学長と理事長の密約㈠
傲慢な悪魔の嘘、天秤で丸裸にしますわ!元・奪衣婆令嬢の華麗なる無双劇
朱鳥女子大学三号棟、犯罪心理研究サークルの部室。
放課後の柔らかな陽光が差し込むその部屋は、いつになく賑やかな活気に満ちていた。
「ねえねえ、聞いた!? 経済学部のあの子、昨日また別の生徒を病院送りにしたらしいよ! あんなに大人しかったのに、最近急にモデルみたいに綺麗になって、性格まで豹変しちゃって……」
「聞いた聞いた! やっぱり例の『秘密のビューティーサロン』の噂、本当なのかも。そこに行けば絶対的な美貌と、誰にも負けない力が手に入るって……」
大きなホワイトボードの前で、サークルメンバーである桜坂奈津紀と加井可代子が、集めてきた学内のゴシップを興奮気味に報告し合っていた。二人とも文学部心理学科に所属する、好奇心旺盛な女子大生だ。
「でも、いくら綺麗になりたいからって、他人に怪我をさせるなんて異常だよ……。ねえ、新子ちゃんはどう思う?」
新子と共にこのサークルに入部した親友の大崎夕子が、少し怯えたように隣に座る新子に問いかけた。
「美への執着が、人間の倫理観を麻痺させることはよくあることですわ。ですが、今回の件はあまりにも集団的で、物理的な暴力が伴いすぎていますの。……まるで、何らかの『薬物』か、強力な洗脳の類を疑ってしまいますわね」
文学部心理学科・菱倉新子(二十歳)。
彼女は本革のソファで優雅に紅茶を傾けながら、令嬢としての完璧な微笑みを崩さずに答えた。背後には、今日も変わらず専属ボディガードのマウトが、彫像のように無言で直立している。
「新子ちゃんの言う通りかもしれないわ。私、被害に遭った子のお見舞いに行ってきたんだけど……加害者の女の子たち、みんな信じられないくらい力が強くて、隠し持っていた鋭い『武器』のようなもので切りつけられたって言っていたの」
神代零の催眠事件から新子に救われた先輩、友枝希海が、心配そうに眉をひそめて報告に加わった。彼女もまた、このサークルの熱心なメンバーの一人である。
「武器、ですか……。女子大生が日常的に凶器を持ち歩き、躊躇なく使用する。到底、普通の心理状態とは思えませんわね」
新子が言葉を紡ぎながら視線を向けると、部室の奥から、大量の資料を抱えた白衣姿の男性が疲れた顔で現れた。
犯罪心理研究サークルの顧問である油江颯教授の右腕、鹿沼智一助教だ。
「お疲れ様です、鹿沼助教。随分と目の下にクマができていらっしゃいますけれど、ちゃんと睡眠はとれて?」
「あはは……菱倉さん、お気遣いありがとうございます。油江教授からの無茶ぶりで、ここ数日の学内暴行事件のデータと、過去の類似犯罪の相関を徹夜で洗わされていましてね……」
鹿沼助教は苦笑しながら、抱えていた資料をドサッとデスクの上に置いた。
そこに、他大学の学生であるはずの太田真喜が、「おっ、助教! 俺が整理してやるよ!」と勝手にしゃしゃり出てきて資料を仕分け始める。真喜はすっかりこのサークルの力仕事兼・雑用係として居座っていた。
「助教、ご苦労だったね。おかげで、パズルのピースが少しずつ繋がってきたよ」
パーティションの奥から、仕立ての良いスーツを着こなした油江颯教授(三十歳)が、淹れたてのコーヒーの香りと共に姿を現した。彼の知的な瞳は、まっすぐに新子へと向けられている。油江は新子の持つ「底知れない冷徹さと美しさ」に異常なほどの興味を抱き、常に彼女を意識した言動をとっていた。
「エバ。君の優秀なサークル仲間たちのおかげで、面白い事実が浮かび上がってきたよ」
油江はホワイトボードの前に立ち、奈津紀や可代子が書き出した被害状況の横に、一枚の古い図面を貼り付けた。
「これは、先日逮捕された忌部義人前学長と、泉月前理事長のパソコンから復元された、大学施設の『裏の設計図』だ」
「裏の設計図……?」
夕子と希海が顔を見合わせた。
「ああ。義人たちは、朱鳥会の資金集めのために豪華客船で闇のオークションを開いていたことは記憶に新しいね。だが、彼らはそれとは別に、学内の地下に『絶対に入ってはならない区画』を隠し持っていた。……そして、復元された暗号メールの中には、彼らがその区画をある『謎の支援者』に明け渡すという【密約】が残されていたんだ」
油江の言葉に、新子の瞳に鋭い光が宿った。
(謎の支援者……。サマエルとは別に、朱鳥会を裏で支援し、現世に『美』と『武器』をばら撒いていたもう一柱の堕天使。アザゼルへの貢ぎ物として、学内の地下施設を提供していたというわけですわね)
「鹿沼君、説明を」
「はい」
鹿沼助教が真面目な顔つきでタブレットを操作し、プロジェクターに学内マップを投影した。
「忌部前学長たちが密約を交わしていたこの地下施設は、元々は戦時中の防空壕を改装したもので、現在は完全に閉鎖されたことになっています。しかし、最近異常行動を起こした女子生徒たちのスマートフォンからGPSの履歴を解析した結果……全員が、旧体育館の裏手にある立ち入り禁止エリア付近で、定期的に電波が途絶えていることが判明しました」
「つまり!」
可代子がポンと手を打った。
「その旧体育館の地下にある隠し施設こそが、噂の『秘密のビューティーサロン』の正体ってことですね!」
「その可能性が極めて高い。そこで彼女たちは、あのルビーの香水や武器を受け取り、歪んだ自己顕示欲と闘争本能を植え付けられているのだろう」
油江が眼鏡を押し上げ、新子をじっと見つめた。
「どうだい、エバ。忌部一族が残した負の遺産と、美しさに狂った生徒たちの闇。……君なら、このパズルをどうやって解き明かすのかな?」
「……わざとらしい挑発は不要ですわ、教授」
新子は優雅に立ち上がり、令嬢としての完璧なオーラを纏って微笑んだ。
「希海先輩、奈津紀さん、可代子さん。素晴らしい情報収集能力でしたわ。あなたたちのおかげで、迷える生徒たちを救う手立てが見つかりました」
「本当!? よかった……これ以上、傷つく子が出ないようにしないとね」
希海がホッと胸を撫で下ろす。
「真喜さん。あなたはこのまま鹿沼助教のお手伝いを続けていなさいな。夕子、あなたも今日は危ないですから、真っ直ぐにお帰りなさい」
「えっ、新子ちゃん、どこか行くの?」
「少し、風紀の乱れを正すための『課外活動』ですのよ」
新子はヒールの音を響かせ、マウトを引き連れてサークル室の扉へと向かった。
扉に手をかけた瞬間、油江が背後から声をかけた。
「エバ。相手はただの女子大生ではない。強力な凶器を持ち、痛みを忘れた狂人だ。君のその屈強な番犬がいても、無傷で済む保証はないよ。……私の助けが必要なら、いつでも言いなさい」
「お気遣い感謝いたしますわ、教授。ですが……」
新子は振り返らず、冷たく澄んだ声で答えた。
「レディの美容の邪魔をするような無粋な連中は、わたくしとこの盾だけで、地獄の底まで綺麗にフォーマットして差し上げますわ。……殿方は、安全な場所で美味しいコーヒーでも淹れて待っていてくださる?」
サークルメンバーたちの推理と情報が、点と点を線に繋いだ。
アザゼルの眷属が巣くう『秘密のビューティーサロン』の場所は、旧体育館の地下。
生徒たちを狂気へと駆り立てる悪魔の血と武器の供給源を断つため、元・奪衣婆エバの華麗にして苛烈なる潜入作戦が、今、静かに動き出したのである。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




