二十八話 嘘
「色々と、間違っているよな?」
「私も最初はリザードさんに文句言ったんだけど、楽しく教えるよ! って日本人にもわかりやすく単語を並べたんだって。リンちゃんのメガネ可愛い! 食べたいムシャムシャムシャ。でも、今更言うのねぇ……一応言っておくけど、もしデザートにリンちゃんの髪の毛を喰えって命令されたら、私には完食する自信がある」
「あの、途中でリンの件は、何?」
「え? 私、リンちゃんのこと言ってた? リンちゃんの髪になりたい。髪と一体化したいへへへへへへ」
これは……リンへの想いを口走っているこの現象に対し、自覚が無い?
アマネはリンを今にも捕食しそうな勢いでしがみついている。異様な姿だ。リンも、流石にこのアマネの猛りに戸惑いを見せ、逃げようとしていたが、アマネの体はタコの触手のようにリンに巻きつき、硬直している。このよくわからない状況で、アマネとまともに会話が成り立たないので、……仕方なく奴に助けを求めることにした。
「~~ッ! ど、どういうことだッッッッ!」俺のケータイが爆発したみたいに、キトは叫んだ。
「待って、お前も猛るのは後にして。で、言った通り、今日のリンの周りがいつもとは違った狂わせを見せているんだ。おっさんに襲われたり、普段は自分を抑えている人間が壊れ始めたり……」
「……もしや、リンたんは」
「リンたん?」
「リンたん! のほうが、キャラ的に合ってる気がしてね、以後、僕は極立ぴかリを、リンたんと呼ぶ」
「……はい」
「それで、リンたんは、髪を黒色に染めたか? 髪形はツインテールにし、メガネをかけている。色は黄色で縁の太いメガネだ。更に、黒色のパーカーも着ているか?」
「お前、近くで俺達を観察してる?」キョロキョロと辺りを見回した。
「いや、僕は自宅でJKのデータを整理しているところだ。……だが、やはり、そのような格好になっているのか!」キトは苦しそうに呻く。いちいちこういうリアクションを取るところが、疲れる。
「で、イメチェンしたんだけど、それが何?」
「僕は、リンたんの正体を解明したくなり、この前、この世界のアカシックレコードに介入したんだ」「な、何それ?」「この世の理が記されたモノだ。僕の能力、【JKJKJK】を使い、世界の理に勝利したことで、それが可能となったんだよ」この人、神に勝利していた……。
キトは続ける。「以前、僕がリンたんは、その姿がサブリミカルの如く人間の精神に突き刺さり、狂うと称した。それは、間違っていなかった。僕のような超能力者と違い、ギリギリ普遍的な現実でも起こりうる現象と、記されていたよ」
「いや、これはもうどう見ても能力者だろ……」
「極限まで超能力に近い、と書かれていた。だが、わずかなところで、乖離している。それと、決して二次創作ではないと記されていたよ。さて、リンたんが引き起こす世界は、超宇宙的な確率よりも遥かに少ない確率で発生する。なんと、現在の僕でも及ばないレベルだ。その可愛さに周りの人間は理性を侵食され、己の正義が引きはなたれる――それを、まずはノーマルフォームとしよう。だが、現在のリンたんは、その均衡が崩れているんだ。黒髪にツインテール、そしてメガネにより、童顔にちょっと知的な要素が加わる。大きめのパーカーを羽織ることで、ガーリーテイストではなく、ロックテイストが混じり、それが人間の枷を破壊しようとしている。本能が、理性を引き千切り、今すぐにでも飛び掛ろうとしている――この姿を、小悪魔フォーム、と命名しようッ!」
「……要するに、姿が変わったから、周りが増長したんだろ。でも、それだったら、これまでリンも服装や髪形を弄ったことがあるはずだろ。そのたびにおかしくなっていたはずなのに、リンは、以前は襲われたことが無い、って言っていたんだけど」
「程度による。今回は複数のパーツを一斉に大きく変えたことで引き起こされたんだろう。それに、増長程度ではない。小悪魔フォームを世に放てば、この国の少子化が収まるぞ」
その効力を全身で浴びているアマネは、リンとの間では非生産的なので、大丈夫だった。だけど、絡み合った姿だと、会話すらままならない。
「どうしたら収まるの?」
「……将来、君の子供の写真――成長しJKとなった写真を撮らせてくれるのなら、教えてあげよう」
「突然何?」「断るのだったら、教えない」
意味がわからなかったけど、キトはそれ以上口を開かなかったので、「わかった、いいよ、だから早く教えろ。このままだと、リンが喰われる」と伝えた。
「では、髪を解き、メガネを外し、パーカーを脱がせたら、ノーマルフォームに近づく。髪の色は仕方ないが、これでノーマルフォームの範囲に収まるはずだ」
「そんなことでいいんだ……」
「あぁ。世界は結構シンプルに出来ているからな。さて、もう切るよ。僕も、データを早くクラウド化する作業が終わっていないからな。……セセギ、二度目までだ。それまでは、無償で助けてやる」
「さっきから、その意味深な言い回しは何?」
「小説で言えば、伏線のようなものだ。時間が経てば、君も理解するだろう」
「うん、あ、そう……あ、やば、喰われる。じゃあね!」
アマネがリンの頭部を抑えて震え始めたので、俺はその間に割って入り、リンの髪を結ぶシュシュを外し、メガネを取った。アマネの拘束が緩む。「両手を、上げろ!」「ふぇ?」その隙にパーカーを引っこ抜くと、その途端、アマネは完全に動かなくなった。
「うわ! あれ、私は、一体何を?」
アマネの眼に焦点が戻り、首を傾げて俺とリンを眺めている。
「リンを食べようとしていた……」「そうです」
「え? えー? あ、ごめんなさい! 悪気は無かったの! ただね、リンちゃんが私の知っているいつものリンちゃんに見えなくて、本能がリンを食べろって命令が来て……だから許してー!」「ぎゃッ」
……さっきとあまり変わらず、アマネはリンを捕獲した。リンは圧迫されて潰れている。だけど、これでリンの周りは元の世界に戻ったはずだ……。
えっと、本当にこれで良いの? 何か色々と腑に落ちない。
俺とアマネとリンは、エターナル・フォウス・ブリザード、通所――リザード、さんの経営する、英会話教室の中に居た。英会話教室、もう一度言うけど、英会話教室。
エンジョイ コーチング! という名称の……。
何それ? 略してエンコーだけど、通っているアマネを含め、誰もその略称を使わないとアマネは語る。使えないじゃなくて使えない、だ! リザードさんは、生まれは外国だけど、人生の半分以上は日本に住み、帰化して、文化に親しみ、日本人の略称の作り方は理解しているつもりだったけど、まだまだ理解度が足りない!
アマネは高校に入った頃から、週一くらいでここに通っていた。誰にも言わずに。夏休みの後半からは、週に四、五回も通っているんだとか。
もちろん、アマネは援助交際をするためではない。……だけど、それを、はいそうですか、と信じきれない。この白人のおっさんも、俺とリンが探りを入れに来たと直感で判断し、アマネとの本当の関係を隠そうとしているのでは? と俺の頭で渦巻く疑いの霧は晴れない。
俺達は、帰ろうとしたのに、リザードさんに強引な形で引き入れられた。その時に握手をしたんだけど、まるで俺を舐めるかのように、じっとりとした視線で睨みつけてきた。ぞわり、と冷水を浴びたみたいに、全身が震えた。
その時、扉が開き、誰かが入ってきた。リザードさんと同じく白人の男性だった。リザードさんとべたべたと触合い、俺達を見て、ペラペラ英語を放って、二階へ消えて行った。
「今のは?」
「ララ・ヨダソウ・スティアーナン、通称――カノッサ、さん。リザードさんの恋人」
飲みかけた紅茶を吹き出した。リンもアマネに圧縮されたながら「もごご!」と声を上げる。
「ん、どうしたの?」
「だ、だって、リザードさん、カノッサさんも、おと……男だろ!?」
「あ、そうだよ、ゲイカップルだよ。二人は同棲しているの。カノッサさんは別に英会話教室は開いていないんだけど、時々一緒に教えてくれる」
唖然としていると、「あ、これかな」と一冊のアルバムを本棚から取り出した。そこには、リザードさんとカノッサさんのラブラブイチャイチャした写真が散りばめられていた……。二人とも筋肉隆々で、……うん、体力が削られる。隣で、リンが手で口元を隠しながら「うわー」と眺めている。
一通り眺め、アマネは閉じると、ニヤリと小気味よく笑った。
「これで、信じた?」
「信じたも何も、俺は最初から」
「嘘は良く無いよ、セセギ。私が援助交際をしていると思って、それを止めようとして、ここまで来たんでしょ? ねぇ、リンちゃん」
「……はい」リンは頷いた。
俺は黙れとリンに視線を投げたが、リンは無視し、そっぽを向いている。
「そりゃ、話が噛み合わないはずだよ」
「エンコーって名前の英会話教室なんか、聞いたことが無いんだけど」
「その部分だけ、噛み合っちゃったんだよね。……それより、感動したよー。だって、私を助けるために、わざわざ二人で来たんでしょ? カラスミを通り抜けてさ。リンちゃん大丈夫だって? 襲われなかった?」
「恐かったです。ただ、クレナさんに助けて頂いたので」
「あ、クレナに会ったんだ。ナット君も一緒に居たでしょ?」
「クレナの……奴隷兼パシリ?」
アマネはケラケラと笑った。「そうそう、あの二人、付き合っているのに、そういうこと真顔で言って面白いよね。なんかズレてるの。ナット君なんて、よく勉強でお世話になったのに、まだ一回も笑ってくれないんだよ」
どうせクレナが笑顔を禁止とか言っているんだろ。そんな二人が何故付き合っているのか不思議だけど、これ以上追及する意味も無いので流す。それよりも、勉強という言葉が気になった。
「あれ、クレナ言ってなかった? 私ね、勉強をそろそろ本格的に頑張ろう! と思って、でも自分一人じゃダメダメだったから、クレナに相談したの。そしたら、うちの彼氏を家庭教師に使っていいよ、と貸してくれたの。ナット君、ヤバいよ、超頭良いの。教え方が丁寧でわかりやすくて、夏休みの半分の間だけ教えてくれただけで、セセギに全教科で勝てるまでになるくらいに、半端無い」
俺がアマネに惨敗した理由が判明した。まぁ、月高に受かる奴の指導を受けたんだよ、負けて当然だよね。俺も結構アマネに教えたのに、全く理解しなかったのは、癪だけど……。
「アマネは……」リンがアマネの腕の間から口を開く。「どうして、パチンコから出てきたのですか?」
パチンコ? 俺の知らない話だ。きッ、とアマネを睨んだ。
「え、時間が余っていたから、激熱な台で遊んでいたの。……嘘、トイレに入ったんだよ。カラスミに入った途端、急に催してね。危なかった、非情に……」
「次、遊んだとか、つまらない嘘ついたら、本気で怒るから」
「え? ご、ごめんなさい。セセギ、どうしたの?」
「ついさっき、嘘吐かれて神経を抉られた記憶が蘇ってきたから」
クレナのおかげでね。……ってか、アイツ、全部知っていたんだ。アマネの噂の真実と、アマネが何故カラスミを通るのか、アマネを追いかける俺達のことまで。その上で、クレナ一人が楽しむためだけの、色々と嘘を重ねて俺を追い詰めやがって……。しかも、最後の言葉は何だよ。アマネのリアルって、ただの英会話教室に通っているだけだろ……。糞、今頃、絶対アホみたいに笑っている
俺は紅茶を飲み込むと、すっと立ち上がる。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「え、もう?」
「もう、って俺は邪魔だろ」
リンはそんな俺を見てハラハラとキョロキョロしている。俺とアマネを交互に眺め、迷っている。
「今日は一緒にやろうよ。もう始まっちゃうし。いつもなら、ちびっ子とか主婦と楽しく会話しているんだけど、今日は個人レッスンで寂しいんだ。ね、セセギ、お願い。リンちゃんも、時間平気だよね? リザードさんも、一緒に教えてくれる、って言っていたから」
と、強く迫られて、俺は断れなくなった。ウルウルした瞳で見つめられると、動けない。……それを、アマネは知っていながら使ってくるからたちが悪い。今日は、三人の女性に振り回されて、早く帰って眠りたいのに……。
それと、あー、もう、アマネはまだ何かを隠している。俺とリンに対する、何か切り札を、アマネは背後にそっと隠しているんだ。そもそも、何故英会話教室に通うのか。いや、英語を学ぶのはわかるよ。だけど、今のアマネには、ふざけた要素が無い。真剣に、英語を、……英語という言語を学ぼうとしている。
「理由は、今度教えるね。だから、もう少しだけ待って。まだ、私の中で、整理が終わっていないから。その時に、全て、晒すから……」
俺の心情を読んで、アマネは答えた。それが、妙に恐い。アマネに抱き着かれている(代われ!)リンも、神妙な面持ちで、アマネを見上げていた。
「へぇー、よかったね、セセギ!」
「なんて言ったの?」日本人に教わる英語の授業しか受けていない俺に、リザードさんの滑らかな発音を聞き取ることが出来ず、アマネはほぼ通訳になっていた。「なかなかカッコイイね、だって」
「……そ、そうですか」リザードさんの視線はねっとりと熱い。鳥肌が止まらない。あ、さっき握手した時、俺を見定めていたのか……。あれれー、俺って今超危険?
「うん、……でもちょっと線が細いかな、だって。もっと肉を食べろってさ」
今日から、野菜中心の生活にしようと思いました。




