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業火紅蓮少女ブラフ/Hybrid Bland Blue  作者: 枕木悠
B-SIDE 龍が空華と契り(Phantasy Fade Away)
30/35

ファンタシィ・フェイダ・ウェイ/十七

 一緒じゃないか。

 ユウリは思った。アオのときとまるで一緒だ。コナツの反応は、悲しいかな、アオがあのときに見せた反応とほとんど何もかもが一緒だったんだ。それってユウリの心の反応も一緒だってこと。様々な疑いに染まって優しい、楽しい、幸せ、という色から心は遠のいて酒と煙草と、チョコレートが欲しくなった。コナツが帰った後、月曜日の夜、ユウリは近所のロウソンに行って酒と煙草とチョコレートを大量に購入した。夜のロウソンには幽霊みたいに痩せ細った声の小さい変な男のアルバイトしかいなくてユウリは簡単にそれらを買うことが出来た。服を着替えて化粧をしてわざわざユキコに変装してロウソンまで行ったんだけど意味はなかったみたいだ。でもユウリはユキコに変装したままロウソンの駐車場、ゴミ箱の横で煙草に火を点けて勢いよく吸って咳き込み、勢いよく酒をあおってまた咳き込み、そして涙目でチョコレートにかぶりついた。

 甘い。

 甘いけれどでもいつもよりも甘さを感じない。強い甘さが欲しい。ビニル袋の中はチョコレートから減っていく。ユウリはチョコレートを口に詰め込めるだけ詰め込み顎を激しく動かす。頬の裏に痛みが走る。チョコレートの欠片の鋭い角が頬の裏側を傷付けたのだ。甘さは遠のき、痛みにまた、涙目になる。酒を飲めば傷口に沁みた。舌の先で傷口を舐めた。涙目で夜の街の景色は滲んで見える。歩道に等間隔に並んだ外灯のオレンジ色はいつもよりも煌めいて見えるし、道路を走る車を見ていればメリーゴーランドを眺めているような気分になったし、ロウソンの店内から漏れ聞こえて来る下らないジャパニーズ・ポップも最高のロックンロール・マーチに聞こえてきた。ロウソンの店内を歩く人間たちは造形にセンスのないマスコット・キャラクタだ。頗る酔いが回って街が遊園地に思えて笑いが止まらなくなったところでユウリはふと、冷静になり夜空の月と星を見てふらつく足取りで自宅に帰った。

「何やってんの?」ユウリがユウリに言った。「弱すぎるでしょ、心が」

 寝室に入り倒れ込むようにしてベッドに横になり最後に煙草を一本だけ吸おうと思って口に咥えたままユウリは眠りに付いた。

 翌朝目を覚ませば、何か嫌な夢を見たのかと疑うほどユウリの体は汗をかいていてユキコのワンピースはぐっしょりと濡れていた。アルコールはまだ体に残っていて頭が痛かった。口の中には酒と煙草とチョコレートをミキサに掛けて乾燥させたみたいな最悪の味が残っていてユウリは今すぐに口を濯ぎたいと思った。痛みが残る頭を手で抑えながら体を起こすと猛烈な吐き気に襲われた。ユウリは口元を押さえトイレに駆け込みチョコレートと月曜日の夜に終始無言でコナツと食べた夕食を吐き出してしまった。吐き気は三回来て、最後のユウリの吐瀉物には血のようなものが混じっていて死んでしまうんじゃないかって思いながらも全て吐き出したおかでどことなくお腹の方はスッキリしていて唇をトイレットペーパで拭いながらユウリはおしっこをした。洗面台で口を濯ぎ、顔を洗って乱暴にタオルで拭きユウリはキッチンに行き冷蔵庫から五百のペットボトルのアクエリアスを取り出し再び寝室に戻りベッドに横になった。ベッドの枕元の引き出しには頭痛薬を常備しているのでそれをアクエリアスで飲んだ。鼻で大きく息を吸って吐いた。少し落ち着いた、という感じがする。布団を引き寄せ枕を抱いた。また眠ろうと思った。もう学校はいいや。体調が悪いのは本当だし、マサヤにも、コナツにも、誰にも会いたくなかった。

 何も考えたくない。

 眠りたい。

 けれど。

 ああ、駄目だ。

 頭は痛いのに。

 頭はどんどん冴えて来る。

 考えたくないことを考えてしまう。

 ファンタシィ・フェイダ・ウェイが必要だ。

 そのロックンロールで脳ミソをショートさせようとしている邪魔なものを吹き飛ばしてしまいたい。

 ユウリは口ずさんだ。

 ファンタシィ・フェイダ・ウェイのメロディを思い出そうと思って、力のない声で、輪郭の曖昧なメロディを口ずさみ続けた。

 違う。

 そうじゃない。

 何かが足りない。

 こんなんじゃない。

 ファンタシィ・フェイダ・ウェイの旋律はこんな風にありふれたものじゃない。

 特別で。

 かけがえがなくて。

 この天体にたった一つしかないもので。

 少女の心の一番奥を叩き震わせ貫いて少女を変貌させるもの。

 ファンタシィ・フェイダ・ウェイとは、そんな歌。

 そう。

 こんな歌。

 ユウリは目を開ける。

 これだ。

 この旋律だ。

 思い出せた!

 ユウリは思い出したメロディを忘れないように、さらに集中して続きを辿った。

 しかしそのときだった。

 ピンポーン。

 インターフォンが鳴った。

 はっとなる。

 コナツだ。

 コナツが来る時間だ。いつも迎えに来る時間だった。

 こんな大事な瞬間に、なんてタイミングが悪いの!?

 ヒステリックになりながらユウリはインターフォンを無視してファンタシィ・フェイダ・ウェイを思い出し続けた。

 インターフォンの音によってファンタシィ・フェイダ・ウェイは一気に遠くに行ってしまった。それをユウリは必死に手繰り寄せる。

 もう一度、インターフォンが鳴る。

 手繰り寄せて近づけたものがまた遠くなる。

 二度目のインターフォンも無視した。しかし集中が乱れている。ファンタシィ・フェイダ・ウェイが遠くなる。

 頭の横でスマートフォンが激しく揺れた。

ユウリの手は素早き動きスマートフォンを触って画面を見た。コナツからの着信だった。ユウリは電話に出る。「……はい、もしもし」

「あ、ユウリ、何してるの、学校行くよぉ」コナツはいつもの明るい口調だった。昨夜の重苦しい空気なんて忘れてしまった、という感じだった。しかしどこか不自然な感じもなくはない。

「……せっかく思い出せたのに、」ユウリは恨みがましく言った。「せっかく思い出せたのにコナツが電話なんかかけてくるから」

「は? 思い出せた? 何言ってんのよ、早く下まで降りて来てよ」

「今日は学校休むから」

「え、どうして?」

「コナツのせいだからね」

 ユウリは小さく言って、着信を切った。すぐにコナツがまた電話をかけて来たけれど無視した。四回無視したところで、コナツは諦めたのか、もうかかって来なかった。コナツの着信でスマートフォンが震えている間、ユウリは一つ、思うことがあった。

 あの日、ユウリの机に落書きをされた火曜日の朝、コナツがインターフォンを鳴らした時間はいつもよりも遅かった。それってつまり、マサヤが言うことが本当ってことかもしれない。コナツは先に学校に行っていてユウリの机にレズ野郎って落書きをしてから偽りの笑顔を作ってユウリのことを迎えに来たのかもしれない。そして何も知らないのを装ってユウリとマサヤが言い合っているのを横で見ていたわけだ。沈痛な面持ちで。

 最低だ。

 コナツなんて大っ嫌いだ。

 いや、まだ確かなことは分からないし、マサヤのことを信じるわけではないんだけれどでも、なんとなくそうだって思ってしまう。一度ユウリはコナツのことを疑ってしまった。一度芽生えてしまえば植物と同じで太陽と水と空気がある限り成長してしまう。ユウリの体を蔦で縛って栄養を奪い、蕾を作り、疑いはいずれ華を咲かせるのでしょう。

 その華の色はアオだと思う。

 藍か、青か、蒼か、碧か。

 いずれにしろ、アオなんだと思う。

 あるいはそれらが全て混ざり合った、ハイブリッド・ブラン・ブルー?

 ふと。

 今、咲いた華がある。

 その華の色はどれ?

 ハッキリさせなくっちゃいけないな。

 今夜、会える?

 ユウリはアオにメールを送った。


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