夢
「ホンモノだ」「テレビに出た人だ」
「カッコいいでしょ?」
「うん」「超カッコイイ!」
アポ無しに、来た。休日だから、娘達に遊びに行こうよーとせがまれ、午後からね、とのらりくらりと引き伸ばしていたところに、突然台風が来襲したみたいに、出現した。
ド非導天詩、が。
「ねぇねぇ、あんなにプカプカ浮かぶの?」「水って丸くなるの?」
「うん。重力が無いと気持ちいいし、水をパクって食べられるの」
「いつ、こっちに?」今朝、テレビに映っていたはずなのに……。
「もちろん今。久しぶりに戻って来たから道を間違えて、カラスミに迷い込んでいた。あそこ、何も変わらないね」
疲れているかのような笑みを、アマネを浮かべている。その表情が、俺の中のアマネとリンクして、昔の記憶が蘇る。
アマネは高校三年生で留学に行き、卒業式前には戻ったが、卒業と共に再度飛出し、海外の大学で四年を過ごした後、音信不通になった。そしてある日、宇宙飛行士を目指している、という手紙を受け取った。
で、現在アマネは、娘達に宇宙船から眺める地球について、俺の娘達に語っている。
「そういえば、宇宙へ行く動機、教えてもらってなかったな」
「暁子さんが一度も足を踏み入れたことの無い場所が、たまたま宇宙だったから。これで、やっと暁子さんに胸張って自慢できる」
「やっと、夢が叶ったのか」
アマネは首を横に振った。「まだまだ。あの人、伊達に年取っていないからね、他にも凄いことを成功させよとしている。最近は、次元や平行世界に興味があると聞いたなぁ。技術を提供してくれる人に出会ったんだって」
高校生の頃、世界を混乱の渦に陥れた、宇宙人の土下座事件を思い出す。多分、それが関わっているんだろうな……。
「それより、二人とも可愛い! そのまま幼くして、分身したみたい。しかも双子とは。はぁ、お父さんに似なくてよかったね」
「鼻と目の形を似てるだろ?」「良いパーツだけ貰えて、本当に良かったねー! 一人、貰っていい?」
「テンにして!」「なんで、キョウカだよ」
喧嘩を始めた。
大正儀鏡華水月、通称――キョウカ
大正儀天ヰ無縫、通称――テン
今年で五歳になる双子の女の子で、母親のリンにそっくりだった。ホント、三人揃うと混乱する。一番大きいのがリン、ポニーテールがキョウカ、ツインテールがテン、と俺は区別していた。今度は、アマネとじゃれ合う幼い二人がリンの記憶を呼び戻す。
アマネが消えて、リンはその寂しさを紛らわすかのように、執拗に俺をストーキングしてきた。昼間の弁当はもちろん、朝、帰りなどいつでもどこでも追いかけてくる。……もう突っ返す理由も無いし、俺もアマネが居なくなって寂しさを感じていたし、何より、リンの作る料理は美味しいから……。
「ごめん」
「セセギ君?」
「初めて食べた時から、本当は美味いと思っていた。だけど、本当にごめんね、ずっと非道いこと吐いて。悪かった、申し訳ない。……ごめんなさい」
と、頭を下げた。アマネがいなくなり、自分の行動を見つめなおすことで、屑だと理解したから。
「あの時に聞こえた美味しいは、やはり、聞き間違いではなかったのですね?」
「うん」
「本当ですか?」
「……うん、最高に美味いよ」
「ホントに?」
「……だから、美味いって言ってんだろ。うちの親よりも、高い飯屋よりも圧倒的に美味いよ。今日、ここに来るのが楽しみだったくらいに……」
リンは、その言葉を聞いて、一瞬笑顔になった、のに、すぐに真顔になった。
「私は、許しませんよ……。セセギ君も言いましたよね、謝るのは、自己満足だ、と」
「そうだね、俺も、許してもらおうなんて思っていないよ。でも謝ったのに、理由はある。一つは、お前の気持ちを踏みにじり、傷ついたお前の気持ちを軽減できればと思って、二つめは、もし誤解をしているのなら、それを解きたい、と思って」
「誤解、ですか?」
「俺が不味い不味いって言っていたから、それを本気に受け止めて、料理を辞めたら、嫌だな、と思ったんだよ」
「私は、自分の腕に自信がありますから、そんな誤解はしません。セセギ君が私を嫌っているから不味いと言う、と知っていましたから」
「だったらよかった。正直、俺はさ、お前を本当に嫌いだったんだ。理由はもう言わないけど、冗談ぬきで、目の前から消し去りたいくらいに。だけど、お前の料理を喰った時、そんな想いとか簡単に吹き飛ぶほど、美味かった。味だけじゃなくて、なんだろう、お前の気持ちみたいのが弁当に溢れていた。それって、凄い才能だと思うから……その、俺のせいで、それが無くなるのが、嫌だったんだ。本当に、ごめんなさい」
リンは小さくため息をついて、俺から視線を外して口を開く。
「絶対に、許しません。私は、どれだけ傷つき、涙を流し、そして首を絞められたのか、その痛み、想像すら出来ないでしょうね」
「あぁ、本当に、俺は、最悪な人間だよ」
「しかし、私はセセギ君と違い、とても極限まで慈愛に満ちた人間ですので、一つ、条件を飲んでいただけたら……全て許してあげます」
「何、それ?」嫌な予感を受けながらも問うた。
「私と、付き合ってください。そうしたら、全て許してあげます」
リンは顔を真っ赤にして言った。冷水をぶっかけたら、蒸気が噴き出そうなほど。
「……別に、いいか、許されなくても、じゃあね」
「あ、そんな、待ってください! セセギ君、今ここから去るのなら、お弁当、もう二度と食べさせませんよ!」
「それは困る」
「つ、付き合って頂けるのなら、私、毎日お弁当を作りますから! セセギ君にも、悪い条件ではありませんよ」
ここで断っても、リンはどこまでも俺を追いかけてくるだろう。俺は、それに勝てる気がしない。まぁ料理が上手いのは喜ばしいことだし、外見も可愛いし、性格も……すぐ泣く以外は、執念で迫って来る姿に、共感を得る部分もある。
よろしく、と頷くと、リンは泣きながら笑った。
……途中で飽きるだろうと思っていたリンはなかなかしぶとくて、高校を卒業し、大学に入り、就職して、気が付くと同棲していた。で、結婚なんだけど、それが最大の修羅場だった。リンの両親に挨拶に向かった際、これまで何度も会っているし、当初はリンの母は俺を嫌っている節(殺されるかと思った)が見られたけど、今では親しくしている。だけど、両親は発狂して反対した。曰く、俺が駄目だから、ではなくて、リンを嫁に出すのが頭で理解出来ても心がそれを拒むからだそうだ。結婚するのなら、婿養子になって一緒に住め、と啖呵を切られた。リンも、その予想外の文句に驚き、一旦話は保留になった。そんな時、キトに呼び出されて向かうと、一冊のアルバムと、メモリーカードを差し出してきた。そのアルバムには、リンが高校生の間にキトが撮った写真がずらりと並んでいた。その数二七三九枚、どこの年号だよ。キト曰く、助けるのはこれが最後だという。条件として、将来子供が生まれ、JKになったら写真を撮らせろと、土下座してきた。キトは、リンの情報を得る時、未来まで見てしまい、そこで俺と将来結婚し、女の子を授かると知った。だから、以前助けを求めた時――アマネがリンを捕食しかけていた時に、謎めいた言葉を吐いたのか……。
二つを両親に進呈すると、二人は号泣してリンを嫁に出すことを認めてくれた。これなら、耐えられる、と。……何に? 一応、娘の盗撮画像なんだけど……。あと、写真が散りばめられたアルバムを無言で追及するリンの視線が痛い。
この世界は色々とおかしい。
「そういえばリンちゃんは? 私はね、子供達を眺めに来たんだけど、家でぐーたらしているおっさんを発見しに来たんじゃない。リンを出せ!」
「出せー!」「出せ!」
「今日は、奥様方に教えるお料理教室に出かけている。講師なんだよ。帰ってくるのは夕方かな」
「……セセギ、それって、大丈夫なの?」
「どうして?」
「皆狂わないの?」
「女子高生の時がピークだったけど、相変わらず皆狂っている。他の人間が寄って来られないほど。ただ、最近は賑やかになるだけで、終わるよ」
「なーんだ。でも、私はリンちゃんが心配です。舅、姑とは仲良くしている? セセギも、モラハラなんかしかけてないよね?」
「大丈夫、うちの両親、娘と孫が出来て、嬉しくて泣いているよ。モラハラも……無い。我が家の位は、リンが一番上だから」
「お父さんとママ、超ラブラブだもんね」「そうだよ、恥ずかしいもん」
アマネの下で、娘達はやれやれと首を振りながら口を挟んできた。
「……子供から観ても、アツアツなんだね」
「仲悪いよりは、マシだろう」
アマネはやれやれと手をフリ、そっとテンとキョウカの手を握る。「よし、それじゃあ、お姉さんと遊びに行きましょうか?」
「行く!」「私、映画観たい!」
「誘拐するなよ」
「遊ぶだけだもんねー。まぁ、いざとなったら、こっちも全力で挑むから、一介のサラリーマンが逆らえないよ」「そうだそうだ!」「お父さんより、アマネちゃんのほうがカッコイイ!」
何故か俺の味方をしてくれない子供達を、うへへへと涎を垂らしながら見つめているアマネが怖い。が、ふと真顔になった。
「リンちゃんと、仲良いんだね」と、乾いた声で呟く。
「……あぁ」
「残念、私はリンちゃんを引き取りに戻ってきたのに、当てが外れたや」
心底残念そうに、アマネはため息を吐いた。
「リンちゃんのファーストキスは、私が貰ったのに……」「え、お母さんの?」「アマネちゃんが?」
「そうよー、昔、超ラブラブだったんだから」「へぇ、すごーい!」「お父さんは、駄目だね……」
「お前ら、早く行け……。あ、なんかあったら、電話してね」
「あら、私にそんな簡単に子供を預けて大丈夫なの?」
「……まぁ、法治国家で、有名人のお前が犯罪起こしたら大問題になるからな」
「甘いねセセギ。それが、命とりだぜ。さて、あとはリンちゃんを私へ引き込むだけだから、セセギには二度と連絡しないよ」
と、真顔で返す。本当に冗談かわからなくなってきた。
「あらら、もう泣きそうな顔にならない? 昔は、私が離れるだけで泣いていたのに」
「泣いてねぇよ」
「リンちゃんは可愛い?」唐突にアマネは言葉を投げてきた。娘達が目を爛々としながら、俺を見つめている。
「……とても」「きゃ!」「きゃー!」
「憎んでいるのに? だから、セセギはリンちゃんに惑わされないんだよ」
「惑わされないから、リンの本当の姿が見えて、好きになったよ。憎しみあるけどさ、もう、それなんか擦れるほど、別の気持ちが育っている」
アマネは、少し寂しそうに笑った。途端に、一瞬だけ、昔に戻ったかのような錯覚に陥る。そして、リンが居ない世界を創造した。俺は、アマネと付き合い、子供が出来、今のように普通に生活している。それを、幸福と感じている。……だけど、今の、リンと作った世界のほうが、俺にとって、絶対に壊したくない世界となっていた。
「それじゃあ、行きましょうか。貰うね」
「早く返すように」
「はいはい、もう、子離れの出来ない困ったお父さんですねー」「ホントです」「ちょっとは私の身にもなってもらいたいです」
三人で同調しながら、玄関へ歩む。その姿から眼を離し、テレビを眺めた。
「あッ!」
俺の声が裏返り、一瞬意識が吹き飛んだ。汗がドバっと吹き出し、視線が画面に釘つけとなる。
「セセギ、どうしたの?」
アマネも、食い入るように、テレビを見た。
× JJKK ×
「さて、始まりますね、世紀の祭典がッ!」
「あぁ、長かったよ。この世界に辿りつくのに……」
熱の籠ったアナウンサーの隣で、偉そうに喋るのは、鬼ノ到絶対、通称――キトである。凛としたスーツを着こなし、精悍とした顔つきには小さな楕円形のメガネをかけ、髪をオールバックに固めるその姿からは、異様な雰囲気を生み出していた。
胸には、【JJKK】の文字が記されたプレートが、煌々と光を放っていた。
『日本の女子高生を守る騎士となる会(Japan JK Knight)』名誉会長という肩書が、テロップに出現した。
「この世で最も可愛いとされるJKの……」「君、重複している。JKとは、女子高生の略称として親しまれているが、私にとってJKとは、可愛い女子高生という意味でもある。可愛いは、要らない」
「し、失礼いたしました! 私の勉強不足ですッ!」
「いや、これは私だけの問題だから、そう固くなるな。それより、進行を頼む」
「はい! では、まず初めに、全国に二〇店舗もコンビニエンスストアの店長を担うカリスマ店長であり、現在はJJKKの名誉会長であるキトさんにズバリ伺います。何故、JKは素晴らしいのでしょうか?」
キトは一瞬の間を置いて、ゆっくりと答える。「パワー、だな」
「パワーとは、力、ですか?」
「あぁ、その年代の女の子が発するパワーに、魅力があると、僕は考えている。一番難しい年頃だから、とも言えるな。確かに、JSJCJDも、もちろん可愛いと信じるかもしれない。だが、最可愛は、JKに軍配が上がってしまう。パワーから生まれる、ファッションだ」
「それは一体?」
アナウンサーの問いに、キトは神妙な面持ちで、だが強い意志を浮かべながら答えていた。それを、セセギは食い入るように見つめている。セセギはキトがコンビニの店長を務めていることは知っていたが、怪しい宗教団体のような協会を率いているとは知る由も無かった。
セセギは、チャンネルを変えたが、その先でも、キトは唸りを上げて持論を吐き出していた。全てのチャンネルで、キトが映っている。
「……と、JKから生み出されるのは∞のエネルギー、銀河を超越し、この世を廻すパワーを生み出している。僕は、そのパワーに魅せられたのかもしれない」
「な、なるほど……大変、貴重なご意見、あ、ありがとうございましたぁッ!」アナウンサーは歓喜で涙を流し、号泣していた。同時に、割れんばかりの拍手がスピーカーから飛び出す。外から、咆哮のような声が、セセギの耳に届く。
「最可愛のJKは誰か? 私含め、今日の審査員に非道な不正を行わないようにと、純粋にJKを愛する人間を用意した。準備は万全だ。あらゆる権力に左右されない、公平な判断を下すことを、私の命に誓う。それ故に、本日決定するだろう、最可愛のJKが! 美少女は最低ラインである。そこから生み出されるパワーを、私は見守りたい。繰り返す、最可愛のJKは、一体誰だ? この世のJKから、純粋な想いで求める時――外見はもちろん、性格、キャラクター、ファッション、声、表情など、ありとあらゆる真実を認めた時、最可愛のJKは、誰なんだッッ! 今現在、最可愛のJKは決まっていないッ!」
隣で号泣してマイクを握りしめながら発狂するアナウンサー、画面に映し出される会場で涙を流して喜びに舞う人々、そして、最後に、薄らと涙ぐむキトの姿が、浮かび上がる。キトを中心に狂った世界が引き起こされるこの現象に、セセギは恐いほど既視感を覚えていた。
「あいつ、リンの力まで、把握したのか……」セセギの体が、ぐらりと堕ちていく。
「あ、お父さんが」「わぁ、すごーい綺麗!」
「セ、セセギ、どうしたの?」
「気にしないで。昔、賭けをして、俺が負けただけなの……」
人間が、これほどまで美しい形を成し得ることが出来たのか、と感動するほどの土下座がそこにあった。
完
これにて、超一方通行トライアングルッ! は終了です。
ただ、まだ色々と書き残した部分があるので、時間を見ては続きを書き添えます。
ちなみに、この終わり方はトゥルーエンドです。




