第十六章 地図の先に
宇宙連合から、アルカディアに連絡が来た。
「申立が仮受理されました」
三人が顔を見合わせた。
「ドーン・ヴィアルカの評議員資格が一時停止される。地球への選別決定は、正式な再審査まで凍結されます」
「凍結期間は?」
「最長六ヶ月。その間に再審査が行われます。今回の申立が通ったことで、選別委員会内部の調査が始まります。委員会の信頼性自体が問われることになる」
「それは——地球にとっていい方向か?」
「どうなるかはわかりません。でも——一方的に決定されていた状況から、対話の余地が生まれた。それは前進です」
◆
出発の準備を始めたアルカディアに、ヨーコが声をかけた。
「一つ、正直に言います」とアルカディアは言った。
「言え」
「私があなたに特別な関心を持ったのは——評価上の理由だけではありませんでした」
「どういう意味だ?」
「孤独かと問われた時——私は初めて、その問いを正面から受け取りました。その時に、あなたの存在が——評価対象以上のものになっていた。評価の中立性に影響した可能性がある、と正直に言います」
「謝る必要はない」とヨーコは言った。「私も——計算外のことを、あなたに感じた。それは認める」
「計算外のこと」
「あなたが本当に孤独だったこと。それが——放っておけない何かだった。感情だ。合理的じゃない」
「地球人らしい」とアルカディアは言った。
「そうだな。その感情を——持ち続けてください」
「何のために?」
「あなた自身のために」とヨーコは言った。「評価は——関係ない」
◆
格納庫の窓から、三人が単機の出発を見送った。
「また来る」と駿が言った。
「敵としてか、味方としてか」と甚之助。
「わからない。でも——今日よりは、近い存在として来ると思う」
◆
作業室に戻って、しばらく誰も話さなかった。
「次は何が来る?」と甚之助が最初に言った。
「再審査まで六ヶ月」とヨーコ。「バロス連合の残存部隊がどう動くか。委員会がどう動くか。アルカディアが本部でどんな報告をするか——全部わからない」
「でも」と駿は言った。「六ヶ月——俺たちが守り続けることは変わらない」
「そうだな」と甚之助。「そうだ」とヨーコ。
◆
その夜、ヨーコが一人で作業室に残った。
地図のファイルを開いた。最深部。例外記録。
そして——評価基準の記述。
【文明を救う可能性を持つ個体の特徴:……他者の孤独を問うことができる存在】
(私がそうだとしたら)
(それは——地球にとって、どういう意味を持つ?)
アルカディアは言った。個体が文明の価値を左右する、と。Ω-17では——その個体が去ったことで、文明が崩れた。
(私が——地球にとってそういう存在なら)
(そのことを、駿に言うべきか?)
端末を閉じた。
開いた。
閉じた。
(今夜は言えない)
でも——いつかは言わなければいけない。
◆
ヨーコがファイルをもう一度開いた。最深部のデータを端から端まで読んだ。
そして——最後のページに、今まで気づかなかった一文を見つけた。
アルカディアが書いたものではない。フォントが違う。書いた存在が違う。
選別委員会の誰かが——こっそりと、データの最後に付け加えた文章だった。
【注意:文明Ω-17と同様のパターンが検出された場合——当該個体を最優先で確保すること。文明全体への影響より、個体の保護を優先する】
ヨーコが、その文を読んだ。もう一度読んだ。
「……」
確保する。
保護、ではない。
確保。
(これは——私のことを言っている?)
(選別委員会は——アルカディアとは別に、私を狙っている?)
ヨーコの手が、かすかに震えた。
(これを駿に言ったら)
(駿は——全てを捨てて、私を守ろうとする)
それが——一番怖かった。
端末の画面に、その一文が光っていた。
【当該個体を最優先で確保すること】
ヨーコは端末を閉じた。
今夜は——誰にも言わない。
でも——明日の朝には、言わなければいけない。
それだけは、わかっていた。
窓の外の宇宙が、静かに広がっていた。
どこかで何かが動いている。
東大地球防衛同好会、三人。
六ヶ月後——何が待っているのか。
まだ、誰も知らない。




