悪魔狩人の誓い㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
ルシファーによる傲慢な宣戦布告から一夜明けた、翌日の午後。
菱倉家本邸の地下に広がる特殊防音室『工房』には、かつてないほどの緊迫した空気が張り詰めていた。
巨大なメインモニターには、これまでに浄化してきたサマエルやアザゼル、そしてバルベリトといった悪魔たちが残した『霊子コアの残滓』の解析データが映し出されている。
「……解析結果が出ました。とんでもない事実です」
コンソールの前で徹夜でキーボードを叩き続けていたセトが、重い口を開いた。彼の目の下には濃いクマができているが、その瞳は驚愕に見開かれていた。
「我々が討伐したサマエルやアザゼル……あれは、本物の三大堕天使ではありませんでした。彼らはただ、本物から『権能の一部』を分け与えられただけの、極めて高位な上級悪魔……いわば【影武者】に過ぎなかったのです」
「影武者、だと?」
壁に寄りかかっていたサラが、眉間に深い皺を寄せて愛用の杖を握り直した。
「ええ。昨夜、お嬢様の前に現れたルシファーの幻影が放った波長と比べると、彼らの霊的質量はあまりにも薄すぎました。……ルシファーにとって、現世への干渉など単なる『娯楽』に過ぎないのでしょう。彼は本物の同胞を動かすまでもなく、影武者を駒として盤上に並べ、人間たちがどう足掻くのかを高みの見物と洒落込んでいたわけです」
「つまり、あたしたちはルシファー様の悪趣味なボードゲームの上で、偽物のボスキャラを倒して喜んでたってことかい。……底知れない魔界のスケールを見せつけられちまったね」
サラが忌ま忌ましげに舌打ちをした。
「……本当に、性格の悪い王様ですこと」
部屋の中央、本革のソファに深く腰掛けていた新子が、静かに紅茶のカップをソーサーに置いた。
彼女の瞳には、昨夜のバルコニーで味わった圧倒的な力の差への恐怖よりも、令嬢としての誇りを傷つけられた静かな怒りの青い炎が燃え続けている。
「面白いおもちゃを発見した、とでも言いたげな目でしたわ。……ですが、これは好都合でもあります。本物のアザゼルが率いる悪魔の軍団が、一気にこの現世を滅ぼしに来るわけではないということですもの」
「はい。ルシファーの『遊戯』の対象となったことで、まずはこの横浜地区を中心に、アザゼルの配下である本物の上級悪魔たちが、次なる駒としてじわじわと侵攻を開始してくるはずです」
セトがモニターの地図に、横浜港湾部を中心とした複数の警戒ポイントを赤く表示させた。
「セト、サラ。これから先の闘いは、影武者相手の小競り合いとは次元が違います。本物の魔界の軍団が、この小さな区画に牙を剥くのです。……あなたたちまで無理に付き合う必要はありませんわ。逃げるなら今のうちですのよ」
新子が冷たく、しかし不器用な気遣いを込めて告げた。
すると、サラが鼻で笑い、杖でコンコンと床を叩きながら歩み寄ってきた。
「馬鹿言わないでよ、お姫様。あたしたちの街が魔界の連中の遊び場にされようって時に、尻尾を巻いて逃げる悪魔狩人がいるもんかい」
「サラの言う通りです」
セトもコンソールから立ち上がり、眼鏡の位置を直しながら不敵に微笑んだ。
「相手が本物の上級悪魔であろうと、我々の誓いは変わりません。エバさん、あなたが天秤を掲げる限り、我々も最後までその重りを支えさせてもらいますよ」
「……あなたたちという人たちは、本当に計算ができませんのね」
新子はふっと口角を上げ、ティーカップの縁を指でそっとなぞった。その瞳が微かに潤んでいるのを、部屋にいる全員が気づいていた。
「――お嬢様の生存戦略において、最高のバックアップ体制が維持されていることを確認しました」
背後に直立していたマウトが、感情のない声で静かに告げた。
「マウト。あなたも、相手が本物の悪魔の軍団だろうと、絶対にわたくしの前から退かないのでしょう?」
「肯定します。私の存在意義は、お嬢様の盾となること。魔界の理がいかに強大であろうとも、私がすべてを物理的に遮断し、お嬢様が『裁き』を下すための一瞬の隙を必ず創り出します」
漆黒の死神の揺るぎない言葉に、新子は力強く頷いた。
悪魔狩人たちの誓い。
巨大な魔界のスケールを前にしても、彼らの魂は一歩も引くことなく、これから始まる真の闘いへ向けて固く結びついたのである。
数日後。
朱鳥女子大学三号棟、犯罪心理研究サークルの部室。
「よしっ! これで飾り付けは完璧だな!」
太田真喜が、脚立の上からドヤ顔でVサインを決めた。部室の天井には色とりどりのモールが飾られ、窓際には可愛らしいクリスマスツリーが点滅している。
「真喜さん、それ少し右にズレてるよー!」
「えっ、嘘!? こうか?」
「あははっ、今度は左に傾いた!」
夕子や希海、奈津紀、可代子のメンバーたちが、真喜の不器用な作業をからかいながら、和気あいあいとクリスマスパーティーの準備を進めている。
迫り来る本物の悪魔たちの脅威など、彼女たちは知る由もない。ただ、目の前のささやかな幸せなイベントを全力で楽しんでいる。
(……この、少し騒がしくて不器用で、でも温かい笑顔。これこそが、人間の魂の最も美しい形ですわ)
新子は窓辺にもたれかかり、ツリーの光を反射するガラス越しに、友人たちの姿を愛おしそうに見つめていた。
「どうだい、エバ。クリスマスの準備は楽しめているかい?」
不意に、コーヒーの香りと共に油江颯教授が隣に立った。
彼の視線は、ツリーではなく、真っ直ぐに新子の横顔に向けられている。
「……ええ、とても。わたくしにとって、この騒がしい日常は何よりも代えがたいものですわ」
新子が令嬢の笑みを浮かべて躱そうとすると、油江はさらに一歩距離を詰め、声を潜めた。
「君たちが解決してくれた一連の事件。……あれで学内の異常犯罪は治まったように見えるが、私のデータはそうは言っていない。これまでに起きたことは、これから始まる巨大な闇の『ほんの序章』に過ぎないとね」
油江の鋭い洞察力に、新子は内心で舌を巻いた。
霊的な能力を持たない彼が、純粋なデータと犯罪心理学の分析だけで、背後に潜む『本物の闇』の存在にここまで肉薄しているのだ。
「教授。あなたは本当に、現世の人間にしておくには惜しいほどの頭脳を持っていらっしゃいますわね。……ですが、知らなくていい真実もありますのよ」
「君が何を背負って、どんな強大なパズルに挑もうとしているのか。私にはすべてを見通すことはできない。……だがね、エバ」
油江は眼鏡の奥の知的な瞳を僅かに和らげ、新子の耳元で静かに囁いた。
「もし君が、その細い肩で巨大な狂気を一人で背負おうとしているのなら……たまには、こちらの世界(現世)の人間にも頼りなさい。君の周りには、君を案じる優秀な仲間(駒)がたくさんいるのだから」
油江の言葉は、彼なりの不器用なエールだった。
新子は少しだけ驚いたように目を丸くし、やがてふわりと、心からの優雅な微笑みを浮かべた。
「ご心配には及びませんわ、教授。わたくしはレディですから、泥臭いお仕事は優秀な番犬たちに任せて、最も美しい場所で指揮を執るだけですの。……さあ、真喜さんたちがケーキを切り分けるようですわよ。教授もご一緒にいかが?」
新子は油江を残し、マウトを引き連れて騒がしい友人たちの輪の中へと優雅な足取りで入っていった。
ルシファーの悪趣味な遊戯盤の上であろうと、この愛おしい学舎と現世の平穏は、決して奪わせはしない。
反逆の令嬢は、新たなる闘いの幕開けに向け、自らの魂をさらに高く磨き上げる覚悟を静かに完了させていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




