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超一方通行トライアングルッ!  作者: 八澤
アディッショナル3
57/69

A3 その九 『己自身』 極

 ▲極立ぴかリ▲


「ただいま」

「あらお帰り。今日は早いのね。アマネちゃんと遊びに行かなかったの?」

「商店街にある新しい喫茶店に寄って、そこでお喋りして、今日は解散」

 正確には、アマネが大量のパフェを貪るように無我夢中で食べきると、案の定気分を悪くしたので、吐き気と満腹感に襲われるアマネを庇いながら、早めに切り上げたのです。

「ねぇ、お母さん」

「なーに?」

「私って……太った?」

 そう質問した瞬間、母の目から、光が消えました。

 ぴしッ! と、空気までもが硬直するほど、母から動きという“生命”を感じ取れなくなります。

 二秒ほど硬直してから、頬を歪めて――笑顔で「太ってなんかいないわ」と答えます。

 私は、ほっと胸を撫で下ろしました。

「本当?」

「えぇ。身長が昨日よりも0.1ミリ増えたけど、体重はマイクロ単位で変化無しよ」

「あはは何それ。……冗談だよね?」

 母の目がじっとりと私の体を包むように見つめていたので、恐くなります。

「嘘じゃないわ。私は、リンの母親だもの。あなたの体の変化は、ピコ(10^-12)の単位までなら把握しているのよ」

「お母さん恐い」

 時折、母が私を狙っているのではないか、と恐怖を感じる時が……時折ではありませんね、毎日感じています。

「別に変なことじゃないわよ。子供の体調管理は親の基本! そのくらい把握していないと、リンの健康を守りきることなんか出来ないのよ」

「お母さんの場合、それが(超とんでもなく)普通の人より度合いを越えている」

「それは、リンが可愛過ぎるからよぉ……。そうそう、今度アマネちゃんはいつウチに遊びにくるのかしら?」

「近いうち……」

「昨日新しいぶつを見つけちゃったの! 早くアマネちゃんにも見せてあげないと!」

 母は、アマネと大変仲が良ろしいです。

 原因は……はぁ、もちろん、私です。


 アマネを初めて私の家に招いた時、母は相手が女性だからといって油断してたまるか! という敵意を目の奥に光らせながら、アマネと接していました。私も、アマネには、私の母は私を守るためなら如何なる手段を用いるタイプの人間です、と伝えていたので、アマネは緊張した面持ちで、母に挨拶を交わしました。

 ただ、その時に、母が日課である私の幼い頃の写真が無数に散りばめられたアルバムを眺めていました。母曰く、クラシックを聴きながら私がもっとちんちくりんな姿を眺める瞬間が、最高に高揚するらしいです。

 その行為にアマネ目を発行させて食らいつきました。母にアルバムを見せて欲しいと懇願し、二人で私を……愛でていると、途端に打ち解けてしまいました。その日は、私が小学生の時の運動会ビデオ観賞会が始まり、二人で熾烈な討論を交わして幕を閉じます。次の日も、アマネは我が家に遊びに来て、母と正面から私の生活態度や生態を語り始めます。母も、同様に過去の情報や、我が家での生態を喜々として紡ぎ始めました。

 結果、母とアマネは腹の内ではお互いを牽制しながらも、最大のライバル=最強の仲間のように、二人で私の情報を交換し合っているのです。母からは私の幼き思い出。アマネからは、現在の私の学校での生活です。故に、私の情報は全て両者に筒抜けで、プライバシー侵害など当たり前です。

 先ほど、新しいブツがあると母は言っておりましたが、どうせ私の物語でしょう。先日、やっと幼稚園編が終わりを迎えたので(何故か後半はお互い号泣しながら私を愛でていました)、小学生編が始まるのでしょう。


「私の変なこと、アマネに言わないでよ。また、アマネに弄られるぅ」

「大丈夫よ。一年生の時、学校に行くのが怖くて夜眠れなかった話を中心話すから」

「うぅ……はぁ」

 私は大きく溜息をついて、自室へ向かいます。

「リン、そんなに肩を落とさないで。あと、本当はもうちょっとぽっちゃりしたほうが、健康的な面だといいの」

「もういいよ、その話は」

 どうせ、母に何を言っても無駄です。それを私は悟り、自室に戻ります。

 ブレザーを脱ぎながら、ふと母が硬直した瞬間を思い出します。

 母に太っているか問いましたが、その意味……セセギ君を意識しての発言と、きっと悟られていることでしょう。


 △△△


 リンが自室へ戻った瞬間、リンの母から、すっと音が解けるように消えて行った。

 硬直である。

 一つの鉱物の如く、硬質に満ち足りていた。

 目を閉じ、

 開く。

 ぐちゃぐちゃと歪な音を響かせる、漆黒の炎が、瞳の中で蠢いていた。

「へぇ、私のリンが、野郎の目なんか気にするなんてなぁ……」

 はあ、その発言を聞いた瞬間、気絶しかけたぜ。


 ――リンの母は、自身一人では抑えきれない衝動に出会うと、己の自我を脱離させ、己自身と対話を始める。これにより、驚異的な思考回路を用いて問題解決を行うのだ。


「なんだろう、私のリンが、どんどん変わっていくよ」

 この街に来てから。

「今までのちんちくりんのポムポムした吐き気を催すほど可愛いあのリンが……一人の人間になろうとしている」

 この街に来てから、だ。

「嬉しいと思う反面」

 正直、辛い。

「やはり、監禁したほうが良いのか? 学校には、転入のストレスが噴き出て、精神的に錯乱してしまったと言う。不登校にさせるの。別に退学になっても、今じゃ通信制や色々な補助がある。……やっちまうか?」

 そんなことやって、リンの幸せに繋がるのか? リンを愛すとは、リンの幸せを祝福することである。監禁したところで、満足に浸るのは……私だけだ。それは、つまらない自己満足である。

「わかっている」

 だったら、答えはもう決まっているなぁ。

「とりあえず、リンがこ……ここここ恋! している野郎にどうやって嫌われるか、考えようぜ」

 そうだなぁ。今現在のリンの情報から察するに、リンの物語は良い方向へ向かっている。

「あぁ……どうしましょう。ん! いい考えを思い付いた」

 もしや、リンを太らせて、その野郎に確実に嫌われるように、するのか?

「そう。幸いにも、先ほど健康的にもっと太っていたほうが良い! と言葉を残しておいた。母の言葉だ、リンの深層心理に刻み込まれているだろう。故に、私が極度の食事を用意したって、リンがそれを拒否するとは思えない」

 なるほど、自然かつ大胆な作戦であるな。

「ゆくか」

 ゆく。

 

 そういうことになりました。



▲極立ぴかリ▲


「多い……」

「やっぱりねぇ、リンにはもっと健康でいてもらいたいの! 親である私から言わせてもらえば、リンはやせ過ぎね! 骨と皮と愛らしさしか、今のリンには存在していないのよ。もっと食べて、お肉をつけて、健康的な体になって欲しいの! 具マシ^4よ。だから、たくさん食べてね」

 夕飯なのですが、二人の食卓のはずなのに、三日分ほどのおかずが並んでいました。ご飯も、山盛りです。スープなんて、具で埋まっています。具マシ^4って何?

 ……正直、このような有様になるのは、予想しておりました。母のことだから、どうやって私が恋する男性に嫌われるのか、と思案し、その作戦を実行してくるでしょう、と。

 故に、丸々と太らせる作戦を行うことは、至極当然なのです。

 もし、ここで食べきれないと残そうものなら、母は私を縛り付け、口に直接流し込んできます。わかります、私に最も近い場所で長年狂わされてきた母です、大変直接的な行動を取ります。

 下手したら、私は……。

 対策は、一応考えておきました。

「ほら、食べて食べて、全部リンの好物よ!」

「一応言っておくけど、私が太っている? と問うたのは、ダイエットを始めようとしたから、ではないよ」

「ふぇ?」

「……体重増えないかなぁ、と思ったからなの」

「ど、どういうこと?」

「もっと太ろうと、思っていたの。……そっちのほうが、良いみたいだから」

 良いみたいだから、という言葉が、母の脳裏に突き刺さりました。

 開始する、母の自己討論大会。数秒を経過し、「食べきれないのなら、明日のお弁当にでも使ってね」と笑顔で返すのでした。

 ふぅ、と心の中で溜息を付きます。

 これで、母の思考は、私を太らせる、から痩せさせる方向へ切り替わったのでしょう。思わせぶりな発言を母に投げたことで、私が愛する男性は、痩せている人間よりも、太っている人間を求めているのでは、と判断したことによってです。故に、今後、私の食事に巨大な制限が課せられることもあるでしょうが、その時は自力で料理を行えるので、問題はありません。

 一応、危機を乗り越えることが出来ました。

 ……革めて思いますけど、私の母は狂っています。



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