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十二話 カオスカオス

 ▲大正儀セセラギ▲


 クラスの奴と学校でくだらない話をしていたら、既に太陽は沈みかけている。俺は、ゆっくりと帰宅しながら、思考を巡らせていた。

 昼、予想通り、リンは俺の前に出現して、弁当を渡してきた。きっとあの弁当には、リンの様々な想いが具材と一緒に詰め込まれているはずだ。リンの周りは全て狂うから、まともな人間と会話をするのは、限りなくすくない。だから、普通に話せる俺に好意を抱き、料理の出来る自分をアピールして、俺と仲良くなろうと近づいてきた。

 弁当を開いた瞬間、異様なほど手が込んであるのは素人の俺でもわかる。から揚げを一つ口にしたけど、思わず全部食い尽くしたくなるほど、美味かった。


 ――で、それを利用した。


 本当は、ナイフを腹に突き刺してそのまま病院送りで死ねばいいんだけど、その後にアマネがどのような行動を取るか、俺には予想できない。もしも、教祖を熱望する信者みたいにリンをずっと瞳の中に留めるような姿になったら、堪ったもんじゃない。だから、俺はリンを精神的に攻撃することにした。

 題して、「誰かのために、一生懸命頑張って作った弁当を貶す作戦」

 今まで誰にも揶揄されたことが無く、アマネが普通に接するだけで喜びを感じていた。だけど、それもある程度までの話で、本気で頭の上から蔑まれたことを知らないはずだ。

 人間だけが醸せる、ホンモノの悪意って奴を、リンは知らない。

 自信のある料理を拒絶に近い態度で否定されたんだ、相当なダメージを負っていた。

 心に、ナイフを刺しこんでやった。

 キトの話では、リンは午後の授業を休んだらしい。よしよし、効果は抜群のようだ。

 あとは、この傷がどのように作用するのか、様子を観るかな。出来れば、このまま俺の目の前からフェードアウトして欲しんだけど、現実はそう上手く行かない。何か、もっと、急所を貫くような、ナイフではなく弾丸が欲しい。

 そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか、交差点に差し掛かっていた。学校から家までの道のりの、ちょうど中心にあるこの交差点は、大通りに繋がり、大量の車が行き交っていた。信号が変わるまで時間が長く、俺は立ち止まって待っていると、隣に誰かが居た。日本人離れした体型と顔立ちに、ブロンドの髪で、三十歳前後の女性だった。どこかで見たことあるような……と、思い出した。

 リンの母親だ。この前キトに見せつけられた写真の女性だ。だったらもう四十歳近いはずなのに、それを感じさせないスタイルと雰囲気は凄いな。キトが「白人は歳を取ると老けるのが早いとよく言われているが、リンちゃんは大丈夫だ。遺伝子が証明している!」と宣言していたが、どうやら本当らしい。

 ケータイに夢中で、ろくに前を見ていない。その姿を見つめていると、一つの計画が俺の中で突然生まれてきた。


 リンに、トドメを刺す攻撃の、弾丸を発見し、それを利用する、という計画だ。


 ケータイに夢中になっているリンの母を、この交差点に叩き込む。そうすれば、車に当たってぐしゃッ! という寸法だ。もちろん、俺が背中を押す、なんてお馬鹿な行動は犯さない。タイミングを見計らって、前へ進むだけでいい。ケータイに注意が注がれているリンの母は、信号が変わったのかと勘違いして、歩き出す。俺は上手い具合に横断歩道を通り抜けるが、後に続くリンの母は、真横から高速で迫る車を避けられず……ドン。

 だけど、そんな神がかり的なタイミングが訪れるとは思わない。


 その時だった。まだ車線の信号は変わっていないのに、さっきまで大量に疾走していた車は全て消え去り、空間が凍ったみたいな静けさが広がった。ふと右を向くと、真っ赤なトレーラーが一台、唸りを上げながら走行するのが見えた。反対車線には一台も車は見えなく、今渡ると、俺は無事に向かいの道に辿りつけるだろう。

 ここで、リンの母が怪我、あるいは……死亡したら、残されたリンはどう思うか? キト曰く、親子仲は良いらしいので、致命的なダメージを与えることが可能となるかもしれない。

 ぞわり、と振動が俺を包む。何かが、そっと俺の背中を押しているようだった。力が緩やかに、だけど確かな芯を与えながら、俺を、前へと進ませる。

 一歩、足を踏み出す。


 ガ、シャァァァァアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアン


 倒れる赤いトレーラー、空を舞う無数の刃、粉々になったフロントガラス、真っ赤に染まる、二つの席……

 その画像が、フラッシュバックして、俺の中で広がった。……両親が亡くなった時の光景だった。それを見て、足が切り落とされたかのように動けなくなる。動悸もおかしい。そんな俺をあざ笑うかのように、目の前を赤いトレーラーが爆音を鳴らして通り抜けて行った。

 信号が変わる。リンの母は、ワンテンポ遅れて確認すると、パタパタと駆けて、見えなくなった。

 無理だ。俺の、憎しみのためだけに、リンの母を殺すのは、出来ない。親が死んで、その後残される気持ちは、俺は良く知っている。二度と、味わいたくない記憶だった。……きっと、この攻撃がリンに対して最強の弾丸となるはずなのに、それを理性でわかっているはずなのに、本能が拒んでいた。

 ふと、俺の前に、誰かが立っていた。

 アマネだった。

「セセギ、まだ帰ってなかったの?」

「あぁ、そういうお前は?」

 アマネは私服だった。肩には鞄をかけている。

「ん、用事」アマネは疲れた顔で答えた。

「ふーん」

「じゃあね」


 夏休みの前日。キトと一緒に帰宅していた。

「うわぁぁぁ、嫌だぁぁぁぁ、太陽の下で輝く白いJKのシャツ別れたくないよぉおおおお!」

「部活に入ってこの糞暑い中、学校に行けよ。大量でウハウハだから」

「それは無理だ。今更入る度胸は無く、何より時間が足りない。また、僕のようなJKを心の底から愛している人間が乱入したら、部は乱れる」

「意味がわからない。ってか、お前はカーディガンを纏うJKが一番最強! って言っていたけど、シャツも好きなの?」

「僕の中では、カーディガン、シャツ、ブレザー、水着、全裸という順だ。この順も、差異はほとんど無いと言っても過言ではないが、シャツは透ける子が多いから、素晴らしい」

「……全裸が一番下なんだ」

「あぁ、最近は、服を着ている人間を見ているほうが、心に響く何かを得るよ」

 まだ普通の変態だったほうがマシだと、恐くなる。

 と、そこである事実を思い出す。

「そういえば、腸辺は元気?」

「なんだ突然?」

「そりゃ、キト君が惚れている腸辺さんは、現在誰とも付き合っていないのか、心配になってね」

 すると、キトはあきらかに動揺した。一見何も変わらないけど、眼が凄い勢いでパチクリしてる……。

「どういうことかな?」

「そのままの意味だよ」

「い、いつ、僕が君にそんなことを言った?」

「お前のケータイには、何故か元スマイル組の中で腸辺の写真が極端に少ないことが一つ。この前の女子紹介でも腸辺だけはおかしなテンションだったのが二つ目。最後は、腸辺がリンと一緒に来た時、お前は一瞬だけ意識を取り戻した。総合して、お前は腸辺に惚れている!」

「そ、それだけで?」

「聞いたところだと、腸辺はタケシと仲が良いみたいだよ。今度、一緒に遊びに行くって、聞いたよ」

 キトはふらふらと足元がおかしくなり、片膝をついた。

「そ、そんな……、嘘だ……。うわぁぁ、やはり金か……金なのかぁ……」

「嘘だよ」

 と、俺が笑いながら言うと、「やれやれやれ」とキトはまだ震えながらも立ち上がった。

「今まで散々アマネを使われたおかえしだ」

「まさか君に一杯食わされるとは、驚いたよ」

「俺はお前が腸辺に惚れていることのほうが驚いたよ」

「可愛いだろ」

「いや可愛いけど、他の女子に比べると、そこまで強い個性とか持っていないし……」

「何言っているんだ! 腸辺は……腸……べ、べ……いぇいぃ! いぇいぃ! いぇいぃ!」

「え、おい、ど、どうした?」

 キトは突然腕を振り回して狂い始めた。この姿に物凄い既視感を覚えた俺は、周りを見回すと、やはり、皆どこか狂っている。世界が入れ替わってしまったかのような中、俺だけが取り残されていた。

 前方に一人、仁王立ちをしている奴がいた。

 極立ぴかリン、通称――リンだ。ポメラニアンが、ガルゥと唸る感じで俺を睨みながら、近づいてきやがった。

「あ、あの、セセギ君!」

「何? 今凄く忙しいんだけど」これは本当。キトが暴走して周囲のJKに飛び掛りそうで、必死に羽交い締めにしているから。

「すぐ終わります」

「早く言って」

「は、はい、この前は、すみません。……不味い料理を食べさせてしまって。……ですので、私は、夏休みの間、特訓します」

「……へ?」

 なんだこの展開は……。呆れる俺を逃がさないように、リンは毅然とした態度で宣言した。

「それで後期に、なりましたら……ま、またお弁当を、今度は絶対に美味しいと言わせるお弁当を作りますから、あ、あの……か、か、覚悟しておいてください、さようなら!」

 後半は顔を真っ赤に染めてリンは叫ぶと、駆け足で逃げようとする。が、途中で石に足をかけてスっ転び「ふぎゃッ!」俺を一度見る。鼻を打ったのか、真っ赤に染まっていた。

 大丈夫? と声をかける間も無く、去って行った。リンが居なくなったことで、キトは動きを止めたけど、依然「いぇいー! 満開のスマイルじゃぁあああ!」と気持ち悪い。

 俺に、再び嫌な予感が降り注いできた。

 もし鼻を真っ赤に染めて逃げた彼女、極立ぴかリが、

 蔑まれても意に介さない、

 超ドMだったら? ……いや、嘘でしょ?



///∞新星銀河暁子(インフィニートノヴァギャラクシーあかね)///


 私は、心の底から尊敬しときながら、心の底から憎んでもいた。

 嫌だった。

 絶対に、負けたくなかった。


 セセギの小鳥を殺したのは、私だ。あの時、鳥籠の中でピーピー可愛らしく鳴く鳥は、一生をこの狭い世界で過ごすのかと思うと、凄い恐くなったからだ。本当ならさ、大空を自由に羽ばたいて飛んでいるはずなのに、この子は鳥籠の中でしか、翼を広げられないとか、ありえないじゃん。

 だから、セセギが居なくなった時に、窓を開いて、鳥籠を開けてしまった。そんな行動をした自分にビビったけど、止められなかった。

 でも、小鳥は外へ逃げなかった。私も結構世話をしてたから部屋を少し飛んで、すぐに私の腕に着地すると、首を傾げて私を見つめてくる。その姿が……私に重なった。

 暁子さんみたいに、私も自由に世界を駆け巡りたい、って野望を持っているのに、それを実行するための勇気が無いんだ。決意だけはご立派で、頭でっかちのつまらない人間、それが私だ。生きている存在が、無い。

 小鳥を捕まえた。指の中で、悲鳴に近い鳴き声を上げている。その瞬間、ぐッ! と力を込めると、もう、小鳥は動かなった。あ、ど、どうしよう……。

 トントントントン――

 セセギの足音が聞こえて、それで我に返った私は、小鳥を窓の外へと思いっきり投げ捨ててしまった。

「あれ、ボルは?」

「……セセギ、ごめん、なさい……」

 その後、家に帰るフリして、小鳥を投げ捨てた辺りを探すと、泥に塗れて死んでいる小鳥を見つけた。動いている時と違って、吐きそうになるくらいにグロテスクで、私は恐怖を抱いた。

 その姿も、私に見えた。

 これが、私の未来なのか? 私みたいな駄目人間は、きっと、こんな何も無い場所で、寂しく汚く死んでしまうんだ。私は、涙を流しながら、手で穴を掘って、小鳥を埋めた。


 △△△


 夏休みが終わり、一つの噂が、まるで微かに漂う線香の匂いのように、学内に流れていた。ド非導天詩についての噂、であった。夏休み間、普通の人間なら決して近づかないような場所で、アマネを目撃する生徒が数多くいたいたのだ。

 とある生徒曰く、アマネは初老の男性と並んで歩いていた。裕福そうな人物で、とても親しげに。


 援助交際をしているのでは、と誰かが発した途端、まるで感染するウイルスのように、その噂は広がっていった。




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