A3 その八 『実況中』 大
▲大正儀セセラギ▲
ズレ?
キトの恰好に、微かな違和感を覚えた。一瞬震えたみたいに、キトの体が歪んで見えたからだ。
「なるほどな」
キトは妹のメイが消えた先を舐めるように見据えながら、唐突に声を出した。
「何?」
「今、少し時間を彷徨って過去を見てきたのだが、そこで、何故今現在メイがぶち切れているのか、理解できた」
「何かあったの?」あぁ、だから少し体がズレていたのね。……と、普通に納得してしまう自分が遣る瀬無い。
「後日、話そう」「何で? 今話せよ」「無理だ。ともかく、メイ! あれは、僕が咄嗟についた嘘だ、セセギは、何も悪くないんだ」
キトは、唸るように声を張り上げる。
だけど、何も返事は帰ってこない。
……ってか、俺が悪くないって、何?
「兎にも角にも、上がろう」俺の視線を避けるように、キトは玄関を進んでいく。
何故か、キトの部屋には案内されなかった。リビングに通され、ソファに座る。いつもなら、適当にゲームで遊ぶんだけど、今は、その気にならない。
「ジュースでいいですか?」
と、背後から声が響いてきた。振り返ると、メイが居た。
ガラスのコップに、オレンジジュースを乗せたお盆を持っている。覗き込むかのように、俺を見つめていた。「ど、どうも」
「僕のは無いのか?」
「はぁ、あッ? 自分で持ってくれば」
と、冷たく言い残し、メイはリビングから消えた。薄らとした笑い声が、かすかに聞こえる。
「あれでも、昔はお兄ちゃん! お兄ちゃん! と甘えてくる可愛い妹だったんだよ。それが今や兄である僕を簡単に蔑む、非道い心を持った人間へ育ってしまった。やれやれ、昨今では妹萌えがデフォルトになっているようだが、現実はそう甘くは無い。ちなみに、僕は妹が可愛く兄と仲が良い、というストーリーが語られた瞬間、その物語のジャンルをファンタジーと認識する」
「そうですか。ってか、そんなこと言って大丈夫? 全て聞かれているんじゃないの?」
と、俺は小声で問うとキトはケータイを差し出す。
「僕の能力を発動させた。メイが能力を持っていたとしても、僕、そして君の会話が聞こえない、という確率の世界を導き出した。これで、僕達の会話を聞かれることは、まずない」
「最初からそうしろ」
「メイに君を紹介し、君にメイの能力を見せつけるためだよ」
「ふーん、じゃあ、基本お前の心は読めないわけか」
「あぁ。だが油断すると、すぐに俺を蔑んでくるからな、恐いよ」
俺は、渡されたジュースを少し飲み、小さく息を吐いた。
オレンジ色のジュースを眺めると、思考がゆっくりと回転を始めた。
……何故、俺はキトの家に来たのか。
……何故、腐女子である、メイに会いに来たのか。
改めて自分自身に問うと、俺もよくわからない。
だって、俺はきれーにフラれてしまった。
アマネに。
幼馴染の女の子で、嘘偽り無く大好きで、アマネのためなら、どこだって行けると思っていた。
だけど、そんな思いは一蹴されて、反論虚しく、俺は散った。
もう、これ以上、アマネに執着する意味は……ある。
フラれても、嫌われても、俺は、アマネのことを、好きだから……。
もう、付き合ってくれ、という気持は薄れているけど、このまま、アマネとの間に、妙なしこりを残したくは、無い。
恋人は無理でも、せめて友達でいたい。一生の、将来、俺やアマネの子供を自慢するような、平和な世界を築けるような、関係を保っていきたい。
それと、……あとは自己満足、だろうなぁ。
俺は、小説や漫画みたいなカッコいいヒーローには絶対に成れない、と悟る。自分大好きかつ自分が一番の、どうしようもない人間なんだ。
こうやって、何かに挑むことで、アマネにフラれた記憶から、逃げようとしている。
だから、クズな俺は、こうやって、意味も無く、何かに縋るしかない。
「メイは、多分セセギの話を聞いてくれるだろう」
「本当?」
「あぁ、だが、あと十分間だけは、大人しくしているんだ」
「何で? 誰か友達がいるの?」
「今は、実況中だからだ。カクゴ、と共にな」
カクゴ。
メイと同じく、腐女子の一人だっけ。二人で実況中?
「正確には、カクゴは自宅でくつろぎながら実況を行うらしい。メイとは、SNSで一緒に実況をしているらしい」
「SNS? ネットの?」
「あぁ。終わるまで、ゆっくりしてくれ。ジュースでも飲みながら」
「んじゃ、お言葉に甘えて。……このジュース美味いな、どこで買ったの?」
「それは……」
キトは何か言いかけたが、「いや、わからない」と言葉を濁した。
……なんだろう、めちゃくちゃ怪しい。
思わずコップの中を覗き込んでしまったけど、普通のジュース、だ。オレンジジュース。百%よりかは少し薄い、でものど越しの良い、甘いオレンジジュース。
嫌な沈黙が流れる。
キトの家は、カラスミとはまた違う、別世界のような空気を持っていた。ひしひしとした、緊張感が漂っている。
……能力者が二人もいるんだよね。そりゃ、そうだよ。キトと居ると、俺の世界観が揺れるから恐い。
これ以上考えても無駄だと悟ると、オレンジジュースを一気飲みする。甘い匂いが口の中で広がり、鼻孔をつく。まるで睡眠薬を飲まされたかのように、トロンとした気分に陥った。
「そういえば、腸辺は?」
暇なので、腸辺を使う。
「タケシが僕を愛していると、知ってしまったよ」
「それは可哀想に。自分の愛する人間が、まさか同性愛者とはなぁ、辛いよ」
半端無い共感を得ていると、キトは頭を振った。
「そこでショックを受け、終わってしまえば、まだよかったんだ」
「ど、どういうこと?」
「何でも、今現在、学業に支障が出ない程度に、アルバイトに猛進している」
「あ、そういえば、この前、近所のコンビニでレジ打っているのを見たよ」
「あのコンビニのユニフォーム、似合うよな」キトはケータイに映っている腸辺を凝視しながら、唸った。
「確かに」それは同意。
キトへ毎月一万円(本来は七千円でアマネのみだったが、今ならプラス三千円でリンの写真がつくお得セットがあると言われて……はい以下略)渡すことになっている。バイトは長期の休みにしか行っていないので、月一万は、俺の懐に結構響いてくる。だから、バイトでも始めようと、付近のスーパーやコンビニへ行ったんだけど、そこで、腸辺を発見した。いつものぼぉーっとした姿ではなく、元気に満ち溢れた接客をしていた。
「他にも、チラシ配り、知り合いが経営している喫茶店、スーパー、休日はイベントなどの日雇いアルバイトに精を出している」
「うぉ、マジかよ、すげー、そんなに金集めてどうするんだろう」
その瞬間、キトは大きな溜息を付いた。
「手術、の資金に充てるらしい」
「え……手術? 腸辺……体悪いの?」
「性転換、だよ」
「まさか……」
「腸辺は、タケシに告白をした。もちろん、タケシは腸辺を断った。腸辺は理由を求めると、タケシは腸辺のことを想い、『申し訳ないが、小生はホモだ。故に、貴方がどれだけ美しくても、小生は貴方を愛することは、出来ない』と語った。そこで、腸辺は……諦めなかった。だったら、性転換でもして挑んでやる、と内なる炎が燃え上がってしまったんだ。将来、海外へ向かい、そこで女性を辞めると、決心したんだよ」
キトは、後半力無く言った。
その姿があまりに悲惨で、目を背けてしまう。
「お前の力で、どうにかならないの?」
「時を止めても、時空を超えても、重力を操作し、次元を捻じ曲げ、確率を操作しても……人間の心だけは、どうしようも無い。どうやら、人間の心というモノは、僕の力では及ばない何かで、作られているらしい。そこに介入を果たす、リンたんは、誠に恐ろしいよ」
あぁ、そうなんだ。でも、自分の力で人を操り、自分を好きにさせるってのは、流石に人として駄目だよな。キトは、そういう大事なところをわきまえているのかもしれない。「はぁ、人の心を自由に弄って、僕を神とする世界を作りたいよ」
……あぁ、わきまえていませんでした。




