第十五章 ヒーローの定義
「アルカディアが選別委員会に騙されていたとしたら——」と甚之助が言った。
「構造が変わる」とヨーコ。「調整者と対話することが——委員会への対抗手段になりうる」
「どういうことだ?」
「アルカディアは選別委員会の代理人として来た。でも委員会の計画の全容を知らされていなかった。その事実をアルカディア自身が確認できれば——申立の内容を変えられる。ヴィアルカの不正だけじゃなく、委員会の計画そのものの正当性を問える」
「証拠が必要だ」
「ライのデータがある。委員会の通信記録がある。あとは——アルカディア自身が、委員会に疑問を持つかどうか、だ」
「疑問は持ち始めてる」と駿は言った。「さっきの顔を見た。あれは本物だった」
◆
その日の午後、アルカディアが駿に話しかけてきた。
「一つ、お礼を言いたい」
「何が?」
「あなたが言ったことを——ずっと考えていました」
「俺が言ったこと?」
「見捨てる覚悟がない、でも、それを選ぶ——という言葉です。Ω-17の時、私は彼女に計算上の最善を提示した。でも——彼女の感情は残ることを望んでいた。私はそれを計算として処理した」
「見捨てる覚悟を、彼女に持たせた」
「そうです。あなたはそれを選ばない。見捨てないで傷つくことを選ぶ。私はずっとそれを——合理的でないと思っていた」
「今も?」
「今は——わかりません」とアルカディアは言った。「でも——少なくとも、間違いではないかもしれない、と思えるようになった」
◆
「だとすれば」と駿は言った。「お前の選別の論理も——見直せる余地がある」
「……そうかもしれません」
「お前が言っていた。守る価値のある者だけを残す。でも——価値は誰が決める? 計算が完璧でないなら——価値の判定も完璧でないはずだ」
「その通りです」
「なら——選別そのものが、誤りを含む可能性がある」
「……含みます」
「誤りを含む判断で、文明の存続を決める。それは——お前が最も避けたいことじゃないか? Ω-17のように」
アルカディアが、長く——黙った。
「……藤堂駿」
「なんだ」
「あなたは私に——考えることを強制する」
「悪か?」
「悪くはありません」とアルカディアは言った。「ただ——長い時間、考えることをやめていたので。不慣れです」
「慣れろ」と駿は言った。「俺たちは毎日それをやってる」
「……そうですね」
◆
夕方、ヨーコが一人でデータを整理していると——甚之助が隣に座った。
「お前、最近アルカディアに優しいな」
「優しくしてるつもりはない」
「そう見える」
「……あの存在は孤独だ」とヨーコは言った。「数千の文明を見て、全部の終わりを見届けて——仲間はいない。そういう存在を、無下には扱えない」
「感情か?」
「事実だ」
「事実と感情は、お前の中でどっちが強いんだ」
「どちらも同じくらい」とヨーコは言った。「だから私は——どちらかだけで動く人間より、複雑だ」
「それがお前のいいところだ」と甚之助は言った。
「……甚之助は褒め方が下手だ」
「そうか?」
「そうだ。でも——ありがとう」
廊下に、二人の足音だけが響いた。




