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三十二話 ド非導天詩 VS 大正儀セセラギ

 ▲ド非導天詩▲


 どうしよう

      どうしよう

           どうしよう

                どうしよう……。


 どうして突然こんな展開になったの? え、私が悪いの? 私がセセギを動かして、リンを憎むようになった。だから、リンは私を嫌いになった? 私、最悪だ。でも、そんなぁ、私は、リンを大好きなのに。どうしようどうしようどうしよう

 涙を悟られないように下を向き、顔を抑えて必死に歩いていると、誰かが道を塞ぐ。避けようと横に動くと、その人物も同じ方向に動く。顔を上げると、クレナが居た。笑顔で、私を見上げている。

「あら、ド非導、どうしたの?」

「な、なんでもないよ」

「涙流して言われても説得力無さすぎ。あ、なるほどなー、もしかしてフラれた?」

 ゲームに出てくる感情の無い人造人間のように、クレナは問う。クレナは妙に勘が鋭い。当たらずとも近いその言葉に驚愕しながら、首を横に振った。

「違うよ」

「ふーん。……あ、そうそう、学校で流れていた噂、止めといたから」

「噂?」「援助交際の話。何人かに、違うらしいよ、って流して置いたからもう収まるよ。ってか誰があんな根も葉もない噂を流したんだろうねー。マジ最悪だわー、ありえないわー」

 クレナは、現在のクラスで上位のカーストに君臨し、女子で逆らえる奴は少ない。一年の時は、皆レベルの高い子ばかりで、大きく動かなかったけど、今は均衡が崩れたのか、好き勝手し放題。……白々しい言い方から、何となく、その噂の根源がわかる。まぁ、別にいいよ、私もあまりクレナのこと好きじゃないし。

「え、うん、ありがと」

「どういたしまして。ほら、私ってそういう野蛮で下品なお話、大嫌いな純粋美少女じゃん。だから止めたのよ。決して、あんたのためを思ったからじゃないんだからね! 変な誤解しないでよ」

 ビシッ! と私の眉間を指さしながら、後半の部分を力強く宣言した。

「……何それ?」

「私の生きているうちに発言したい言葉の一つ。他には“こんなところに居られるか。私は自分の部屋に戻る”とか“ここは私に任せて先に進んで!”などがあります」

「へぇ……そう、じゃあね」

 これ以上弄られたくないので、横を通り抜けると、「彼なら教室に居たよ」とクレナは教えてくれた。

「……ありがとう」

「急いだほうがいい。もう一つの終わりを今思いついて、絶賛続編執筆中だから!」

 私は少し笑ってから、教室を目指した。


「セセギっ!」

 セセギは眼を見開いて私を見つめた。ギクッと肩が動き、挙動不審な様子で、キト君から眼を反して、私を見つめてきた。

「な、何、突然?」

「話があるの!」

 私が言った瞬間、キト君は、まるで空間に溶け込むかのように消えてしまった。

「え、キト?」

「ワープしたよ」

「冷静に返すな! おかしいだろ」

「あ、た、確かに。でも、キト君ならやりそうだし。……それに、私の話のほうが、今は重要だから」

 人間が空間をワープするなんて、初めて聞く話だったけど、今はそれに構っている時間は無いや。私の言葉に、セセギの顔が一変する。

「何?」

 教室には、私とセセギしかいない。夕日が、私とセセギを浮かび上がらせて、大きな影を作り出す。

「来年の四月の終わりから、私、この学校から居なくなる、かも」

「……え、冗談?」

「交換留学生に登録して、向こうの学校に行くから」

 セセギは金魚のように口をパクパクしている。言葉を必死に探している様子から、相当混乱しているみたい。そりゃ、そうだよね。

「な、なんで?」

「それは……えっと」あれ、今度は私が続かない。

「……あぁ、だから英会話に通って、成績も伸ばしたの……か」セセギは独り言のように呟く。

「うん」

「どのくらい、行くの?」

「半年か、一年のどちらか。でも、向こうで生活できるのなら、あっちの大学に進学するコースもあるから、正確にはわからない」

 セセギは、人がこれほどまでに多種多様なため息が出来るのか! と驚くほどため息を繰り返し、やっと口を開いた。

「お前が決めたんだろ、俺にはとやかく文句を言えないし、別に悪いことでもないし……」

「え、……うん」「って、言うと思った? アホ、ってか馬鹿だろ、お前一人で、ホームスティするんだろ? 出来るの? 最低でも半年だろ、想像以上に長いよ。逃げられない中で、生活出来ないよ。それに、何で行くの? 勉強だったら、こっちでも十分出来るよ」

「私には憧れている人が居るの。私は、その人に、負けたくない。そのために、この国でじっとしていたら、駄目だと思ったから」

「大学に入って、暇作って留学とかは、考えた?」

「チャンスがあるなら、早いほうが良いと思ったの。先延ばしにすると、私、ダレちゃうし」

 不意打ちのような私の告白に、最初はセセギも戸惑っていたが、意識が戻るにつれて、強い拒否反応を示した。セセギは不機嫌に肘を立て、顎に手を当てている。

「で、本当の理由は何?」

 と、私の心臓を射抜くように、セセギは質問を放つ。

「嘘は、ついていないよ」

「わかってる。思い出した、昔、お前の家に来ていたあの親戚だろ。お前が目をキラキラしながら見つめていた。だけど、それとは別の理由があるよな、ってこと」

「へぇ、よくわかるね」

「長馴染み舐めるな。お前の嘘を見抜けなかったことは一度も無い。あの、ボル……鳥だってね」

 その瞬間、私の記憶が再生され、右手で押し潰した小鳥の温もりが、指の中で呻く。「……ごめん」

「いいよ、謝らなくて。別に、お前が謝って、ボルが蘇るわけでもないからさ。で、その理由を教えろよ。じゃなきゃ、俺も納得出来ないんだよ。突然この国から居なくなる、はいそうですかいってらっしゃい、なんて返せない……」

 セセギの表情は、打って変わって哀しみに彩られた。ドクンと、胸が鳴る。それは、セセギはこれから私が話す真相をある程度予感しているのかもしれない。それと、単純に私がいなくなるのが寂しいのか? そうだね、私達は、出会ってから今日まで、ずっと一緒に居た。当たり前のように、隣にはセセギが居た。それを、壊そうとしている、私は。

「リンちゃんの、邪魔になるから」

「……極立ぴかリン、の?」

「うん、リンちゃんは、私が居るとね、不幸になるんだ。私は、邪魔なの。私がリンちゃんの前に存在するだけで、苦しんでいるの」

「ついこの前まで、仲良かっただろ、喧嘩でもしたの?」

「仲は良いよ。変わらずね。私はリンちゃんを好きだし、リンちゃんも、大好きと言ってくれた。でも、それが駄目だった。だから、これ以上もう会わないように、私はこの国から、……逃げる」

 また涙が湧いてくるや。セセギは、私の充血した眼に気づいていただろうが、何も言わない。

「大好きって、告白したの?」

「してない。ていうか、出来ないや。だって、リンちゃんは私を憎んでいるから」

「えっと、憎んでいるのに、大好き? 矛盾してない?」

「うん。でも、それが、今のリンちゃんなの。そして、私への気持ちは、その憎しみに負けちゃった。だから、もうリンちゃんの傍には居られない」

 セセギは眼を瞑った。何か、考えているようだ。その答えが、恐い。セセギは、結構人の心を抉るような戯言を好む癖がある。ある意味、クレナとその部分だけは似ていた。

「よくわからないけど、それで、お前はいいの?」

「いいって?」

「もしさ、リンから離れて、二度と会えなかったら、お前、絶対に後悔するだろ。憧れのあの人みたいな立派な人間になる、ってご立派な思考持ちながら、足元に転がる後悔に躓いて、潰れるよ。それに、紙の折り目みたいに、もう癖になる。勝手に自己完結して諦める、つまらない奴になる」

「でも……私を、リンちゃんは……憎いって、宣言したの! 私は、リンちゃんを大好きなのに……。ずるい、憎い、嫌いになるって……。許さないって……。酷いよね、ずっと一緒に居て、あんなに楽しかったのに……。ぐず……だから、絶対にぃ、コクってもフラれるしぃ……意味無いよぉ……」

「まぁ、そこまで言われたら、確実にフラれるよ」

 私は無意識のうちにセセギを睨んでいる。「恐い顔するなよ。だって、そうだろ、普通。悪いけど、俺は今まで一度もリンへの恋愛を、応援したことないから。……でもさ、別に告白して、OK貰うことが、最前とは限らないと思う」

「どいうこと?」

「相思相愛で無くても、憎まれても嫌われても、隣で大好き! って叫んでいれば。お前は、自分の気持ち潰して、リンのことを考えているとか抜かしているけど、何も考えていないよ。ただの卑怯な自己満足だよ気持ち悪い。アホ」

「でも……でも……」

 リンは、私とセセギの関係を疑っている。それを解消しないと、もうどうにもならない。誤解とか、すれ違いとか、そういう簡単な話じゃなくなってしまった。

「わかった、俺が最初に言えばいいのか。……俺は、アマネが好きです、付き合ってください」

「う、へ?」

 がら空きのボディにフックを叩き込まれたかのように、私は息を吐いた。


「あ……私は、……セセギとは……付き合えない。私も、セセギは好きだけど……」

「なんで? リンが好きだから?」

「それもあるけどね、セセギは、やっぱり家族みたいな人だから」

「家族だと思っていた奴が、突然異性として認識する、って展開にはならないの?」

「ならないねぇ。……ううん、なっていたかもしれない。このまま成長して、恋人とかならないで、セセギとは結婚して家族になっていたかもしれない。でも、リンちゃんと出会って、本当に人を好きになるって、わかった。それは、セセギに対する想いとは全く違うんだ」

 セセギの中で、核爆発が引き起こされたかのような音が、鳴り響いたような顔をしていた。

「それに、私には夢があるもの」

 私の夢。

 それは、私自身が聞く、初めての言葉だった。

「夢?」「うん、私が憧れている人を超えるの。その人って、単身で世界に挑んでいる。それってめちゃくちゃ辛いと思う。捨身だもん。紙一重で生きている。それは、失うのもが無いから、闘える」

「……俺だって、お前と一緒に、立ち向かえるよ」

「カラスミを通り抜けられたくらいでいい気にならないで、セセギ。カラスミを怖がっていたセセギが、必死に駆け抜けてきた、凄さはわかる。けど、その程度じゃ駄目」

「だから、最初から決めつけるな。やってみなきゃわかんねぇだろ!」

「セセギは優しいから。壁を突き抜ける寸前で、引いちゃう。最終的には、相手の心を想って、自らの身を引き裂くような、強さを持ってる。セセギ、告白してくれてありがと。その気持ちは嬉しい。でも、無理なんだ」

「はぁ、そう」

「うん、それにセセギはビビりだしか弱いしヘタレだしむっつりだしキト君と何か如何わしいことたくらんでいるし私の胸をよく眺めているし」

「辞めろ! 俺の体が今スライサーで粉々になってる!」

 そこで、セセギは小さく笑った。涙は流さない。流石、男の子だ。

「うん……それに、セセギは……本当に、私を愛しているの?」

 セセギは首を傾げる。

「さぁ、好きだと思っていたんだけど、お前からそう言われると、わからなくなる」

「そうなの?」

「俺は、多分、死んだ両親……家族の代わりを、お前にしたのかもしれない。だから、確かに、付き合うとか想像できないな」

「そうだね……。ありがとう、セセギ」

「礼を言われる意味が、わからないよ。……早く行けよ」




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