表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥府令嬢の天秤2 〜傲慢な悪魔は丸裸(フォーマット)ですわ!元・奪衣婆令嬢、二人の最凶イケメンに溺愛されて現世を無双する〜  作者: たくみふじ
第一章 心を操る影と寡黙な盾

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/49

催眠の罠と囚われた心㈠

傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸(フォーマット)にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇

「新子ーっ! 待てよ新子! クレープ! トリプルショコラホイップの美味いクレープが俺たちを待ってるんだぞーっ!」


 冬の冷たい風が吹き抜ける朱鳥女子大学の正門前で、太田真喜の引き止める声を背中に受けながら、新子は一切振り返ることなく、お気に入りの黒いローファーで力強く石畳を蹴った。


「真喜さん、申し訳ありませんけれど、今日のところはこれにて失礼いたしますわ! レディには、殿方には決して踏み込ませてはならない、神聖で緊急な私用というものがありますの!」


「神聖な私用ってなんだよーっ! 新子ーっ!」


 大型犬が置いてきぼりを食らったかのような、悲痛で哀れな絶叫が遠ざかっていく。少々胸が痛まないでもなかったが、こればかりは仕方がなかった。セトからの緊急招集がかかった以上、一刻の猶予(ゆうよ)もない。

 新子は人通りの少ない路地裏へと滑り込むと、周囲に誰もいないことを『霊視』の能力で確認し、すっと息を整えた。


「知っている場所への瞬間移動……。人間の肉体で行うのは少々燃費が悪いですけれど、背に腹は代えられませんわね」


 新子が目を閉じ、横浜中華街の裏路地にある中華飯店「鳳凰」の裏口を強く思い浮かべた瞬間、彼女の身体を紫色の薄い瘴気(しょうき)が包み込んだ。

 次の瞬間、世界の質量がふっと消失し、再び目を開けたときには、見慣れた古びたマホガニーの扉の前に立っていた。襲い来る軽い目眩(めまい)と、胃の辺りがきゅっと収縮するような独特の疲労感。やはり、この不完全な人間の『器』で冥界の異能を行使するのは、想像以上に体力を消耗する。


「はぁ……。早くセトの美味しいチャーハンで、この消費したエネルギーを補給しなければなりませんわね」


 新子は乱れた髪を優雅に整え、鳳凰の裏口の扉を押し開けた。

 店内に入ると、お馴染みのVIPルームには、すでに張り詰めたような重苦しい空気が満ちていた。

 円卓の端では、店長であるセトが中国茶の入った器を静かに見つめ、その対面では、革ジャン姿のサラが愛用の鈍色の杖を指先で(もてあそ)びながら、不機嫌そうに貧乏揺すりをしていた。


「遅いよ、エバ。瞬間移動を使った割には、ずいぶんと時間がかかったじゃないかい」


 サラが鋭い視線を新子に向け、不敵に口角を上げた。


「これでも、猪突猛進な幼なじみを撒くのに骨を折ったのですわ。レディの苦労を少しは察しなさいな」


 新子はツンと顎を上げ、空いている席へと優雅に腰を下ろした。


「よく来てくれました、エバさん。真喜くんを巻き込まずに済んだのは賢明な判断です。……さて、早速ですが、元町エリアで急激に拡大している『悪魔の汚染』についての詳細を共有します」


 セトが静かな声で言いながら、円卓の中央に数枚の写真を並べた。

 それは、油江教授の研究室で新子が見たものと同じ、あの完全紹介制のメンタルクリニック『神代クリニック』の院長、神代零(かみしろ れい)の写真だった。


「やっぱり、この心理士の背後に悪魔が潜んでいますのね?」


 新子が写真を指先でトントンと叩きながら尋ねると、セトは深く頷いた。


「ええ。私の霊視でも、彼のクリニックの周囲に、中級以上の悪魔が放つ特有の甘く腐った残穢(ざんえ)が確認されました。悪魔の名前はまだ特定できていませんが、おそらく人間の『猜疑心(さいぎしん)』や『妬み』、そして『依存心』を極限まで増幅させ、魂を堕落させる能力を持っています」


「油江教授のプロファイリングとも完全に一致しますわね。教授は、神代が天才的な催眠術や心理誘導を使って、人間の理性のストッパーを一瞬で破壊していると言っていましたわ」


「催眠術、ねえ……」


 サラが鼻で笑いながら、杖を円卓の上でコツンと鳴らした。


「人間界の技術と、悪魔の精神汚染が組み合わさっているってわけかい。中級悪魔ともなると、ただ宿主の背後にへばりついている下級のゴミ虫どもとは格が違う。人間の脳のシステムに深く『寄生』して同化しているからね。力任せに剥ぎ取ろうとすれば、器である人間の精神ごと木っ端微塵に崩壊しちまうよ」


 サラの言葉に、新子は小さく眉をひそめた。

 悪魔狩人の執行規定、第五条『絶対的剥奪と還元』。

 悪魔を宿主の魂から完全に引き剥がし、浄化しなければならないが、その過程で器である人間を壊してしまっては元も子もない。ましてや、新子は元・奪衣婆として善悪を見分けることはできても、人間の脳や精神の繊細な構造については、未だに学びの途中なのだ。


「器を壊さずに、悪魔だけを綺麗に引っぺがす……。そのためには、どうすればよろしくて?」


「悪魔が、人間のどの欲望や弱点を利用しているのかを正確に見抜き、それを言葉として叩きつけるのさ」

 セトが中国茶を一口啜(すす)り、冷静に告げた。


「悪魔の人間界での弱点、ですね。彼らが宿主のどの欲望を利用してコントロールしているのか、その本質を完璧に言い当てることができれば、悪魔の寄生契約は強制的に解除され、現世の(ことわり)から弾き出されて地獄へと送還されます。……ただし、相手が中級以上の場合、複数の欲望を複雑に絡み合わせている可能性が高い。そのすべてを寸分の狂いもなく言い当てなければなりません」


「なるほど、心のパズルを解き明かせ、ということですわね。……ふん、心理学なら、毎日あの生意気な油江教授の講義で、嫌というほど叩き込まれていますわ。私にかかれば、そんな悪魔の姑息な欺瞞(ぎまん)など、一瞬で見抜いてご覧に入れますことよ」


 新子は自信ありげに胸を張った。ツンとした態度を崩さない彼女だったが、その瞳には、悪魔に対する確かな怒りと闘志が燃え盛っていた。


「頼もしいねえ、お姫様。だけど、まずはそのクリニックの中に潜入しなきゃ始まらないよ? あそこは政財界の大物や、限られた人間しか入れない『完全紹介制』だ。あたしたちが正面から入ろうとしても、門前払いされるのがオチさ」


 サラが意地悪くニヤリと笑った。


「完全紹介制……。確かに、油江教授もそう言っていましたわね。……でしたら、教授にお願いして紹介状を書いていただく、というのはどうかしら?」


「それは危険です、エバさん」


 セトが即座に首を振った。


「執行規定の第二条を忘れないでください。油江教授はあなたの正体がエバであることを知っていますが、私たちが悪魔狩人として動いていることは絶対に知られてはなりません。彼に協力を仰げば、彼の異常なまでの洞察力は、必ず私たちの『裏の任務』の核心へと到達してしまう。彼をこの危険な領域にこれ以上巻き込むべきではありません」


「……それもそうですわね。あの教授の知的な執着心は、悪魔よりも手強いですもの」


 新子はため息をつき、どうやってクリニックに接近するべきか、思考を巡らせた。

 瞬間移動で夜間に忍び込むか、あるいは菱倉家の圧倒的な財力とコネを使って、強引に予約をもぎ取るか。元・奪衣婆としての傲慢な手段を考えていた、その時だった。


 チリリリリッ!


 重苦しいVIPルームの静寂を破り、新子のトートバッグの中で、スマートフォンがけたたましく鳴り響いた。

 画面を見ると、発信者は親友の大崎夕子だった。


「夕子……? どうしたのかしら、先ほど別れたばかりなのに」


 新子が通話ボタンを押し、耳に当てた瞬間、スピーカーの向こうから、今にも泣き出しそうな夕子の悲痛な声が飛び込んできた。


『新子っ! 新子、どうしよう……っ! 大変なのっ!』


「落ち着きなさい、夕子。レディがそんなに慌てるものではありませんわ。一体何があったの?」


希海のぞみ先輩が……! サークルの友枝希海先輩が、おかしいのっ! さっき、サークル棟の部室で、先輩が虚ろな目でスマートフォンを見つめたまま、急に『私はもう、この世界に必要ないのね』って呟いて、そのままどこかへ行っちゃって……!』


 友枝希海。朱鳥女子大学の犯罪心理研究サークルに所属する、新子たちの先輩だ。普段は真面目で、少し気が弱いところはあるものの、後輩思いの優しい女性だったはずだ。


「どこへ行ったのか、心当たりはありませんの?」


『それが……先輩のデスクの上に、一枚のカードが残されていて……。そこに『神代クリニック・午後四時予約』って書かれてるの! 先輩、最近ずっと悩んでたみたいで、神代先生のカウンセリングを受けてるって言ってたんだけど……。新子、私、すごく嫌な予感がするのっ!』


 新子の身体が、凍りついたように硬直した。

 時計を見ると、現在の時刻は午後三時四十分。予約の時刻まで、あと二十分しかない。


「夕子、情報ありがとう。……心配いりませんわ。その希海先輩の件、私に任せておきなさい」


『えっ? 新子、どうするの……?』


「お友達が困っているのを放っておくほど、私は冷血ではありませんもの。ちょっと、そのクリニックへ行って、先輩を連れ戻して差し上げますわ。あなたは大人しく大学の部室で待っていなさい」


 新子はそう言い残すと、夕子の返事を待たずに通話を切った。

 スマートフォンの画面を消し、円卓の上のセトとサラを鋭く見据える。彼女の瞳からは、先ほどまでの女子大生としての甘さは完全に消え失せていた。


「潜入のルートを悩む必要はなくなりましたわね。……ターゲットの悪魔は、私の身近な人間に手を伸ばしましたわ」


「友枝希海……。彼女の魂が、すでに悪魔の催眠の罠に(とら)われ始めているということだね」


 セトが静かに立ち上がり、壁にかけられた上着を手に取った。


「エバさん、サラ。直ちに出動します。元町エリアの『神代クリニック』へ。これより、悪魔狩人としての、本格的な排除作戦を開始します!」


「ふん、待ってましたよ。あの生意気な心理士と悪魔の化けの皮、一枚残らず引っぺがしてやろうじゃないかね!」


 サラが杖を強く握りしめ、好戦的な笑みを浮かべた。

 新子もまた、コートの襟を正し、鈍色に輝く自らの杖を強く握りしめた。

 人間の心をオモチャにし、大切な日常を脅かす傲慢な悪魔。その罪の衣をすべて剥ぎ取るための、華麗なる闘いの幕が、ついに切って落とされた。

X(Twitter)でも連載しています。

https://x.com/TakumiFuji2025

魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ