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業火紅蓮少女ブラフ/Hybrid Bland Blue  作者: 枕木悠
B-SIDE 龍が空華と契り(Phantasy Fade Away)
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ファンタシィ・フェイダ・ウェイ/十六

 ファンタシィ・フェイダ・ウェイの音源はまだ見つかっていない。公式サイトでも視聴出来ない。コレクチブ・ロウテイションが出演するラジオ番組もくまなくチェックしたけれどあのとき以来、一度もファンタシィ・フェイダ・ウェイは電波に乗ってない。ハイブリッド・ブラン・ブルーはユー・チューブでミュージック・ビデオがフルで公開されていて何度も聞くことが出来たがBサイドのファンタシィ・フェイダ・ウェイのミュージック・ビデオはなくあのメロディを思い出すためにはCDがリリースされる十一月初旬まで待つしかないようだ。

 つまりユウリの心に複雑怪奇に纏わり絡んだ苛ませるものを吹き飛ばすためには十一月初旬まで待たなくちゃならない。今からほとんど一カ月後だ。一カ月とは長いな。一カ月もあればきっとユウリを苛ませるものは大きくなり心臓くらいのサイズの動物になって意志を持ってユウリの体中を暴れ回って筋肉を食べ散らかして最終的に右足の歪にとんがった部分から肌を突き破り飛び出して錦景市に住まう魔物になるかもしれないな。なんて、莫迦なことを考えてしまう。それくらいユウリの心は熱っぽく不安定で脆い。

 自宅に帰ってからユウリはリビングでノート・パソコンを立ち上げ、ハイブリッド・ブラン・ブルーをユー・チューブで再生してからこれまで何十回って見たコレクチブ・ロウテイションの過去のライブの動画をぼうっと見ていた。今再生されている曲はゴールド・フィッシュにうってつけの春。彼女たちが最初に作った曲で、代表曲で、最高にライブで盛り上がるロックンロールだった。

「ねぇ、ユウリ、大丈夫?」ノート・パソコンの向こう、ユウリの対面にコナツは座り英語の参考書とノートを広げ銀色のシャーペンを持って勉強していた。「なんだか、ぼうっとしちゃって、やっぱり内藤君に酷いこと言われたんでしょ?」

「……ううん、別に、」ユウリは帰ってから体育館裏に関することを何もコナツに伝えてなかった。「なんにも、一方的に私が酷いことを言い散らしてた感じだよ」

「そう」

「うん、」ユウリは気のない返事をする。唇を動かすことすら億劫に思うほどユウリは疲れてしまっていた。「なんでもないんだよ」

 コナツは視線を再びノートに落とし英語を走らせた。

 ユウリは画面で動くゼプテンバに集中する。炸裂するギターソロによって、ユウリの脳ミソはなんとか止まらずに回転させられているような気がした。

 綺麗な天使。

 彼女の息吹と。

 彼女が羽ばたいて巻き起こる風によって回転して私は。

 生きていられるような気がするんだよな。

「いや、やっぱり何でもないことないよ」

 ゴールド・フィッシュにうってつけの春の終わりと同時にコナツは声を上げた。はっとなってコナツを見ると、ユウリのことを強い目で真っ直ぐに見ていた。そしてユウリと目が合うと視線を横にずらす。「松葉杖を壊しちゃうなんて相当なことだと思うな」

 コナツはリビングの壁に立てかけられていたほぼ真っ二つに折れ完全に壊れ使い道のない材木になってしまったという状態の松葉杖を見ていた。マサヤのことを殺してやろうと思って力一杯、コンクリートの地面に振り下ろしたせいで何の罪もない松葉杖はそんな状態になってしまった。つまりユウリはマサヤの体に直接松葉杖を振り下ろすことが出来なかったのだ。マサヤはユウリの渾身の一撃を躱して逃げた。ユウリは壊れた松葉杖を持ってマサヤのことを追いかけたんだけれど、ユウリの怒鳴り声を聞いて何やら不穏な空気を感じ取ったバレー部とその顧問が駆けつけて「殺してやる!」「くそったれ!」などと狂ったように奇声を上げるユウリのことを六人がかりで取り押さえた。ユウリはそのまま生徒指導室に連行され教頭先生を初めとしたその時間に職員室にいた教師たちにしつこい尋問を受けた。内藤マサヤがコナツに対して最低最悪なことを言ったので殺してやろうと思ったんです、私のせいじゃありません、内藤マサヤが全て悪いんです、どうして内藤マサヤが私の親友であるコナツに対して最低最悪なことを言ったのか、それには理由があります、内藤マサヤは私のことが好きなんです、でも私は内藤マサヤのことが嫌いです、つまり振った腹いせにそんな出鱈目なことを言ったんです、私は悪くない、全部内藤マサヤが悪いんです、とユウリは繰り返した。マサヤは別の部屋で教師から話を聞かれているようだった。ユウリがそういうことを言っている、というのは教師からマサヤに伝えられたようだった。マサヤは自分の否をすんなりと認めたらしい。ユウリは不問となったがしかし、教師たちは蔑む目で松葉杖を破壊したユウリのことを狂気と見ていた。ユウリは教師たちに笑顔で言ってやった。「私は至って正常ですよ」

 松葉杖が壊れてしまったのでユウリはタクシーを拾って帰ってきた。乗り込む際にタクシー・ドライバは興味深そうに破壊された松葉杖をまじまじと見て馴れ馴れしく聞いてきた。「おや、お嬢ちゃん、どうしたの、それ?」

「いけ好かない男子をこれで殺してやろうと思ったら、」ユウリは首をわざとらしく竦めて答えた。「壊れちゃったんです」

「あはは、面白い娘だね、君」

 タクシー・ドライバは素敵な笑顔で笑う、冗談ばかり言う面白い女性だった。三十代ではない。二十代後半くらい。髪の毛は明るい茶色で痩せていて唇は薄く端正な顔立ちをしていた。下品な笑い方をするのに、どこか気品があった。運転席の背もたれの後ろにあるネームプレートをユウリはさりげなく確認した。会話は弾みあっと言う間に自宅マンションの前に着いた。「お、いい所に住んでるのね、お嬢ちゃん」

「そうでもないですよ、おいくらですか?」

「千円でいいよ」メータを見れば千円を八十円はみ出していた。

 ユウリは一万円札を財布から取り出し愉快なタクシー・ドライバに渡した。

「これ一万円だよ、お嬢ちゃん」

「貰って下さい、楽しかったので」

「は? え? いや駄目だってそんな、お嬢ちゃんがいくらお金持ちだったとしてもね、なんていうか、こういうことは大人にやってからするものだよ、中学生がやることじゃないよ」

「名刺下さい」

「は?」

「また呼びます」

「……あ、ああ、はい、はい、そういうことね、あー、なるほど、」タクシー・ドライバは戸惑いながらもダッシュ・ボードを開けて名刺を取り出しユウリにくれた。「中学生に名刺渡したのなんて初めてだよ、びっくりだよ」

「……携帯番号は?」ユウリは名刺にそれが書かれていなかったので声を可愛くして聞いた。

「まあ、あら、嫌だ、」彼女は口元に手をやり言う。「お嬢ちゃんってばしっかりしてるのね、っていうか、十分くらいしか話してないけどそんなに私のことが気に入った?」

「うん、気に入っちゃった、」そしてユウリは儚げな声を意識して上目で彼女のことを見て言った。「実は二年前に両親が離婚して、だから私にはお母さんがいないんです、お父さんも家にほとんど帰って来ないし、私、寂しいの」

「……しょうがないねぇ、」タクシー・ドライバはユウリの露骨な演技に騙されて、完全に同情してくれていた。頭を乱暴に撫でて名刺の裏に携帯番号を書きながらお人好しの彼女は言った。「私も君のこと気に入ったよ、ま、気軽に電話して、運転中は出られないかもしれないけど、飛んで来るからさ」

 愉快で素敵でお人好しのタクシー・ドライバとマンションの前で別れマンションのエレベータに乗った頃に疲れはどっと来た。彼女と楽しく弾んだ会話で疲労は紛れていたけれど、エレベータの中で孤独になるとその確かな存在をはっきりと感じた。

「おかえり、遅かったね」先にユウリの家に帰っていたコナツにそう言われて、その確かな存在の大きさにユウリの声はなかなか言葉を紡がなかった。

 こんな風に疲れているのはマサヤと言い争って教師たちに尋問されたことももちろんだけど、別に理由があった。理由があることをユウリは自覚出来ていた。うやむやではなかった。その疲れた理由はうやむやではないし、疲れを軽減出来る方法もすぐ傍にある。

 確かめればいいのだ。

 コナツに確かめればいいのだ。

 コナツにマサヤが言ったことを、レズ野郎と落書きをした犯人がコナツじゃないってことをハッキリと否定してもらえばいいのだ。

 簡単じゃないか。

 簡単なことなんだ。

 簡単なんだけれど。

 ユウリの心には「新島だよ」とマサヤの声が響いた瞬間から疑惑に色を染められた。

 そんなはずはない。

 コナツはそんなことをしない。

 そう強く思う。

 けれどコナツは一度ユウリのキスを拒絶している。

 拒絶された経験がある。

 レズビアンのユウリをコナツは拒絶したことがあるんだ。

 でもだからといってコナツは今、ユウリの家のリビングで勉強をしている。そしてユウリがマサヤに酷いことを言われたんだって心配している。

 そんなコナツが、犯人なわけないじゃないか。

 聞けばいい。

 はっきりさせよう。

 このまま心が疑心なままなのは辛い。

 マサヤは嘘を付いたんだから。

 それに踊らされるのって莫迦ですよね。

「内藤のやつさ、」ユウリは決心しノート・パソコンを畳んで口を開いた。「私の机にレズ野郎って書いた犯人がコナツだって言ったんだよ、新島だよって言ったんだ、だから、私、頭に血が昇っちゃって、コナツがそんなことするわけないから、だから私、すっごくムカついてあいつのこと殴ってやった、でもそれでもなんだか笑ってやがるから松葉杖で本当に殺してやろうって思ってさ、剣道のめーんってな具合で振り下ろしたんだけどでもあいつすばしっこくって躱されちゃって、それで松葉杖がコンクリートの地面にぶつかって折れっちゃったんだよ、もちろん殺意は消えることなく膨らむばかり、内藤のこと追いかけたんだ、でもバレー部の連中に取り押さえられちゃって、その後が大変でさぁ、生徒指導室に連行されて散々尋問されて、ま、不問になったんだけど、まあ、とにかくそんなことがあったんだよ、内藤のやつ、最低だよね、嘘でもコナツがやったなんて、そんなこと言うなんてさ、……どうしたの、コナツ?」

 コナツが持つ銀色のシャーペンが震えていた。

「……わ、私、やってないよ、そんなこと」

 どういうわけかちょっと理解不能意味不明なんですけれど。

 コナツの様子はなんだかちょっぴり変でした。「……コナツ?」

「……ば、莫迦じゃないの、あいつ、」コナツは乾燥した唇を舐めて下を向いた。「そ、そんなこと私がやるはずないじゃない」


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