表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/69

十一話 ドキドキお弁当大作戦!



「あら、どうしたの? 料理なんか始めちゃって?」

「あ、お母さん!」

「今日は日曜日よね? 私の当番だったはずだけど」

「う、うん、その……今週、調理実習があるから、練習しておこう、って思ったの」

 母が台所に近づいてきたので、リンは広げた雑誌に身を寄せ、自然に隠そうと努力した。

「熱心ね。でも、高校生でも調理実習なんてあるんだ。前の学校だと無かったはずなのに」

「今の学校は私立で、そ、そういう授業がまだあるの」

「そう、頑張ってね。でも、リンはほとんど毎日手伝ってくれるから、失敗なんかしないわよ

 母楽しそうにリンを応援すると、リビングへ消えて行った。リンはそれを見送り、安堵のため息をついた。

 瞬間、「で、何作っているの?」

 と、母は顔を伸ばして問うてきた。リンの心臓が跳ね上がる。

「え、きょ、今日は……から揚げを」

「へー、から揚げなんか、調理実習で作るの?」

「あ、から揚げは作らないけど、練習になるから、選んだの……」

「そうなの?」と言いながら母は近づいてくる。リンは必死に体をくねらせて、母の視界に死角を作ろうとした。

「でも、から揚げの美味しい作り方の書いた本、うちにあったかしら? リンはあまりお肉食べてくれないいし、お父さんも肉より魚が好きだから、昔あったんだけど、使わなくて捨てちゃったのよね」

「へ、へー」

「あら、その本は?」

「え、あぁ!」

 昨日、リンは海から帰宅する途中、本屋に寄り購入した、お弁当の献立が記された雑誌、【男の子の好きな弁当】が母に見つかり、奪われてしまった。

「へぇー! あら珍しい、本なんか買っちゃって! 凄い気合いの入れようじゃない」

「う、うん、私、あまり頭は良く無いから、こういうところで評価を得なきゃ、と思って……」

 リンは必死に嘘を重ねる。母がページを捲るたびに戦慄し、表紙だけは観るな、と全力で暗示をかけていた。母は、一通り本を眺めると、ふんふん頷きながら、元のページに戻して置いた。

「それじゃあ、今日はリンの夕食でいいのね?」

「う、うん!」

「そう、美味しいから揚げ、楽しみにしてるわ」

 そこで、母はリビングへ消えて行った。今度はじっとその様子を眺め、母の気配が完全に無くなったところで、リンは深くため息をついた。雑誌の正体を母に知らなくてよかった、と心の底から安堵する。

 ――もし母に気づかれてしまったら、何を言われるかわかりません。この練習で要領を掴まないと、明日の朝に間に合いませんし、何より、私を溺愛している母が、私が男の子のためにお弁当を作っていると知ったら、恥ずかしいし、揄わられるし、最悪、私は軟禁されます。


 リビングでは、両手を床に押し当て、顔面蒼白でブルブルと大刻みに震えている母が居た。

「あ、あれは、この前、本屋でたまたま立ち読みした雑誌、確か名前は【男の子の好きなお弁当】だわ。男の子が居たら、量が多くて大変、世の奥様方は大変だわ、と感心して、しかし、我が家には確実に必要のない雑誌が、何故リンの手元に? しかも、あの雑誌は……女の子が、彼氏や好きな男子のために作るお弁当のレシピが、網羅してあったッ!」

 そこまで呟いたところで、母の脳内を、ダムが崩壊して水が噴き出すかのように、血が溢れた。そして、一つの答えを導き出す。


 ――私のリンに、す、す、好きな……男が、存在する?


 ずがんッ! と、鉛玉を撃ち込まれたかのような衝撃が、母を貫いた。

 ――そ、そんな馬鹿な。あの子はまだあんなに小さくてころころしてちんちくりんでおかーさんおかーさん! って甘えてくる、非情に可愛い女の子、なのよ。まだ子供。好きなヤローが出来る、なんて意識が芽生えるはずが……っ!

「ふぎゃッ!」

 そこで知得した。既に、リンが十七歳の女性だということに。それほどの年齢ならば、一人や二人、意中の男性が存在しても、特異な話にはならない。母は、リンが小さいこともあるが、あまりに可愛がりすぎて、まだ心の中では、小学生低学年と接するような感覚で、リンを愛していた。溺愛していた。超愛である! これは、親が子に向ける愛にプラスして、元々の性格もあったが、リンの力が作用していたことに起因する。もちろん、父も同様である。両親は、生まれた瞬間からリンによって狂わされたことで、既にある程度の耐性が出来上がり、現在は狂うことは少なくなったが、それでも、誰よりも深い愛情をリンへぶちまけていた。

 リンの母の座右の銘は、『リンが私の娘じゃなかったら……』である。

 母は、足音を立てずに、リビングの扉から顔を出してリンを覗く。あの小さな体が一生懸命に料理に取り組む姿は、ほぼ毎日監視しているので、現在、リンの料理に対する気合いが、普段と異なるところを看破した。そして、確信を得る。

 ――うちのリンを、誑かす、糞野郎が、この星に生存しているッッッッッッ!

 リンの奥には、大量の肉が詰まれ、チラホラと見慣れぬ食材も並んでいた。

「どこの馬の糞ともわからん野郎に、うちの食費使ってんじゃねーぞ」と、母は心の中で呟く。リンには、お小遣いとは別に、食材用の資金を支給している。

 母の殺気を感じ取り、リンは振り返った。

 寸前で、母は隠れた「っぶね!」

 リンは首を傾げると、再び料理に熱中していく。その姿に、母はわなわなと震えながら、心の中で声を捻りあげる。

 ――食材を見るに、まずから揚げと、卵焼き……これはリンの得意料理だわ。あとは、春巻きの皮と野菜とチーズ……これはチーズとアスパラを入れてカリッと揚げる……リンの好きな料理。小さい頃、食卓に出すと笑顔でパクパク食べるその姿が可愛くて、あぁ、想像しただけで涎が止まらない。そいつを弁当に詰めるのかしら? 今日はあまり作ったことのないから揚げの練習で、手間暇かけたリンの……あ、あ、あ、愛情(ラヴィ)の籠った料理を、その糞は、食えるってことか? なんだそれ、なんだそれ……。ねぇ、リン、お願いだから、眼を覚ましてちょうだい! あなたには、そういうお話、まだ早いのよー! ってか一生早いんだよッッッ!

 と、絶叫しながら母はリンを捕獲しようとした。右手には縄、左手にはガムテープがある。監禁もやむなしと、判断を下していたのである。

 だが、寸前のところで、体が動かなくなる。


 ドクン


 と音が鳴り、「待って」と声が響いた。

 母の心の中に住まう己が、自身に声をかけてきたのである。リンの母は、自分自身では許容しきれない問題が立ちはだかると、己と会話し、解決の糸口を探す癖があった。


「いいの、それで?」

 どういうこと?

「リンを監禁して、本当に大丈夫だと判断したの? あの子は、もう私が考えているほど……子供ではないのよ」

 わ、わかっているわ、そのくらい……。

「そうね。しかし、私はリンを止めようとしている。もしここで、リンの可愛い超ラブリーな乙女心を私が邪魔したら、リンはどうなるのかしら……」

 え、嫌われる? そんなの駄目よ!

「その通り。リンはこっちの学校に転入して、アマネちゃんと遊ぶようになってから、毎日が楽しそう。そして、もう一つの変化を迎えようとしているわ。……親だったら、子供の気持ちを一番に考えないといけないわね」

 ふん、理解しているつもりだったけど、駄目ね、私は。我を忘れて行動するなんて。

「時には見守ることも、必要よ」

 やれやれ、どうやら、私は己の欲望に走り、一番大事なことを忘れていたみたいね。

「リンの幸せ」

 それこそが、私が求める唯一の真実。

「……もし、リンに彼氏が出来たとしたら」

 ぎゃあああああああ

「うわぁああああああ」

 ば、馬鹿、突然変なこと言わないでよ。

「じ、自分で言っておきながらダメージを負ったわ。ともかく、その糞が我が家の敷居を跨いだとして、どうしようもない糞だったら?」

 血の粛清を。

「えぇ、それが最良の選択!」

 ゆくか?

「ゆく」

 ――そういうことになりました。


 約二秒で、母の内輪揉めは終わった。ふぅ、とため息をつくと、戸棚の上に飾っている写真立てを持つ。そこには、幼いリンを持ち上げる、父親の姿が映っていた。

「これでいいのよね、あなた……」

 その問いに答えるかのように、写真の中の父は微笑んでいた。だが、現実の父は、わざわざ引っ越し終えたのに、忙しくほとんど家に帰れない生活が続いている。娘と妻を無理やり引き剥がされたことで、毎日枕を涙でぐしょぐしょにしながら眠りについていた。


 ▲極立ぴかリ▲


何故、私はお弁当を作る、と言ってしまったのか。その意味が、自分でもよくわかりませんでした。

 この時はまだ――。


「い、いってらっしゃーーい」

 私を見送る母の両目は充血し、真っ赤なクマがあり、声はガラガラになっていました。その姿に恐怖を抱きながらも、私は学校へ向かいました。本日の私は、その程度の異変に対処する気持ちになれないくらい、私の心臓は高鳴っていたからです。

 雑誌の他に、インターネットで調べて、男の子が食べる量を考えて作りました。お弁当箱は、以前購入した大きい箱が一つあったので、それを使用します。から揚げを沢山詰めて、チーズとアスパラを包んだ春巻きに、甘い卵焼き、ニンジンを刻んで簡単に味付けをして作ったキンピラ風炒め、色彩を良くするためにブロッコリーとミニトマトを詰めて、完成です。これを、普段よりも二時間早く起きて完成させました。もう夏なので、お弁当の横に保冷剤を詰めておきました。


 料理が、好きだから?


 体が小さく筋力が無いからか、運動は苦手で徒競走はいつもビリ、体育の授業はお荷物さんでした。勉強もそれなり頑張りはしましたが、度重なる引っ越しのおかげで、土地によっては進み具合が大きく違い、追いつくので精一杯でした。 

そんな私の、唯一の趣味であり、特技でもあるのが、料理です。幼い頃、母と一緒に作り、真っ黒な炭のような物体が完成し、それを父が号泣しながら食べてくれたのが、何だか嬉しくて料理を手伝うようになりました。誰かに食べて貰い、美味しかったと感想を頂くたびに、私は料理が好きになりました。ずっと続けています。ですので、自身はありました。

 美味しい、と感動させる。

 しかし、私の足は、学校に辿りついたところで、震え始めました。緊張によってです。男子にお弁当を渡すなんて行為、私の今までの人生では起こり得なかった事柄です。震えて、恐くて、泣きそうになるほど緊張するのも当たり前です。

 午前中の授業は、全く頭に入りません。セセギ君にどうやって渡そうか、そして、どんな感想を述べてくれるのか、その妄想がグルグルと頭の中で回り続けて、まともな思考は出来ませんでした。全身の血が凍ってしまったかのように体は冷えていましたけど、心臓だけは普段よりも強く脈を放ち、胸だけが燃えるように熱せられていました。


 恐かったです。


 セセギ君のことは、アマネから耳にタコが出来るほど教えられています。向かいの家に住み、長馴染みで、ずっと同じ学校とクラスで、今でもお互いの家に遊びに行くほど仲が良い。私は付き合っているのですか? と問うと、ただの友達、と返されました。アマネ曰く、セセギを家族として見てきたので、男性として見たことが無いそうです。その頃は、私は、セセギ君とは先日の海で約束を交わした以前に、会話をしたことはもちろん、会ったこともありません。私にはアマネからセセギ君の話が出るたびに、架空の人物のように感じることがありました。

 話は逸れますが、私はこの学校で過ごすようになってから、一つの視線を強く浴びることがありました。月日が流れるたびに強くなります。私の【極限! 無慈悲慈愛】で増長した想いとはまた違う、別の想いを孕んだ光線のような視線でした。それを発する人物を発見したのは、一週間が経過した時です。アマネと別れ、自分の教室に戻ろうとすると、廊下の突き当たりで、一人の男子生徒が立っていました。前髪の一部を角のように染めている以外は、どこにでも居そうな、普遍的な生徒です。しかし、私を睨みことで、表情が狂気によって、禍々しく砥がれているかのように、歪んでいます。

 この人が、私を睨んでいた方だと、理解しました。正体を発見したことで、ほっとした気持ちと、それとは別の感情も同時に生まれたのを覚えています。私を睨む視線には、アマネが私に接する感覚と似た波長を含んでいると感じたからです。狂った視線ではなく、私の【極限! 無慈悲慈愛】を貫くような視線でした。

 彼は、度々私の付近に出現します。トイレに入ろうとした時、廊下を歩いている時、階段を下りている時、校庭を横切っている時など、ふと気が付くと、彼は私を睨んでいます。

 煌々とした眼でした。瞳の奥に、真っ赤に燃え盛る炎を携えながら。最初は、その威圧感に恐怖を抱いていましたが、次第に好奇心が芽生え始めます。

 彼は、誰なのか? 何故、私を睨むのか? などなど、フワフワした疑問が私の中で発生し、夜も眠れなくなるほど悩むこともありました。彼の視線が、ずっと頭の中で反復しているのです。

 しかし、私には話しかける勇気などありません。でも正体が知りたい、会話もしてみたい。何故なら、彼も、アマネと同じく私を普通の人間として扱ってくれる人物なのでは、と考えたからです。

 そんな彼の正体は、ひょんなことから判明しました。

 海に遊びに行こうとアマネに誘われて、本当は断るつもりでした。海での惨劇が予想できますし、どうやらアマネが一年生だった時の同窓会を兼ねているようで、私は邪魔だと判断したからです。しかし、海に行く三日前に、たまたまアマネと一緒に歩いていると、「あ、セセギだ」とアマネは声を出します。吊られて前を見ると、その先に、……私を睨んでくる彼が歩いていました。

「あの人が、セセギ君ですか?」私は胸を高鳴らせながら問います。

「うん。……あれ、リンちゃんは会ったこと無いっけ?」

「はい」よく見かけ、睨まれはしますけど。

「そっか、じゃあ、今度三人で遊ぼうね」

 その言葉は半分聞き流しながら、私は意を決して口を開きます。

「セセギ君も、元スマイル組なのですか?」

「うん、そうだよ。私とずっと同じクラスなんだよ。それが?」

「あ……いえ、前にそう聞いたので、その、偶然は凄いなぁ、運命的だなぁ、と思っただけです」

「うーん、私はそんな運命より、宝くじに当たったほうが嬉しいかも」

「それは非道いです」

「セセギには絶対に言わないでね!」

 私は、アマネに頼んで海へ行くことにしました。可愛い水着を買って、どうにかしてアマネを使い、セセギ君に話しかけてみようと計画を練っていました。しかし、海で私が皆さんに弄られている間にアマネは帰ってしまい、途方に暮れます。必死に抜け出すと、同じ委員会で仲良くなった腸辺さんと一緒に行くフリをしながら、セセギ君の前にたどり着くことが出来ました。

 二人きりになり、セセギ君と会話を重ねて、彼が、アマネと同じように私を人として扱ってくれる人物だと知ることが出来ました。二人目です。が、何故セセギ君は睨んでくるのか、それを聞くことはできませんでした。

 ――恐かったから。

 もし、私を睨む事実を否定でもされたら、私は自己嫌悪に陥ってしまいます。何を期待していたの? と。それを、今日、聞こうとも思って、私はお弁当を作ることを、申し出たのでしょうか?



「気持ち悪いよ」



「え?」モグモグ

 ここは? モグモグ

 私は、

 今

 ……どこに

 いるの? モグモグ

 ごっくん。


 ふと視線を下げると、自分の腿の上にお弁当が開かれています。半分ほど食べていました。

 ……むっとした、アンモニア臭が、しました。え? え? 私は、座っている? どうして、それより、ここは、どこですか? 灰色の壁が四方を囲み、薄い証明が、白い椅子……ではなくて、これは……便器?

 私は、便器に座り、お弁当を広げて、食べているのですか? え? なんで、これは、一体何が起きたのですか?

 ドロドロした何かが、私の頬を落ちて行きます。生暖かい、嫌な感触です。それは……涙でした。溶けて垂れるアイスの雫のように、涙は床に落ちて、行きます。私は、トイレの個室に居る?


 泣きながら?


 私は、再度お弁当を眺めます。その瞬間、映像が再生されました。それは、お昼の時間でした。

 心臓を高鳴らせながら私は屋上へたどり着きました。セセギ君が屋上の奥はあまり人がいないからそこで食べたいとあの海で申し出たのですいつもならアマネと一緒に食べますけど委員会があると言って他のクラスメイトと食べてもらうことにしました屋上は開けた空間に高い塀で囲まれて安全性が高く屋上というより公園のようでした奥にセセギ君はいました私の胸が高鳴ります「本当に作ってくれたんだ」「は、はい」「ありがとう、うわ、美味そう」と言われて「お口に合わなかったら……」と言いかけたところでセ、セセギ君は……。

 

 はぁーはぁーはぁー

 ぐず、ひぐっ……えぐ、うう……ぅうう……なん、で?


「不味いね」

 ペッ、と痰を吐くように、セセギ君は、私が、朝、頑張って作ったから揚げを吐き捨てると、お弁当の蓋を閉じて私に向かって強く差し出してきた。お腹の前で止まり、私はセセギ君を見上げました。セセギ君は、退屈そうに口を開きます。「もういいよ」「あ……あの」「予想以上に不味くて困った。あーあ、飯買わないとな」セセギ君は私を見下ろしながら言いました。

「……せ、あ……」

「何? ごめん、そこ邪魔なんだ、どいてよ」

「え、……その」

「え、言葉わからないの? どけって言ってんだけど? 俺に喧嘩売ってんの? 不味いモノ食わせて、更に嫌がらせまでするつもりなんですか? おーい、聞こえていますかぁあ?」

 私は自分でもわけがわからなくなるくらいにガクガクと震えていました。セセギは小馬鹿にするように溜息を吐き、横を通り過ぎて、すぐに止まります。

 私を……恐い目で、睨みつけてきました。

「でも本当に作ってくるとはね。しかも、あれだけ自信あったのに、あの不味さはビビったけど」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。謝って、お前が作った腐ったみたいな飯が上手くなるわけでもないし、わざわざ食べて気分が悪くなった俺の気持ちが晴れるわけでもないし。あのさ、謝るのって、自己満足だから」

 セセギ君は、蔑みの表情で、私を睨んでいました。「ごめ……ごめんな……さい」

「だから、聞いて、人の話。謝るなよぁ気持ち悪い。何、男の子にお弁当を作れる自分をアピール! でもしにきたの?」

「そ、そんなぁ、つもりじゃ……」

「じゃあ、何?」

「ただ……お、お弁当をぉ……食べて」

「だったらもうちょっとマシな飯作ってこいよッ! 吐き出すとか、生まれて初めての経験なんだけどッ!」

 セセギ君は、屋上から消えました。私は一人取り残されて、それで、気が付いたら、トイレに隠れていて、でも……ま、まだ沢山残っているから、このまま、持って、帰ると……食材とか、色々と勿体無いから、だから、だから……だから……。

「本当です、不味いです」

 料理を嗜み、それなりに腕は持っていたと思っていましたが、どうやらそれは全て幻なのかもしれません。何故なら、から揚げも春巻きもご飯も、全て味を調整したはずなのに全部もの凄く塩辛いのです。不味い、本当に不味くて、これを食べたら、誰だって、吐きますよ、うん……。

 

 家に帰ると、母がリビングで洗濯物を畳んでいました。「お帰り~」「ただいま……」

 私は逃げるように自室に籠ります。また、涙が溢れてきました。ボトボトと音を立ててベッドに染みを作っていきます。思わず声が漏れそうになるのを、ぐっと噛みしめて、私は鞄を開きました。空になったお弁当を取り出すと、台所へ向かいます。水の勢いを強めて洗い流していると、いつの間にか、母が背後に立っていました。

「リ~ン」

「何?」

「まだまだこれからよ」

「何が?」

「一回失敗した程度で、ヘコタレちゃ駄目よ、って意味」

 私は振り返ります。母は、優しく微笑んでいました。

「どう、して……」知っているの?

「あなたの考えていることくらい、手に取るようにわかるわ。まぁあれだけわかりやすい態度で引きこもったもの。……で、結果がどうだったかもね」

 水を止めました。代わりに、私の瞳から、また涙が落ちます。

「渡せた……けど……ね」

「あら、それは凄いわ」

「でも……お、美味しく無いって、言われた」

「あら……ら、同じね」

 ポンと、母は私の頭に手を置いて答えました。その手は、妙に暖かいです。

「同じ?」

「そう、私もあなたくらいの時にね、お弁当を作って、勇気を出して渡したことがあるの。で、美味しく無い、って返されちゃったわ」

母は乾いた笑いで呟きました。

「それは、お父さんに?」

「ううん、違う。当時、人気のあった先輩に。一人で憧れて、一人で張り切って、変な期待を抱いて、見事に粉々に壊されたわ」

「その後は?」

「何度か近づこうとしたけど、そのたびに恐くて動けなかった。気が付いた時には、その人は、もう付き合っている人がいて、私が入り込む余地なんてなかった。あ、お父さんにはこの話内緒ね」

懐かしそうに母は語ります。

「うん。……でも、お、お母さんは、駄目で、私も……」

「そうね。私は駄目だった。でも、あの人は諦めなかったわ」

「あの人?」「お父さんよ」

 母はため息をついて続ける。「もう事あるごとに私の目の前に現れて、私にちょっかいやら会話やらそこまでするか? って呆れるほどアタックを仕掛けてきたのよ。で、私が折れる感じで、付き合ってあげることにしたの」

「へー意外……」

「あらどうして?」

「だって、お父さんよりお母さんのほうが、構って欲しいみたいに見えたから」

 すると、母の顔が、ボン! と赤く染まりました。

「……それ、本当?」

「うん」

「うぐぐ、それは認めたくない話ね。でも今は、一番リンを愛しているわ。一番はリン、二番はお父さんだから、そこは変わらないわ!」

捕食するかのように、母は私を抱きしめてきました。

「お母さん、絶対に子離れしないよね……」

「将来リンは婿養子を貰う形にしようねー。ずっと一緒に住みましょう!」

「……ボケた途端に、施設に放り込むから」

「きゃー、リンの声、嘘が含まれていないわ」

 最後に私を全力で抱きしめてから、母は私から離れました。小さな鞄を持つと、玄関へ進みます。

「どこ行くの?」

「お買い物。あ、あと、クリーニングに出した服を取りに行くの。何、まだ近くに居て欲しいのー?」

「ううん、もう大丈夫」

「あら残念。それじゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい。……あ、お母さん」

「何?」

「ありがとう」

「うん。それに、リンのご飯食べて不味いってその糞野郎は言ったんだろ? ぜってーそいつの舌は腐ってるか、毎日ゴキブリみたいな下等生物しか食ってねぇアホだ。気にするな! ってか男なんか作るなッッッッッッッッッ!」

母は久しぶりに私の前で狂うと、手を振って出て行きました。窓の外から、やけに強い走行音が響いてきました。


 ふぅ、もう涙は止まりました。母に話したことで、少しだけ楽になったからです。本当は、もう少し母と一緒に居たかったけど、そう何度も甘えるような子供じゃないので、我慢します。それに、最後は狂っていましたから危険です。

 自室に戻り、ベッドに倒れ込むと、セセギ君の顔が浮かび上がってきました。

 ――何故、私はお弁当を作ったのか?

 可愛さをアピールするため? 自分の腕を披露したかったから? 睨む理由を知りたかったから? 

 全部違います。今になって、やっとわかりました。セセギ君は、私に対して、一度も笑顔を見せてくれたことが無いのです。私の記憶するセセギ君は、じっと睨んだ表情だけでした。

 笑って欲しかった。

 それが一つ。

 二つ目、それは……私に好意を抱いて欲しかったから。


 夏休みに入る前日、校内でセセギ君を見かけました。彼は、アマネと会話をしていました。流石長馴染み、大変楽しそうに、笑顔で語り合っています。それを、私にも向けて欲しいです。普通に、笑って語りかけて欲しいです。

 セセギ君は、アマネと離れると、私を……見つけました。また、セセギ君は恐い瞳で私を一瞬だけ睨み、自分のクラスに消えていきました。


 殺意の籠った瞳でした。


 何故ですか? お弁当が不味かったから? それとも、海でおかしな話をしてしまったから? いえ、セセギ君は、それ以前からも、同じ眼で私を睨んでいました。

 私を好いてくれなくてもいいです、ほんの一瞬だけでも、私に向かって微笑んで……という気持は、もう過去のモノになりました。


 私を好きになって欲しい。


 今は、これだけが、私の中に存在しています。何故なら、私はセセギ君を、愛しているからです。セセギ君の言葉だったら、鋭い刃でも、負けない自信がありました。というより、セセギ君の放つ、あの強烈な蔑みの染まった言葉に、私は、胸を鳴らしていました。

このままでいいのかな、それは嫌だなと、思います。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ