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第十六章 地図の先に


 宇宙連合から、アルカディアに連絡が来た。


「申立が仮受理されました」


 三人が顔を見合わせた。


「ドーン・ヴィアルカの評議員資格が一時停止される。地球への選別決定は、正式な再審査まで凍結されます」


「凍結期間は?」


「最長六ヶ月。その間に再審査が行われます。今回の申立が通ったことで、選別委員会内部の調査が始まります。委員会の信頼性自体が問われることになる」


「それは——地球にとっていい方向か?」


「どうなるかはわかりません。でも——一方的に決定されていた状況から、対話の余地が生まれた。それは前進です」



 出発の準備を始めたアルカディアに、ヨーコが声をかけた。


「一つ、正直に言います」とアルカディアは言った。


「言え」


「私があなたに特別な関心を持ったのは——評価上の理由だけではありませんでした」


「どういう意味だ?」


「孤独かと問われた時——私は初めて、その問いを正面から受け取りました。その時に、あなたの存在が——評価対象以上のものになっていた。評価の中立性に影響した可能性がある、と正直に言います」


「謝る必要はない」とヨーコは言った。「私も——計算外のことを、あなたに感じた。それは認める」


「計算外のこと」


「あなたが本当に孤独だったこと。それが——放っておけない何かだった。感情だ。合理的じゃない」


「地球人らしい」とアルカディアは言った。


「そうだな。その感情を——持ち続けてください」


「何のために?」


「あなた自身のために」とヨーコは言った。「評価は——関係ない」



 格納庫の窓から、三人が単機の出発を見送った。


「また来る」と駿が言った。


「敵としてか、味方としてか」と甚之助。


「わからない。でも——今日よりは、近い存在として来ると思う」



 作業室に戻って、しばらく誰も話さなかった。


「次は何が来る?」と甚之助が最初に言った。


「再審査まで六ヶ月」とヨーコ。「バロス連合の残存部隊がどう動くか。委員会がどう動くか。アルカディアが本部でどんな報告をするか——全部わからない」


「でも」と駿は言った。「六ヶ月——俺たちが守り続けることは変わらない」


「そうだな」と甚之助。「そうだ」とヨーコ。



 その夜、ヨーコが一人で作業室に残った。


 地図のファイルを開いた。最深部。例外記録。


 そして——評価基準の記述。


【文明を救う可能性を持つ個体の特徴:……他者の孤独を問うことができる存在】


(私がそうだとしたら)


(それは——地球にとって、どういう意味を持つ?)


 アルカディアは言った。個体が文明の価値を左右する、と。Ω-17では——その個体が去ったことで、文明が崩れた。


(私が——地球にとってそういう存在なら)


(そのことを、駿に言うべきか?)


 端末を閉じた。


 開いた。


 閉じた。


(今夜は言えない)


 でも——いつかは言わなければいけない。



 ヨーコがファイルをもう一度開いた。最深部のデータを端から端まで読んだ。


 そして——最後のページに、今まで気づかなかった一文を見つけた。


 アルカディアが書いたものではない。フォントが違う。書いた存在が違う。


 選別委員会の誰かが——こっそりと、データの最後に付け加えた文章だった。


【注意:文明Ω-17と同様のパターンが検出された場合——当該個体を最優先で確保すること。文明全体への影響より、個体の保護を優先する】


 ヨーコが、その文を読んだ。もう一度読んだ。


「……」


 確保する。


 保護、ではない。


 確保。


(これは——私のことを言っている?)


(選別委員会は——アルカディアとは別に、私を狙っている?)


 ヨーコの手が、かすかに震えた。


(これを駿に言ったら)


(駿は——全てを捨てて、私を守ろうとする)


 それが——一番怖かった。


 端末の画面に、その一文が光っていた。


【当該個体を最優先で確保すること】


 ヨーコは端末を閉じた。


 今夜は——誰にも言わない。


 でも——明日の朝には、言わなければいけない。


 それだけは、わかっていた。


 窓の外の宇宙が、静かに広がっていた。

 どこかで何かが動いている。


 東大地球防衛同好会、三人。


 六ヶ月後——何が待っているのか。


 まだ、誰も知らない。


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