A3 その14 『理不尽』 大
「へぇ、今日は君は一人で昼休みを過ごすと……。僕、それと仲の良いサッカー部の奴らと、一緒に食堂で対学生用にと量が盛りに盛られた定食を食べに行くはずなのに……断るとはね」
「何か文句でも?」
「開き直るとは、君も偉くなったな」
「いや、お前全てわかってんじゃん。俺は、これから屋上に行って、リンのお手製弁当を食べに行くの。言っとくけど、半端無く美味いから」
「はぁ、将来セセギの元に様々な不幸が集いますように」
キトは合掌しながら言った。物凄い念――邪念に包まれながら……。
と、キトに勝ち誇った顔で宣言して、屋上へ向かうんだけど、何故か心臓が妙な音を掻き鳴らしていた。緊張……しているのだろうか? 前回、リンの弁当を拒否するために屋上へ向かった時は、緊張なんて皆無だった。まぁ、あの時はアマネのことで頭が一杯で、目の前でちんりくりんしているリンなんて、意識の隅にも無かった。
だけど、現在、リンのような女子からお弁当を作ってもらい、それを食べるというのは……恥ずかしい。うわ、ちょっと待てよぉ、なんか、汗が出て来た……。
……そんな感情が入り混じって頭の中がパニックに陥っているのに、何故か足だけは着実に階段を踏みしめて行く。リンの手料理――以前、リンを傷付けるためだけに吐き捨てた『から揚げ』を沢山食べられると思うと、本能が刺激されて、俺は無意識の内に進んでいるようだった。
あと、やっぱり、俺の行為は最悪だった。
本当に、非道いな。
時間を戻して、あの時の俺をぶん殴りたい……。申し訳なくて、涙すら出てくる……。
そう思うと、足に力が籠る。
弁当を食べたいという本能と、リンに対して申し訳なくて、もう二度と……号泣させたくない……という理性で、俺は進んでいる。
――そういえば、今日はアマネは珍しく風邪を引いて休んでいた。
屋上の扉を開くと、ぶらっとした生暖かい風が、通り抜けて行く。
……誰もいない。うちの学校は、まるで漫画みたいに屋上が解放されている。公園のように整っていて、屋上といよりは庭園だった。流石私立である。無駄な学費を毎年求められるわけだ。
で、誰もいない。昼前の授業は早めに終わり、まだ早いってのもあるけど、まるで俺とリンが二人きりになるために、力が働いているかのようだった。いや、そんなわけないけどね。キトさんだったら、絶対に俺とリンが二人きりにならないように、と全力を尽くすはずだから……。
はぁ、と溜息をつく。もう何度目だろう。美味い飯を食べに来たはずなのに、小学生の頃ボールをぶつけて硝子を割ってしまい、職員室の先生の元へ赴いた時のような、辛さを感じた。
「溜息をついて……そんなに嫌ですか?」
「うわッ!」
首元で声がして振り返ると……え? 誰も……いた、俺の真後ろに、リンが立っていた。刺すような視線で、俺を睨んでいた。恐い。ってか近ッ!
「私の作ったお弁当を食べるのが、嫌なのですか?」
「え、い、嫌じゃないよ」
リンは無言で俺の横を通り抜けて行く。右手には可愛らしい装飾の施された袋があり、そこから強烈な香りが俺の鼻を掴む。ぐいっと、無理やり引きずられるかのように、俺はリンの後を追った。
そんな俺を、リンはチラ見して、ぐんと加速した。早歩きよりも、走る速度に近い。俺は歩幅を伸ばして加速し、リンの横につく。
「逃げるなよ」
「逃げてなんかいません。ただ……」とリンは黙る。「ただ?」
「いえ、何でもありません」
「気になるんだけど」
だけど、リンは無視して、奥にあるお洒落なテーブルの前でやっと止まった。
「あの、お弁当作ってきました」
「あ、ありがとう」
瞬間、言葉が出なくなる。
ぞわっと鳥肌が立って、心臓が爆発するみたいに伸縮を繰り返していた。
――リンは、顔を真っ赤にして俯いている。……アマネとの因果があった時は、この表情に対して何一つ感情を覚えなかったけど、今は、普通に可愛い。確かに、キトが荒れただけはあるな。
で、俺は、この可愛らしい表情を、ぐちゃぐちゃに壊していた。心にも、傷をつけて。ほんっと、俺は腐っているな。最悪だ。自分、という人間が嫌いになる。吐き気も感じた。今更、こんな感情に浸って、あぁ、俺は本当に子供なんだ、と馬鹿にする。馬鹿だ、馬鹿野郎、糞だ。もう、ごめんなぁ、リン……。リンに対して、謝罪は自己満足だと、俺は語ったけど、その言葉は、俺自身に対して語っていたのかもしれない。
今更謝っても、リンが何を想うか。
許すとか、許さないとか、それは謝罪をする人間へ対する言葉で、謝罪を受ける人間に対する救いじゃない。
謝罪を受ける人間は、それを自由に壊す権利があるんだね。謝罪する人間は、ただそれを理不尽に待つだけだ。……理不尽なんか、どの口が言うんだ? 理不尽を受けるほどの馬鹿やったんだから、妥当だ。
――俺が踏みにじったリンの気持ちを考えたら、俺は殺されても仕方ないだろう。過去の自分が憎くて、辛い。
俺は、大きく息を吸って、口を開く。
「リン……あのさ……」
「セセギ君もしかして、謝るのですか?」
俺が口を開きかけたところで、リンは言った。声が抜き取られたみたいに、喋れなくなってしまった。「私は……セセギ君に、謝ってもらうために、セセギ君を呼んだのではありません」
リンは、袋を差し出す。
匂いを嗅いだだけで、腹が減った。
「私は、セセギ君に、私の作ったお弁当を食べてもらいたいので、今日屋上へ、呼びました。別に、謝ってもいいですけど、ですが、その前にまず、お弁当、食べてください」
有無を言わさない迫力に、俺はただ頷いて、袋を受け取った。
「……うん」
「絶対に、美味しいと言わせますから」
そこで、リンはニヤっと小気味よく笑う。
笑顔。
――こんな表情が出来るんだ、と思うくらいに可愛かった。自分の不の感情すら抜き取られてしまうほど、輝いて見えて、綺麗だった。
「え?」モグモグ
これは モグモグ
俺は、
から揚げを
……口に、
一瞬で溶けた? モグモグ
ごっくん。「すげー美味い。ありがとう」
まるで『夢』のような時間だった。リンの作った弁当は、本当に美味く、感動して涙が出そうになるくらい、幸せな一時だった。
俺は、瞬く間に完食してしまった。まず、もう一度「ありがとう」と感謝してから、頭を下げた。
「ごめん」
「セセギ君?」
「初めて食べた時から、本当は美味いと思っていた。だけど、本当にごめんね、ずっと非道い言葉吐いて。悪かった、申し訳ない。……ごめんなさい」
と、頭を下げた。アマネがいなくなり、自分の行動を見つめ直すことで、屑だと理解したから。
「あの時に聞こえた美味しいは、やはり、聞き間違いではなかったのですね?」
「うん」
「本当ですか?」
「……うん、最高に美味いよ」
「ホントに?」
……だから、美味いって言ってんだろ。うちの親よりも、高い飯屋よりも圧倒的に美味いよ。今日、ここに来るのが楽しみだったくらいに……」
リンは、その言葉を聞いて、一瞬笑顔になった、のに、すぐに真顔になった。
「私は、許しませんよ……。セセギ君も言いましたよね、謝るのは、自己満足だ、と」
「そうだね、俺も、許してもらおうなんて思っていないよ。でも謝ったのに、理由はある。一つは、お前の気持ちを踏みにじり、傷ついたお前の気持ちを軽減できればと思って、二つめは、もし誤解をしているのなら、それを解きたい、と思って」
「誤解、ですか?」
「俺が不味い不味いって言っていたから、それを本気に受け止めて、料理を辞めたら、嫌だな、と思ったんだよ」
「私は、自分の腕に自信がありますから、そんな誤解はしません。セセギ君が私を嫌っているから不味いと言う、と知っていましたから」
「だったらよかった。正直、俺はさ、お前を本当に嫌いだったんだ。理由はもう言わないけど、冗談ぬきで、目の前から消し去りたいくらいに。だけど、お前の料理を喰った時、そんな想いとか簡単に吹き飛ぶほど、美味かった。味だけじゃなくて、なんだろう、お前の気持ちみたいのが弁当に溢れていた。それって、凄い才能だと思うから……その、俺のせいで、それが無くなるのが、嫌だったんだ。本当に、ごめんなさい」
リンは小さくため息をついて、俺から視線を外して口を開く。
「絶対に、許しません。私は、どれだけ傷つき、涙を流し、そして首を絞められたのか、その痛み、想像すら出来ないでしょうね」
「あぁ、本当に、俺は、最悪な人間だよ」
「しかし、私はセセギ君と違い、とても極限まで慈愛に満ちた人間ですので、一つ、条件を飲んでいただけたら……全て許してあげます」
「何、それ?」嫌な予感を受けながらも問うた。
「私と、付き合ってください。そうしたら、全て許してあげます」
リンは顔を真っ赤にして言った。冷水をぶっかけたら、蒸気が噴き出そうなほど。
一瞬耳を疑ったが、リンの姿を見るに、それは間違いではないらしい……。
「……別に、いいか、許されなくても、じゃあね」
「あ、そんな、待ってください! セセギ君、今ここから去るのなら、お弁当、もう二度と食べさせませんよ!」
その言葉は、まるで槍のように俺の胸に突き刺さった。マジで動けなくなる……。
「それは困る」
「つ、付き合って頂けるのなら、私、毎日お弁当を作りますから! セセギ君にも、悪い条件ではありませんよ」
ここで断っても、リンはどこまでも俺を追いかけてくるだろう。俺は、それに勝てる気がしない。まぁ料理が上手いのは喜ばしいことだし、外見も可愛いし、性格も……すぐ泣く以外は、執念で迫って来る姿に、共感を得る部分もある。
よろしく、と頷くと、リンは泣きながら笑った。




