X^4 1 夢を、見ていた
※注意!
X^4シリーズは、本編から数年後の世界です。暴力描写、昼ドラのようなドロドロなどで、カオスな状態となっています。
救いも一切ございません。不快になること間違い無しです。特に、本編をお読みになってくださった方々には、強いダメージになる可能性もあります。
それでも大丈夫、という方は、覚悟を持ってお読みください。本編の続きを読みたい方は、アディッショナル3へお進みください。
カタタンッ
という小気味の良い振動で、眼が覚めた。顔を上げると、駆け抜けるように駅が過ぎ去り、駅名が意識の中に残る。あと十分も経たないうちに、目的の駅につく。俺は長椅子の端で持たれかけながら、重い溜息をついた。
夢を、見ていた。――いや、見ていた、と言うよりは、その夢で繰り広げられた世界を俺は再び体験していた。高校生の頃の話で、当時持っていた若いパワーに身を任せ、必死に突き進んでいた。その姿に、我ながら驚き、懐かしいと思うと同時に、恐いとも感じた。何故なら、俺にはもう二度と引き出せない力だからだ。
「ふわっ」と欠伸をし、全身に力を注入し、呼気と共に脱力した。……車内には俺以外に乗客は存在していなかったので、この隙に、と全身の筋肉を解すかのように腰を捻じ曲げ、肩を動かし、首を廻す。ボキボキと空気が炸裂する音が響き渡る。だが、一通り体操を終えても、背中には疣のようなしこりが残り、肩には圧力の如くコリがあり、眼の奥で振動を繰り返し、軋るような頭痛は消えなかった。
膝に張り付く鞄を眺める。数年前、張り切って購入した時は、ピカピカの宝石のような光沢を放っていたはずなのに、現在は、汚れが纏わりつき、傷があり、今にも砕けそうだった。まるで干乾びたパンのようだ。――鞄だけでなく、着込むスーツには消えない皺と落ちない汚れが残り、シャツの首元には垢が貯まっていた。そろそろ新調しないとな、と自嘲気味に考えたが、新しいスーツを新調する暇はもちろん、気力、そしてゆとりを心に持てなかった。
俺は、大学を終えて、IT関係の小さな会社に就職し、既に七年は経過している。無能な上司に媚を売り、使えない部下を叱咤すると一日が終わってしまう。
今日は、久しぶりに……呆れるくらい久しぶりに仕事が早くに終わり、足早に帰宅していた。先週、何社が協力という名の下、こき使われ、巨大なプロジェクトにかかわっていたのだが、それがやっと一段落つき、その休憩というわけだ。が、数日後、労基法を無視した激務が俺を待ち受けているはずだ。その未来を考えるだけで頭痛が強まるので、俺は溜息と共に、思考を変える。
もう一度、外を眺める。
俺は恐怖に駆られた。
何故なら、先ほど過ぎ去ったはずの駅が、目の前でまた通り過ぎて行ったからだ。幻覚? それとも見間違い? とパニックに陥る。それは、この現象に対してではなく、自身の脳に対してだ。
――疲れている。
今のは、もう何百回と行き来した記憶が、俺の脳で誤作動を引き起こし、幻覚めいた映像を写した可能性が高い。そう自分自身に突き付けると、脳が物理的に絞られ、細胞が引き剥がされていくかのような感覚を受けた。この奇妙な体験を経て、ふと、脳裏に一人の人間の姿が浮かび上がった。
先週、とある子会社を訪れた。俺のところは、基本的に大手の下請けで、組み込み作業を中心に行っており、まだ、最低限の保護が社員を守るという名目で縛り付けてはいるが、その子会社は劣悪だった。人権侵害など当たり前で、終わらない業務と、ストレスしか生み出さない人間関係は歪なカーストを作りだし、空気さえ淀んでいるようだった。誰もが逃げたいと願いながら、生きていくために働くしかないので、逃げられない。その中で、一人の社員は、コピー機の前に立っていた。朝から、夜中まで、ずっと前に立ち、コピーのボタンを操作していた。だけど、作業をしているわけでもなく、ひたすら動作を繰り返していた。時折、別の社員がコピー機を使用しようとすると、その社員はぎょろっと眼を動かしてから、横へ移動し、じっとその作業を眺めていた。コピーをし終えると、またその社員はコピー機を弄り始める。コピー機を触るように、と命令を受けてわけではない。度重なる仕事と、すり減る圧力を神経に削られ、人として壊れてしまったのだ。コピー機を弄っている、という作業を行っていれば、その他の全てから逃げられると言わんばかりに、必死だった。もちろん、誰もが、壊れていると知っている。だが、誰もが見て見ぬふりをしていた。会社を辞めることは許されない。上司は、部下が壊れて病院に送りにでもなったら己の査定に響くからと、何も問題無いという顔を取り繕い、他の社員に対しても、声を上げることを許さなかった。――それを他の社員達は全員、了承していた。下手に声をかけたら、自分まで道連れに合い、壊れてしまうと思っているのか、避けていた。
無論、俺もその社員を避けていた。まるで自分の未来の姿のようで、見ていられなかった。
――俺は、壊れようとしているのかもしれない。自嘲気味に笑うと、車両を繋ぐ扉が開いた。
誰かが、入ってきた。この車両は最後尾で、俺以外に乗客は居ないから、居座るはずだ。俺は眼を瞑り、もう一度眠ろうとした。どうせ深く寝入ったとしても、体が降りる駅を覚えているので、乗り過ごすことは無いだろう、と憐れみに浸りながら。
――しかし、
「……ぎ君?」
という声が耳に入り込み、一瞬間を置いて飛び起きた。そして、眼を見開いたところで、「あッ」と声を上げてしまった。




