X^4 8 一番可愛い辺り
「死んだ、の?」
「死亡していた。亡くなっていた。天国にでも、行ったんじゃないの?」
「……そんな、いつ?」
「まぁまぁ、そんなに焦んないで。ゆっくり話しましょうよ。久しぶりに会ったのよ。お互いの家庭でも語りながら、さ」
「おい……本当に、死んだのかよッ!」
「ちょっと、騒がないでよ。子供じゃないんだし、急かさないで。何より……ホント、何で私のとこにあんたが依頼をしたんだろうねー」
やれやれと首を振って、友人は溜息を吐く。
「ただ、適当に、インターネットで、興信所を調べただけで、お前のところを……」
「あぁ、違う違う、そういう意味じゃないわ。私が文句を垂れたのは、あんたじゃなくて、あんたが私の下へ来た運命に対して、馬鹿野郎! って言っているのよ」
「はぁ?」
「私はあんたの名前を見て、好奇心でその仕事を選んだの。てっきり、どこかでより戻して、結婚して、でもあの子がまた浮気しているの! って驚いて一人ウキウキしていた。……はぁ、うちの興信所はさ、普段は浮気の調査や行方不明者を探しているのよ。私は、もう何年も働いているから、それ相応の修羅場みたいな世界は覗いてきた。特に、行方不明者を調査して、居場所を着きとめると、いっつも後悔ばかり。浮浪者になっていたり、名前or顔を変えて別人として生きていたり、……死んでいたりと色々ね。で、今回は、その最後、死亡していた……なんだけど、はぁ、あの子を調べて、死ぬ最後までの全てを私は知って、正直、私まで死にたくなった」
「何で?」
「そりゃあ、もし、私があの子の立場になったら! と想像しちゃったから。ねぇ、これは、結構ヤバいよ」
友人は、そこで言葉を切ると、背凭れに体重を預け、俺を真っ直ぐ覗き込んでくる。
「子供、可愛い?」
「と、唐突に何?」
「二歳児か、一番可愛い辺りよね。イヤイヤしながらビービー泣くと、頭ひっぱたいて泣き止ませたくなるけど、それ以外は、文句無しに可愛い。人間は、子供を可愛く思って守ろうとしている本能が張り付いているから、そう想っちゃうんだけどね」
「調べたの?」「ちなみに、情報提供者はあんたの奥様です。偶然を装って近づいて、同じ高校だった、と言ったら、話が弾んで色々教えてくれたのよ。仲良くなってさ、今度、プライベートでお茶に行く」
「いつの間に……。まぁ、子供は可愛いよ。お前は? 結婚したんだろ」
と、話を聞いたことがある。
「私? 私は子供居たよ」
「え……」
俺はそこで言葉を失ったが、友人は語り始める。
「あぁ、親権取られたの。子供産んだんだけどさ、なんか可愛く思えなくて、放置していたら夫と向こうの親が怒って……離婚よ離婚。母親のほうが父親よりも容易に親権を奪い取られるから、元夫、必死に頑張ってたわ。私の声をICレコーダーで録音しているの全部知っていたから、ボロを出さないように気をつけたり、さらに、向こうに不利な証拠をでっちあげたりと、私も一手、二手上を行く攻撃で仕留めにかかった。まぁ、途中で飽きて、何よりこれ以上立ち向かうと殺される気がしたから、最後はあげたんだけどね」
人間として、最低の件を、さらっと語った。
「あの、笑わない彼と?」
高校の頃、この友人は、何故か笑わない男と付き合っていた。
「あぁ、私が笑うことを禁止していた奴か。笑うとキモいから、笑わないで、って命令したのよ。でも、違う。もっとまともな人。小学生の頃から、まるで兄弟のように一緒に過ごし、そして当たり前のように付き合っていたカップルの彼氏さんが、私と同じ大学だったの。私は、そういうの見ると、ちょっかい出したくなるたちだから、寝取ったの。くっくっくぅ……、あの女の顔、今思い出しても笑える。結婚式に呼んでやったらさぁ、来た来た。眼ぇ、真っ赤にして口をぎゅっとしながら私をずっと睨んでいるの。夫婦生活が始まったある晩御飯の時、包丁持って私の家に突撃してきた。もちろん、丁重に警察に連れて行ってもらったわ。……私の話は辞めよう、つまんないから。ありゃ、凄い顔。これ以上話すと、今度はあんたに刺されそうで恐いんだけど。さて、そろそろ話すけど、大丈夫?」
これ以上自分のことは語らないと言わんばかりに手を振り、そっと俺を覗き込む。その表情だけは、何年も前に見た、姿と瓜二つだった。途中に流れた話は、俺は無視する……。聞きたくない。
「嘘は、言うなよ……」
「一応お金貰っているからね、仕事だから、丁寧に、淡々とお伝えします。で、本当に平気? また泡吹いてぶっ倒れたりしない?」
何も聞かずに後悔するより、全てを知って後悔したほうが、まだ……耐えられる、と思った。
俺は頷くと、友人はヘラヘラと笑いながら語り始めた。




