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三十話 邪魔

 ▲ド非導天詩▲


 私達が止まる部屋は、広くて綺麗で、本当にタダで止まっていいのか、不安になった。鼻血がやっと止まった私とリンは、部屋で美味しい料理を食べ、適当に田舎のテレビを眺めながら、談笑していた。適度に笑うリンを眺めていると、ホント、欲情して困る。そのぴかぴかな笑顔を、真っ赤に染めて、涙をボロボロと零して、快感で顔を歪ませたい。他にも、無理やり体を拘束してお漏らしさせたり、首を絞めて死ぬ寸前まで責めたりもしたい。あと、子宮頸管粘液をトプリと吐き出させたい……。それらの行為を考えるだけで私の頬は歪んだ。鳥肌が総立ちしているよ。でも、その狂喜乱舞とした喜悦に、水を差すような想いが存在している。

 本当に、それでいいの? と、どこからか聞こえてくる。強く息を飲んだ。迷いが生まれている。リンを犯したところで、私は何も変わらない。リンと毎日一緒に過ごしているからこそ、リンが、私を、異性を観るかのように愛してはいない、と理解出来る。

 答えを、私は最初から知っていた。

 でも、もう抑えきれないや。ドッカーン! と体の中で核爆発が起こったかのように、リンを喰らい尽くしたい。今日が、最大のチャンスだ。母が好む度数の低い、ジュースのようなお酒をいくつか拝借してきた。一度、うちで間違えたフリしてリンにお酒を飲ませたところ、ふにゃんふにゃんに酔っぱらった。私が胸を揉んだりお尻を撫でたりしても、えへへへと笑うだけだ。指でピースを作り、執拗に目つぶしをしてくる以外は、拒絶されなかった。

 ……そろそろ飲ませよう。

「ジュース飲むー?」

「あれ、まだありましたっけ?」

「さっき買って冷蔵庫で冷やしていたのを思い出したの」

 浴衣に着替え、ゴロゴロと二人でファッションの話やクラスの男女の交際(リンはこの類の話に食いつく)などを語り合っていると、時刻は夜中の一時を廻っていた。コップに注ぐ液体はジュースにしか見えない。匂いも、お酒の香があるから心配したけど、リンはゴクゴクと飲み始めた。二時間、飲み物を飲ませる暇なく喋りつづけたことで、喉が渇いたみたい!

「アマネ……これ、ジュースですか?」

「うん、CMで流れていた新しい奴。美味しい?」

「ん、なんか……変な味が、します……」

「もっと飲む?」

「……はい」

 きゃきゃきゃ、と爆笑したくなるのを必死に堪える。巧妙にお酒の文字と度数を隠しながらコップに注ぐ。リンは美味しそうに飲んだ。十分も経過すると、軟体動物みたいなリンの出来上がりなのだ。

「大丈夫リンちゃん?」

「……う、うーん」

「もう眠い?」

 リンを抱きかかえると、リンは私に寄りかかってきた。浴衣の隙間から、キャミをしても浮き上がる胸が見えて、それが私にぺたっと張り付く。ぞわり、と心臓が高鳴った。噛みついたら溶けるかも、と思うくらいにリンの体は柔らかく、とても気持ちが良い。リンの体を触って、髪の匂いを嗅いで、その姿を視界に留めるだけで、何かが私の中で音を鳴らしている。リンに抱いていた憎しみなんて簡単に吹き飛ばしてしまう音が、私を支配していた。

 あぁ、あぁ……死にたいくらいに、リンが好き。そう設定された生物のように、リンを愛している。

 もう、殺しちゃいたいよー。

 このまま首を絞めて、息が止まり、私の胸の中で命の燈火を消してあげたい。でもー、そんなことしたら私は捕まるし、もう二度と、リンと話せなくなる。それは辛いぜ。

 でも、腕が止まらない。私は私自身を客観的に眺めているような感覚になる。鮮明な意識の中、私の指がリンの首へ落ちていく。ぐしゃっと潰したい。でも死んだらどうしよう死んだらどうしようあぁ……あ……わぁ――。

 愛しい。殺したら、脳を食べる。赤みを帯びたゼリーを食べたら、私とリンの思考は重なっちゃうかも? 余ったのは、私の膣に入れたい。そしたら、なんか奇跡が起こって、リンと私の子供ができちゃったりして。

 私の顔が、笑顔を帯びていく。


 ――がッ!


 と、そこで私の顔が両手に掴まれた。ぐいっと、物凄い力で前方へ引っ張られる。

「うわ、え、リ、リンちゃん?」

「……どうしてぇ?」

 リンは号泣している? ぐずぐずと涙と鼻水と涎を滴らせながら、私の顔に近づいてくる。

「リ、リンちゃん、違うの、これは、別に首を、ね」

「どうして、セセギ君は、私に、笑顔を向けてくれ……ないのですかぁ?」

 は? セセギ? なんで、今このタイミングでセセギの名前が出てくるんだよ。

「セセギが、どうかしたの?」

「セセギ君はねぇ、私を見てもねぇ、絶対に笑ってはくれないのです……」

 えーんえん、と赤ん坊みたいにリンは泣き始めた。私はリンの首から指をほどき、肩を抑える。これ以上、顔が私に近づかないように。鼻水が、ふ、触れる!

「リンちゃんは、セセギを怒られたの?」

「わかりま、せん……ずぅ、ぐず、ひっぐ……」

「ていうか、セセギとは何時から友達に?」リンとセセギを合わせないように、私は注意して立ち回っていたはずなんだけど。

「海で、会話をしました。しかし、私を嫌っているのです……」

 心の中で舌打ちをした。あの時、英会話があって、私は帰ってしまった。海で皆に祭り上げられているから、大丈夫かと思っていたのに、油断した。

「……それが、悲しいの? だから泣いちゃうの?」

「セセギ君に……笑って欲しい。ずっと、私の隣で……」

 一瞬意識が吹き飛びそうなほど、その言葉は怖かった。

「リ、リンちゃん、セセギは……えぇと、駄目だよ、いや、駄目な人間だよ! 何事にも適当だし、私の胸ばかり見てくるし、ヘタレだし、顔だってもっとカッコイイ人なら他にたくさんいるって! え、リンちゃんは……セセギを……好きなの?」

「……わかりません。でも、でも……セセギ君のことばかりずっと考えてしまって……うぅぅうう」

 突然、私の頭の中で方程式が出現した。三角形の形をしたそこには、セセギから私への矢印。私からリンへの矢印。そして、リンからセセギへの矢印。セセギから私への矢印は、正直不透明だけど、多分間違っていない。

 歪で綺麗なトライアングル。

 その中で、セセギはリンを嫌っている。笑顔を作らない、か。そりゃ、私がそう仕向けたんだもの。セセギは、私が愛していると語ったリンが、憎くて憎くて仕方ない。好意を抱くはずがないじゃん。殺されないだけ、マシだよ……。

「……ごめんね、リンちゃん」

「セセギ君……」

 そこで、リンはコテンと眠ってしまった。すーすーと小さな鼾をかいて。私は、リンを布団の上に頃上がすと、途端にため息が落ちてきた。私の中で蠢いていた音は、もう聞こえない。次の日、リンは何も覚えてはいなかった。

 リンの涙は、私が引き出した。私が、セセギを唆したから、リンは嫌われた。とんでもないことに、何故かリンはセセギに愛情を抱いてしまっている。でも、それは……絶対に実らない恋だ。


 ズチャッ


 と、罪悪感が私を貫く音が鳴る。その傷から、血のような後悔の念がドバっと吹き出し、私はそれに溺れていく。

 極立ぴかリンは、普通の女の子だ。初めから知っているつもりだったけど、いざそれを証明されると、浮足立つみたいに、信じられない。自身を狂った能力で包んでいるけど、ただのちんちくりんな女の子。

 私はリンを憎み、愛し、そしてある種の尊敬を抱いていた。でも、今、リンに対する感情は、それとは違う。

 リンの幸せを願う、……友人としての願いだった。私の中で蠢くリンに対する肉欲や憎しみと比べて遥かに小さいのに、じわりと波動を響かせて、私の中で存在している。

 従って、私は、邪魔だ。凄くね。……やれやれだぜ。

 失意の念の元、旅行から帰宅すると、何だか家が騒がしい。

 暁子さんがうちに遊びにきていた。私は、無理やり誘い出されて、今までのお年玉や誕生日プレゼントの代わりに、高校生じゃ絶対に買えないような財布を買ってもらえた。そして、その後に私は、小さくなった、と言われる。昔のほうが、もっとギラギラしていた、と。

 そうだね、それは、私が一番知っている。でも、もう無理だよ、と私は諦めている。暁子さんを見習って、英語を喋れられるようにと通っている英会話だってもうやる気無いし、最近はサボり気味だ。でも、暁子さんは、それすら見抜いていた。このままで良いの? と私を挑発する。私みたいな人間になるんじゃないの? と蔑んでくる。


 負けたくない。


 留学とかしてみたら、と言い残し、暁子さんは消えてしまった。後日、母曰く、暁子さんは幼少の頃、体が弱く、いつも病院か家で寝ている子供だった。だけど、高校生になると途端に丈夫になり、今までの鬱憤を晴らすかのように、行動を広げ、海外へと飛びだっていった。幼い頃読んだ本で、登場人物が語る「この国の夕日は薄い」という言葉の真意を知りたくなったのが、根源と、教えてくれた。

留学という言葉が、私の脳裏にこびり付いていた。



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