三十三話 信じる正義
▲大正儀セセラギ▲
アマネは頷いて、くるりと踵を返すと、教室のドアへ向かう。その姿が、永遠の別れのようで、瞬間、強い恐怖にかられた。思わず立ち上がりそうになったところで、アマネは振り返る。笑顔で。相変わらず可愛い。
「私は、居なくならないよ」
「それ、来年から国外へ行く人間の言う言葉?」
「そういう意味じゃなくて」
「あぁ、はい、わかってますから、行けって」
「セセギは、もう……リンちゃんのこと、嫌いにならないでね。私がいなくなったら、仲良くしてあげてね」
「骨身に染みこんだみたいに、俺はリンを嫌いだよ」
「手を繋いで歩いていたのに?」
「あれは仕方なく!」
「私が居ない間、リンちゃんが悲しむような報告を聞いたら、許さないからッ!」
「善処します」
「ゼロから始まる物語だってあると思うから、頑張ってよ。まぁ、セセギは私の命令は必ず守るもんね。大丈夫かな?」
「俺の場合は、マイナスだけどね」
アマネはやれやれと首をフリ、やっと出て行った。
しん、と静まり返った教室で、もう、何も音は聞こえない。
ぽっかりと、穴……いや、体の半分以上が喪失したみたいな、感覚だった。恐る恐る手の感触や体を触って確かめたほど、何かが消えていた。
はぁ、はぁ、はぁッ! 糞ぉッ!
俺はアマネを家族の代わりとして、好きだった?
理屈で人を好きになれるか。
「マジで、……はぁ……俺、何やってんの……かなぁ」
「人の行動に正解は無い。大切なのはその選んだ道で、もがくことだ」
いつの間にか、キトが隣に居た。視界が滲んでいるのとは関係無しに、空間が歪んでいる。
「……お前、最高の笑顔だね。眼に、星が浮かんでいるんだけど」
「ドンマイセセギ君。あれほど狂気的に惚れていたはずなのに、こうも簡単に終わらせてしまうとは」
「フラれただろ。もうどうしようもないんだよ」
「疑いをかけただけで、僕を襲おうとした人間が、それだけで?」
「その件は申し訳ありません。ってか、知っていたの?」
「あれだけ殺気を放っていたからな、普通は気づく。で、本当に、諦めるのか?」
「うるさい、死ね、変態メガネ、非処女! 勇気が無い、ヘタレなんだよ、俺は! もう終わったんだ。俺はやる時は全力だけど、……しつこくは無い」
「……僕が告白を受けたその日から、テレビでは同性愛が好意的に解釈され、イケメンの男同士による恋愛ドラマが始まり、漫画や小説、ライトノベルにも、同性愛が浅く広く伝わっていった。腐った方々だけのBLが、一般人も楽しめる娯楽へと、世間に広がっていった。某巨大掲示板やまとめサイトでも、同性愛について肯定する意見で占められ、SNSを根幹とするインターネットは、全力で同性愛を認証している。全て、タケシの力だ。世界を巻き込んで、僕に迫って来る。身近なところでは、先日、飲み物に睡眠薬が混入され、危なく襲われそうになったが、能力のおかげで僕のお尻は守られた。故に、まだ処女だ」
「そっちは危険だな……」
「僕の最強設定を乗り越えて接近してくるから、恐ろしいぞ」
キトはポケットからケータイを取り出すと、机の上に置く。
「何?」
「……見てみろ」
そこには、アマネが映っていた。うん、可愛いという言葉×百くらいかわ……な、こ、これはッ!
ワイシャツをマントのように肩にかけ、スカートを持ち上げている姿だった。けどッ!
「ブ、ブラが、丸見えだッ! パ、パンツも半分見えてる」
「朝、着替えている時の一枚だよ」
反射的に俺は立ち上がり、キトの胸倉をつかんでいた。「お前、こういう犯罪めいたことはしないって!」
「これは特別だ。セセギが無残にもフラれ、精神的に参っていると思ったので、特別にプレゼントだ」
「く……そういうことなら、何も言えないッッッ!」
いやもうなんかフラれたし、以前なら良心が勝利してキトを攻撃していたけど、……その気も無い。本人にも気づかれていないし、問題無いぜ!
「ポイントは、上下の下着が別々の種類というところだな」
「あぁ、アマネは結構ズボラだからな、何もおかしくは無い……って、おい!」
キトが画面を操作すると、次に、私服姿のアマネだが、ちょうど前かがみになったことで、胸元に空洞ができ、……見えている。ピンク色のアレまで、見、見えているッッッ!
その次は、体育の時間の後、Tシャツを脱ぎ捨て、上半身が露わになっている姿だ。滴る水と共に映える、水着を半分脱ぎかけた姿も、あった。
「お前これ……明らかにずっと前から撮っていただろ……」
「資料としてだ。やましいことは考えていない」
それは確実に嘘だろッ「あ、そうか、ホモだもんね」
「断じて違う。……さて、今回はこのくらいにしようか」
と言って、キトはケータイを隠した。
「まだあるの?」
「今のが、十五禁だ」
「今ので十五禁? ってことは、その上……がある?」
「十八禁がね」
「すみません、先ほどホモとか馬鹿にして。キトさんは、この世で最も高名なお方です」
「知っている」
「ってか、どうやってこの写真を?」
「確率を変えたり、次元を突き抜けて接近したり、時間止めたりした。この世のJKの傍に、僕が存在していると言っても過言ではない」
「最(低最悪の下衆野郎)……高の人間だな、お前はッ!」
「知っている。ちなみに内容は、
【放課後の誰も居なくなった学校で、用も無いのにトイレに一人で籠る理由って?】
【時間止めてお風呂を観察しました】
【おんなのこ×おんなのこ ~理性VS本能~】
他多数となる」
「お前がアマネのプライバシーを全力でぶち破っているのは、この際眼を瞑る。……見せてください」
だけど、キトは俺から離れると、右手を伸ばしてきた。
「ここからは、料金が絡む。七千円だ」
「一枚? てめぇ、俺をバイトで殺す気かッ!」コンビニって、高校生、深夜出来るのかな?
「僕はそこまで非常な人間ではない。この金額は月額だよ。それで君にデータを送ろう。無論、全て、だ」
「足もと見やがって……この犯罪者がッ! 糞、三千円ありますか? 今手元に一万円札しか無くて……」
「セセギ君、君は、堕ちたな……こちら側に」
「俺は、俺の信じる正義に従うまでさ……」




