二十九話 ∞新星銀河暁子
▲ド非導天詩▲
「うっわ、超柔らかい……」
「ア、アマネー! 辞めてくださいぃ!」
「凄い、マシュマロみたい、なんじゃこりゃ……」
「本当に怒りますよぉ……。え、アマネ! 血が出ています!」
「へ?」
鏡を覗くと、鼻から血が垂れていた。ヤベ、興奮し過ぎたみたいだ。ていうか、興奮して鼻血が出るのって、フィクションの世界だけかと思っていたから、結構ビビったぜ。
私の胸にポタポタと赤い血痕が滲む。泡と混ざって何だかグロテスク。それを見て、リンは眼に涙を浮かべているよ。あぁ、その顔も、超可愛い……。
「ただの鼻血だよ、泣かないで」
「し、しかし……」
「お湯に浸かっていた時、のぼせたのかも。もう上がろっか。ほら、リンちゃんも、私みたいに血を流して、ぶっ倒れちゃうから……」
それは嘘。
本当は、もう限界に近い。リンは、私がふざけて胸を揉んでいるのかと思っているだろうけど、全然違うよ。超性的な気持ちでモミモミしていた。そのたびに、心臓が張り裂けそうなほど興奮するだもの、鼻血くらい噴き出すよ。理性を失わなかったことを、褒めて欲しいや。
夏休みが始まり、お盆の前に、私とリンは、リンの親戚が経営する旅館に遊びに行った。お盆の前だから、客は全く居ない。親戚のおばさん曰く、お盆の前は、嵐の静けさのようにお客さんが来なくなるらしい。毎年、その時期にリンは遊びに行っていた。リンが来店すると、客足が倍以上に伸びるらしくて、重宝がられていた。
リンに、摩訶不思議な魅力が備わっているのは、私も知ってる。この子が存在すると、周りの人間が狂わされる。最初その話を聞いた時、この子アホなの? と蔑んだけど、実際にその世界を目の当たりにして、ドン引きしてしまう。恐いから。でも、それに慣れると、傍から見たら結構面白いかも。当事者のリンには悪いけどね。
私は、狂わない。……らしい。リンと出会い、そう宣言された。リンには、その理由がわからない。私も、わからない、フリをしていた。その見当は、すぐに思いついたから。
私は、リンを、すげー憎んでいたから。
――いたから、なので、今はもう憎んでいないよ。
委員会で出会い、ファーストフード店を中心に引き起こされた惨劇を経て、この子の言っていることは本当だ! と恐ろしくなり、そして憎んでいた。何故だろう、と少し考えて、答えに巡りつく。
この子もだからだ。
特殊な人間だ。
私の母の妹である叔母、∞新星銀河暁子、通称――暁子、さんは、私がこの世で最も尊敬する人間で、更に、この世で最もムカつく人間だった。暁子さんは、高校を卒業と共に行方を晦まし、数年後、世界有数の企業に勤め、無駄に豪華になって凱旋帰宅した。単身で世界と闘い、勝利し、そして生き残るほどの、強烈な個性を秘めた人間だった。幼い頃、私を可愛がる暁子さんは、武勇伝を散々私に自慢した。物心ついた頃から、私のヒーローは暁子さんで、将来、暁子さんになりたい、いや……暁子さんよりも凄い人間になりたい、と信じていた。
「無理」
その夢を、幼い私がハキハキと語ると、暁子さんはそう切り捨てた。私は、心の隅で、頑張れば私みたいになれるよ、と応援してくれると信じていたのに、真正面からぶち壊されて、頭の中が真っ白になった。暁子さんの言葉は、まるでレーザー光線のように私を焼き切り、希望、期待、夢、その他もろもろのポジティブなエネルギーは粉々に崩れて行った。
――それでも、私は暁子さんを愛していた。崩れた感情を糧にして、その中心から新たなエネルギーを備えた意志が這い出てくる。絶対に、暁子さんを越えてやると、自分の奥底から信じるほどに。
でも、その想いは、成長するたびに、廃れていく。小、中、高校生になると、見向きもしたく無い、夢となっていた。
高校は、またセセギと同じクラスだ。その偶然は置いといて、私が驚いたのが、クラスの女子だった。
どの子も、恐ろしいほど顔が綺麗で可愛くて、……しかも個性がある。
キャピキャピして底なしに明るい子。
部活動に全力投球する運動が大好きな子。
モデルみたいな体系で高飛車な子。
小動物みたいに可愛らしい子。
学級委員を務めるような糞真面目な子。
別の世界で世界を終わらせた子。
天然を装って遊んでいる小。
不運なドジッ子。
電波のくせにそれが認められている子。
腐女子の趣味を楽しむ子。
姉御みたいな頼れる子。
母親みたいに優しい子。
オカルト大好きで頭がおかしい子。
自身の存在を操る影が薄い子。
――などなど、どれも個性的で、しかも、どのキャラも重なっていない。比べて、私はあまりに普通だった。漫画や映画の、逃げ惑う一般人、モブキャラクターだった。それが凄い悔しくてムカついて、嫌だった。私も、自分自身を着飾り、可愛く見せようと必死に頑張っても、それたただ上辺だけを整えただけで、何の意味も無い。
芯が、無い。
他の子は、どれもそのキャラクターを構成する芯が存在する。だから、皆個性が湧き出るように作られている。でも、私はただの人間だった。何も無いつまらない人間だ。嫌になるぜ。
……だから、リンを知り、私は狂気に駆られた。彼女は、私が今までも見たことの無い、おかしな人間だった。暁子さんとはまた違う、壊れたベクトルを極めている人間だ。存在するだけで世界を捻じ曲げるという、ふざけた設定を軸にした人間。何、それ……。癪が、引き裂かれる。
リンを、私は目の前から消し去りたかった。だから、私はセセギに対し、言葉を放つ。セセギが、私に対して、友情以上の感情を抱いていることはわかるよ。でも申し訳ないけど、私はセセギを愛するまでには至らない。家族、だから。私の中で、セセギの位置は定まっている。……そんなセセギを、私は利用した。セセギに、私に好きな人が出来た、と話すと、セセギは心臓発作で死ぬんじゃないか、と怖くなるくらいに動揺した。走馬灯も多分見ていたね。でも、これでセセギは自動制裁マシーンと変わる。キト君も使い、セセギにターゲットを認識させる。
でも、その計画は、初っ端から狂っていた。
だって、セセギなら私の嘘に気づくから。セセギほど、私の仕草や癖を認識している人間はいない。だから、私がリンちゃんを愛している、と宣言した時、セセギならそれを即座に見抜けるはずだ。それを、私は心のどこかで信じていた。
でも、セセギは私がリンを愛していると、確信していた。その時になって、私は、本当にリンを愛しているのかもしれない、と気づく。ちょっと、嘘でしょ?
いやだって、リンは本当にムカつく子。無意識のうちに自分を可愛いと信じ、アザトイ行為が多々見られる。まぁ可愛いからいいけど。でも、私がセセギに対し、リンへの想いを語る時、それは、全て本当だった。冗談のつもりで、セセギを作動させるための餌のはずなのに……。段々と、セセギが半端な態度で私の願望を聞く態度が癪に障るようになった。
私は、ころころちんちくりんの小学生みたいなリンを、好きなの? 憎しみを抱いているはずなのに、愛情を抱いているわけ?
それは、意識の外から湧いてくるものだった。リンの家に泊まり、私にひっついて眠るリンを一晩中眺め、次の日、自慰をしていた。学校でリンに合い、リンの体に触れたり、指を触ったり、髪を撫でて、声を浴びるだけで、胸が張り裂けそうなほど痛みを味わう。学校のトイレで泣きながらしたこともあった。
セセギに対して語るリンへの想いは全て本当。リンを、本能的に愛、なんて安っぽい言葉じゃ語れないほど、求めていた。
でも、セセギはリンを追っている。私が煽ったことで、もう止まらない。何かしらの制裁を加えないと、収まらないだろう。
そして、私は、それを阻止しようとしている。私が、リンの最強のガーディアンとして、セセギの接近を防ぐようになっていた。矛盾している。
私は、もう自分がわからない。




