上なら全部止めて迎えに行く」
「施設データは?」
「お前の方が大事だ」
駿が少し止まった。
「……そういうことを言うな」
「事実だ。早く行け」
◆
宇宙空間の静寂。
スーツ越しに聞こえるのは自分の呼吸だけ。視界の端に地球、反対側に木星の縞模様。
先遣艇三機が反応した。こちらを捕捉している。
(来い)
ガルダ号から距離をとる。転送が続く間、近づかせない。
一機がエネルギー弾を放った。駿が体を捻る。弾は通り過ぎた。宇宙空間では音がない。衝撃波だけがスーツを揺らす。
二機目が側面から。体を横に蹴り出す。スラスターが逆噴射する。弾が足元をかすめた。
三機目——
(上下の概念は宇宙空間には存在しない。でも奴らは船首方向を「前」として動く。つまり次は)
全力で「下」へ逃げた。
三発が同時に来た。
うち一発が——左肩を直撃した。
装甲が砕ける音。衝撃が腕を走る。左手の感覚が消えた。
「っ——」
「転送六十パーセント。十六分で完了できる。耐えて」とヨーコの声が来た。
「耐える」と駿は言った。左腕を動かす。動く。骨は無事だ。
(あと十六分)
駿は、笑った。誰も見ていない宇宙空間で、一人で。
(これが、俺の戦い方だ)
再び飛び出した。




