現れた悪魔の王アザゼル㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
「生意気な小娘が! この私が創り上げた至高の『美』と『力』の結晶を、ただのガラクタ扱いするとはねぇっ!」
上級悪魔バルベリトが、両腕の機械義手を不気味に軋ませながら叫んだ。
彼の指先に備えられたメスや注射器、回転ノコギリといった凶悪な器具が、禍々しい魔力を帯びて高速で回転し始める。
「さあ、私の最高傑作の一部にしてやろう! その美しい顔の皮を剥ぎ取って、私のコレクションに……!」
バルベリトが床を蹴り、異様なスピードで新子へと肉薄した。
無数の刃が、新子の顔面を切り裂こうと全方位から襲いかかる。
「マウト。不愉快な騒音ですわ。黙らせなさい」
「――対象の殺意と物理的脅威を完全にロックオン。解体作業を開始します」
新子が冷ややかに命じた瞬間、彼女の前に立ちはだかった漆黒の盾が動いた。
マウトは、迫り来るバルベリトの機械刃の嵐を、一切の動揺もなく素手で迎え撃った。彼のタキシードの袖は菱倉家特製の防刃素材だが、それ以上にマウト自身の動体視力と体術が常軌を逸している。
火花が激しく散る中、マウトは回転ノコギリの側面を掌底で正確に叩いて軌道を逸らし、そのままバルベリトの機械の腕の関節部――最も強度が低いジョイント部分に、全体重を乗せた鋭い手刀を打ち込んだ。
ガキィィィンッ!!
「ギィッ!? ば、馬鹿な! 私のアダマンタイト合金の腕が……!」
金属が拉げる凄まじい音と共に、バルベリトの右腕の義手が半ばからへし折れ、無残に火花を散らした。
「有機物であろうと無機物であろうと、関節の構造的弱点は同じです。……次は左腕を解体します」
マウトが感情のない氷の瞳で宣告し、さらに一歩踏み込む。
「舐めるなァッ! この空間は私の工房だ! 魔力がある限り、私の腕は一瞬で修復……」
バルベリトが折れた腕から赤黒い瘴気を噴出させ、自己修復を図ろうとした、その時だった。
『エバさん! 聞こえますか!』
新子のインカムから、セトの力強い声が響き渡った。
『サラと合流し、旧体育館の外部から地下空間へと繋がる『魔力供給ライン』の物理的切断と、結界のハッキングを完了しました! これで奴は、あのルビーの香水の原料である悪魔の瘴気を外部から汲み上げることはできません!』
『お姫様、お待たせ! 外回りの雑魚どもはあたしたちが全部片付けたよ。遠慮はいらない、そいつを派手にぶっ飛ばしな!』
サラの頼もしい笑い声がそれに続く。二人の優秀な悪魔狩人のサポートにより、バルベリトの工房は完全に『孤立した鳥籠』と化していた。
「素晴らしい連携ですわ、セト、サラ。これで憂いなくお掃除ができますわね」
新子が不敵な笑みを浮かべると、バルベリトの折れた腕から噴き出していた瘴気がプツリと途絶え、修復が完全に停止した。
「なっ……外部の魔力供給が絶たれただと!? 貴様ら、外にもネズミを潜ませていたのか!」
「ネズミではありませんわ。わたくしの誇り高き狩人の仲間たちです」
新子はヒールの音を響かせ、マウトの背後から静かに歩み出た。
彼女の右手に握られた天冥石の杖が、地下空間の赤黒い光を掻き消すほどの、圧倒的な紫色の神威を放ち始める。
「他人の血と魔力で着飾るだけの虚飾。そして、自らは安全な場所から道具を与え、人間同士を争わせて楽しむ悪趣味な美意識。……あなたは『職人』などではありません。ただの、品性の欠けた『下劣な加工屋』ですわ!」
「おのれぇぇぇっ! この、小娘がぁぁっ!」
激昂したバルベリトが、残った左腕の刃を振りかざして突進してくる。
しかし、新子は一歩も退くことなく、天冥石の杖を横に一閃した。
「わたくしの天秤の前で、その醜い鉄屑ごとひれ伏しなさいな!」
ズバァァァァァァンッ!!!
杖の先端から放たれた紫色の閃光が、バルベリトの左腕を根本から両断し、そのまま彼の胴体へと深々と突き刺さった。
「ア……ギギャァァァァァァァッ!!」
悪魔の魂そのものを焼き焦がす浄化の炎に包まれ、バルベリトは床に転げ回って絶叫した。
彼が誇っていた機械の義手も、豪奢なドレスも、すべてが紫色の炎の中でチリチリと灰に変わっていく。
「ア、アザゼル様……ッ! どうか、どうかお助けを……! 私の、美が……!」
「地獄の底で、その歪んだ美意識を永遠に反省なさい」
新子が冷たく言い放つと、バルベリトの身体は光の粒子となって弾け飛び、完全に消滅した。
上級悪魔の浄化完了。
「……ふう。少しは骨のある相手かと思いましたけれど、口ほどにもないガラクタでしたわね」
新子が杖を下ろそうとした、まさにその瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如として、地下空間全体が巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れ始めた。
先ほどまでバルベリトが使っていた鏡が次々とヒビ割れ、ショーケースの中に並べられていた『ルビーの香水』の小瓶が一斉に破裂する。
「お嬢様、下がってください! 空間内の霊的エネルギーが異常な速度で膨張しています! 先ほどの個体とは次元が違う、計測不能な莫大な質量の瘴気です!」
マウトが即座に新子の前に立ち塞がり、両腕を交差させて霊力の防壁を展開した。
「な、何ですの……!? バルベリトは確かに浄化しましたのに!」
破裂した小瓶から溢れ出した血のような赤い香水が、床の上で重力に逆らうように宙へと舞い上がり、部屋の中央で巨大な竜巻となって渦を巻き始めた。
その渦の中から、圧倒的な、息をするのも苦しくなるほどの重圧が放たれる。
『……下等な猿どもに武器の扱いを教えるのは、本当に骨が折れる。せっかく与えてやった力も、己の醜い嫉妬を満たすためだけに使って自滅するとは。現世の人間というものは、いつの時代も嘆かわしいほどに「美しくない」』
深淵から響くような、重く、それでいて琴線を震わせるほどに艶やかな男の声。
赤い竜巻がスッと晴れた後に立っていたのは、一人の男だった。
漆黒の軍服のような、しかし王族の礼装のようにも見える極めて豪奢で無駄のない衣服を身に纏っている。背中には、金属の刃のように鋭く光る六枚の黒い翼。
顔立ちは神が創り出した彫刻のように完璧で美しいが、その瞳には、血と闘争を無限に求める底なしの狂気と、他者を見下す絶対的な傲慢さが宿っていた。
「お前か。サマエルという臆病な同胞を消し去り、我が筆頭職人をもスクラップにしたという、生意気な元・奪衣婆というのは」
男がゆっくりと新子を見下ろした。
その視線が交差しただけで、新子の全身の産毛が逆立ち、魂が本能的な警戒信号を鳴らした。
サイバー空間に隠れ潜んでいたサマエルとは根本的に違う。この悪魔は、現世の物理空間に自らの強大な実体を完全に顕現させているのだ。
「……あなたが、武器と虚飾を現世にばら撒いた元凶。悪魔の王、アザゼルですわね」
新子は震える膝を令嬢の矜持で無理やり押さえつけ、真っ向から睨み返した。
「いかにも。我が名はアザゼル。人間に『戦う力』と『飾る美しさ』を与える者」
アザゼルは優雅に一礼するような仕草を見せ、残酷に微笑んだ。
「お前のその気高い瞳……悪くない。現世の薄汚い泥の中で、自らの魂を磨き上げた本物の美しさを感じる。……だが、それ故に壊しがいがあるというものだ。その美しい顔が絶望と恐怖に歪む時、どれほど極上の芸術が生まれるのか、私に見せてみろ」
学舎の闇の奥底で、ついに真の『悪魔の王』がその絶望の翼を広げた。
逃げ場のない地下空間。圧倒的な力と美の暴力を前に、新子とマウトの最大の死闘が始まろうとしていた。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




