三十一話 ド非導天詩 VS 極立ぴかリ
▲ド非導天詩▲
留学は、まさにピッタリな話だった。リンの幸せのために、私は……必要無い。私のリンに対する想いより、それは勝っていた。
うちの学校は、海外に姉妹校があり、毎年数人の生徒を交換留学生として国外の学校へ留学させている。私は、その試験を受けることにした。が、なんと! 成績が学年で二十位以内が条件と知り、絶望した。そんなの、私の頭じゃ絶対に無理だよう……。初っ端から出鼻を挫かれたけど、暁子さんにあそこまで蔑まれて、諦めてたまるか。必死に机に向かったけど、駄目、これは物理的に不可能……と再度絶望が私を覆う。その悩みを、ある日クレナに打ち明けると、ナット君を紹介された。ナット君は一切笑わないけど、恐ろしいほど頭が良くて、しかも勉強の教え方も妙に丁寧で上手い。彼に教わることで、私はテストで上位の成績を叩きだし、先生に相談すると、この状態をキープすれば、留学の推薦状に手が届くと、太鼓判を押された。夏休み、早速リザードさんに詫びを入れ、今度から全力で学びます、と宣言したところ、週に四回も五回もスパルタを受けた。その合間にナット君とクレナと勉強をして、リンと遊ぶ夏を過ごした私は、いつ留学の話をリンとセセギに打ち明けるのか、迷っていた。でも、この前、私が英会話教室に通う時、二人が尾行してきた。
早いうちに伝えないとならない、と悟る。
全て話すつもりだった。まずはリンに。
……でも、先手を打たれるように、私は、放課後、リンに呼び出された。
「アマネとは、今日を境に、絶交したい、です」
神妙な面持ちのリンから、まさかそんな言葉が飛び出すなど夢にも思わなくて、内臓が裏返る気分。
「な……え? リンちゃん、どうしたの?」
「私には、これ以上、アマネの傍に居る自信が、ありません」
意味がわからない。え、本当に、なんで突然……。私のために、英会話教室まで、まるで漫画の主人公みたいに、助けにきてくれたのに。
「ど、どうして、その……自信が、無いの?」
「私が、非道い人間だからです。……私は真剣に話しますから、アマネも、真剣に聞いてください」
ぐッ! と小さな手で握り拳を作り、力を込めながらリンは言う。ぐさッ、とその姿が胸に突き刺さった。
「アマネが援助交際をしている、という噂がありました」
「うん、あったね」
「私は、その話を最初に耳にした時、全く信じていませんでした。ありえないと、一蹴しました。何故なら、私はこの学校に転入し、アマネと友達になってから、ずっと過ごしています。半年にも満たない期間ですが、それでも、私はアマネを理解しているつもりでした。そんなアマネが、理由があったとしても、援助交際などの行為をするはずがない、と思っていました」
「それは、ありがとう」
リンは、足元を見つめて、ぐっと歯を食いしばる。痛みに耐えているかのような表情だった。覚悟を決めかねているの? ここに呼び出し、初っ端に結論を述べたんだから、その後は理由をすらすらと述べたらいいのに、迷っている。恐いの? だったら、辞めてよ。そのまま口を閉じていろよ――私の願い虚しく、リンは真正面から私を見据えた。
「カラスミに入り、そして、前に進むたびに、私は……願っていました」
「何を?」
「……アマネが……援助交際やそれに近い行為を行っているように、と強く……強く願っていました。心の底からです」
正直、ズシリ、と重みを纏った衝撃が私に圧し掛かってきたよ。でも、リンがそれを願う理由は、わかるよ。だって、セセギは私を助けるためにカラスミを通り抜けてきた。セセギは結構恐がりで、特にカラスミに対し、異様な嫌悪感を発している。その中を、セセギは必死に駆け抜けてきた。どんな表情で、どんな想いを抱いているのか……それを、真横で感じるリンが、それをどう受け止めるか、想像できるや。で、セセギを愛しているリンは、私が不埒な格好で楽しんでいる姿をセセギが観て、心の底から私を拒絶するように、と願った、か……。
「私のこと、嫌いになったの? 信じているんでしょ?」
答えのわかる問いを投げてみる。リンは子猫のように震えながら、ゆっくりと口を開く。
「アマネは、大好きです……。本当です。私の……家族と同じくらいに、好きです」
「そんなに? 嬉しい……」笑顔は作れない。
「でも……私は、……セセギ君のことが……だ、大好きです。セセギ君を想うだけで、もう、頭の中がぐるぐるしっちゃかめっちゃかに掻き回されちゃうくらいに、好きです。それは、アマネや家族に対する想いとは別で、苦しくなるくらいにです」
「リンちゃんみたいな可愛い子に好かれた、ってセセギが聞いたら、喜ぶよ」
そんなわけない。だって、セセギは私を愛しているから。確かに、もし、私の前にリンが現れなかったら、当たり前のようにセセギと付き合って、普通に結婚して、普通に子供を産んで、普通の生活を享受する道を歩んでいたかもしれない。
「ありえません」
「……うん、そうだね」
「セセギ君は、アマネを愛しています。カラスミを通り抜ける間、それを嫌というほど味わいました。私が入り込む余地など皆無で、強烈な意志を燈しています。アマネを愛し、アマネに近づく人間……私みたいな邪魔な人間を殺したくなるほど、です」
あらら、リンは勘違いをしてる。正確には、私がリンを愛しているから、セセギはリンを嫌っている。まぁ、愛してなんかいなくても、近づくだけで嫌われるだろうけど。
「私と、セセギが一緒に居ると、辛い?」
リンは無言で頷いた。もし口を開き、私を殺したいくらいに、なんて言わないでくれて、よかった。それは流石に寂しいよ。泣いちゃうって。
「だから、絶交?」
「この先、私はアマネのことが好きでも、それでも……人として、最悪なことを考えたり、行動を起こしたりする可能性があります。私は、アマネを、嫌いになってしまいます。それが、一番辛いです……」
「嫌いになるって、決めるのはまだ早くない?」
「……本当は、セセギ君への想いは、先日の光景を境に、私の中で消そうと思いました。しかし、消えません。時間が経過するたびに、それは大きくなります。セセギ君が、アマネに近づく私を消したくなる気持ちが、わかります」
リンは、無償で愛する私より、突き放されながらも愛する人を選ぶ、か――何だか涙が出そう。
「絶好したら、もう会わないの?」
「はい」
「学校ですれ違うよ」
「声をかけないでください。眼も合わせないで、ください」
もう一生会えなくなる……と思ったのは、気のせいじゃない。来年一年間留学に行った場合、帰ってくるのは卒業する前で……。
「私は……嫌だよ。ねぇ、リンちゃん」
「私も、嫌です」
「それじゃあ……」
「それでも、私には、アマネがセセギ君の一番近い場所に存在することが、許せませんッ。何故、私がアマネの場所に居ないのでしょうか? 幼馴染というだけで、殺意を込めた視線を浴びることなく普通に会話出来るアマネが、ずるい、ずるいずるいずるい……。アマネが憎いですッ」
リンは涙を流さずに言い放つ。声を大きくして、寒気のする殺意を私に突き付けながら。私の中で、言葉が生まれなくなる。何か言葉を返して、更なる刃が降りかかって来る予感がして、恐い。
「……リンちゃんは、謝らないんだね」
「謝罪して、救われるのは、私だけです。アマネは何も悪くありません。私が、一番非道いです」
その言葉で、リンは本気だと、理解した。
「そう、じゃあ、バイバイ……だね」
私は屋上から逃げた。全力で。号泣しながら。




